帰還 8 城には
アーサー:ミッドランドの王
ザイナス:犬の獣人。およそ2m。外交を担っている
駅に到着すると、エドウィがまず列車から飛び出した。
「父上!」
「うむ、無事役目を果たしたようだな。ご苦労だった」
アーサーは腕組みをほどいて、目元を少し緩めてそう言った。ザイナスも隣でゆったりとうなずいている。
「報告は城で聞くとして」
アーサーはそう言うとちらりと列車を見た。
「はい、無事に帰っていらっしゃいました」
「そうか。サウロに聞いたばかりだったが、やはりこの目で確認したくてな」
エドウィは少しけげんそうに言った。
「確かにマキとチハールが心配なのはわかりますが、父上がそのようなことで城を出られるとは……」
「うむ、鋭いな、エドウィ」
ザイナスがそう言った。
「以前ならアーサーの迎えに喜んで跳ね回るばかりだったろうに、そのように裏まで考えられるようになったとは」
さらにそう重ねてうんうんとうなずき、その横でアーサーは多少きまりの悪い顔をしていた。エドウィはいつまでも子ども扱いなザイナスにやれやれと思いつつも、いつものように腹が立たないのはなぜだろうとも思うのだった。
それは一つの大きな仕事を成し遂げて、もはや大人の評価など気にしなくてもよいほどの自信をつけた結果なのだが、本人の自覚はまだない。
「理由を聞きたいですが、まずはマキとチハール、そして今回のダンジョンで兵を率いてくれたカイダルとナイランをお連れいたしましょう」
エドウィがそう言うと、アーサーとザイナスはこう答えた。
「うむ。さすがに今日は城までは馬車を用意している」
「鳥人どもは自分が運ぶとうるさかったがな」
エドウィは列車まで戻ると、待っている一行に声をかけた。
「行きましょうか」
千春はエドウィに、
「怒ってなかった?」
と小さい声で聞いた。真紀はなるようになると思っていたのであまり気にしていなかった。客観的には、城出するような環境だったわけだし。エドウィはそんな二人にふっと笑って、
「大丈夫ですよ。何も心配なさらずに。さあ」
と手を差し伸べたが、
「まあ、ついでだ」
「だな」
と言って、カイダルとナイランが真紀と千春をエスコートしてしまった。エドウィは心の中で舌打ちしたが、まあいい。城に帰れば少しは時間があるだろう。
列車から降りてくる真紀と千春を見て、ザイナスは安心したように笑った。少し身をかがめて手を大きく広げる。真紀はためらわず飛び込んだ。どうしてこの人はこんなに安心するのだろう。真紀はザイナスのお腹に顔を埋めながらそう思った。
ザイナスは抱きあげないように気をつけながら、真紀をそっと抱え込んだ。聖女は抱き上げてはまずい。その教訓は体に染みついている。そして千春を見て、優しくうなずいた。それでやっと千春も近寄ってきた。反対側の手でやはりそっと抱きこむ。
「心配したのだぞ」
「ごめんなさい」
真紀が素直に謝る。千春は何かおなかのあたりでもごもご言っている。たぶんごめんなさいだろう。
「まあ、無事ならよい」
ゆっくりと列車から降りて来たグルドとエアリスも含め、しばしほっとした空気に包まれた。
「ごほんごほん」
真紀と千春ははっとした。
「「アーサー」」
「こちらの手も空いていると言うのに」
アーサーは手を所在なげに広げた。しかしさすがに王の胸には飛び込めない。真紀と千春は顔を見合せて笑った。
「さ、あちらに馬車を」
アーサーのその声は、ばさばさっという羽音にさえぎられた。
「サウロ、サイカニア!」
大きな声を上げるアーサーを無視して、サウロとサイカニアは真紀と千春の前に降り立った。
「やっぱり列車より早かったねえ」
とのんきに笑う千春に、真紀がはっとして声をかけようとした途端、
「え、ええ?」
サイカニアにさっと背後を取られた。
「ほらね! 千春ったら、さらわれないよう気をつけてってちゃんと言ったのに!」
真紀が嘆く。いや、だってサウロとサイカニアは仲間だもの。警戒とかするわけないじゃない? 千春が心の中で叫ぶ。しかも、
「真紀ちゃんだってさらわれてるじゃない!」
「私は! 千春についてきたの!」
そんなわけあるか! サウロに抱えられた真紀とサイカニアに抱えられた千春はあっと言う間に空中にいたのだった。
「公表はされていなかったが、聖女の不在を民は不安に思っていたはず」
「その姿を見せてあげて」
そうサウロとサイカニアが言うと、町の上低めのところをゆっくりと城へと向かう。
「なんかもっともらしいこと言ってるけどさ」
千春がささやく。真紀はうなずいて、やはり小さめの声で返す。
「絶対聖女を連れて飛んでるところを自慢したかっただけだよね」
しかし、サウロとサイカニアに気づいた町の人々は、同時に黒髪に気づき、
「聖女さまー」
「おーい!」
と叫び、大きく手を振ってくれた。小さい子は走ってついてこようとする。同時に、駅から馬車が結構なスピードで走って来るのも見えた。二人は笑顔までは見えないだろうとわかっていても、笑顔で手を振り返し、感動して温かい気持ちになるのだった。
「しまった」
「なに、真紀ちゃん」
「私たち、スカートだよ」
「あ」
まあ、仕方ない。城門の兵士たちにも手を振り、城のいつもの庭に降り立った。これが最初のころならへたれていただろう。しかしもう鳥人には慣れたものだった。千春はすかさず文句を言った。
「いきなりはなしって言ったじゃない、サウロ!」
「だが民は安心しただろう」
「だからいきなりは!」
「話したら馬車で来ただろう」
「そうだけど! サイカニア!」
サウロでは埒があかない。しかしサイカニアは肩をすくめただけだ。もう。この話の通じなさ。
その時、隣で笑っていたはずの真紀の体が強張った。真紀ちゃん? 振り向いた先には、まるで千春をかばうかのように真紀が一歩前に出て、両手を広げていた。
千春はそっと真紀の背中から顔を出した。エアリス? 違う。金髪のエルフがこちらを見下ろしていた。お披露目の時にはいなかった人だ。エルフは千春を見て一瞬顔をゆがめ、手で口元を覆うと、そっぽを向いたままこう言った。
「今代の聖女は騒がしいことだな」
エアリスとは違う、冷たい声。そして、こちらを向いてこう言った。
「城でおとなしくしていればいいものを。世界を巻き込んで満足か」
なかなか平穏なままではいられないのだった。




