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聖女二人の異世界ぶらり旅  作者: カヤ
帰還編

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帰還 7 落ち込んだ時は部屋の隅に

人魚島の衝撃は何人かには大きかったが、千春はもう慣れたもので、一番最初に平常心に戻っていた。


「さ、エドウィ、第一広間につくよ」

「ええ、着きますね、知っていますよ」

「だからね、停めて?」

「うん?」


千春はエドウィににっこり頷き、エドウィは意味がわからないながらも微笑みを返した。ナイランがハッとして声をあげた。


「チハール、お前」


千春は頷いた。


「今度は先手をとって、先に外に出てゲイザーを呼んでみる」

「いや、しかし」

「いなかったらすぐに出発すればいいよ、ね?」


エドウィもカイダルもナイランも何か言いかけたが、結局何も言わず列車を停めた。エアリスとグルドは静かに見守っている。


「真紀ちゃん」

「うん」


千春はやっと復活した真紀を連れて外に出た。カイダルとナイランがすぐに続く。千春と真紀が並んで立ち、ゆったりと広間を見上げていると、来た。一つ、二つ、三つ。四つ足の魔物は来なかった。


「少ないね」

「おいで」

「もういいの?」


二人が話しかけるとゲイザーはふるんと揺れた。いいんだ。


魔石に戻るのが嫌だというゲイザーを、千春も真紀も見たことがなかった。神は何を考えて魔物を作ったのかと思う。


神、か。世界の成り立ちを、魔物の意味を考える以前に、千春たちをここに連れてきた犯罪者だ。しばらく頭の隅に追いやっていた怒りがわきあがってきたが、千春は深呼吸してそれを抑えた。


物事のそもそもを考えることはとても大事だけれど、戻ってやり直すことは出来はしない。何でそうなったかより、これからどうするかを考えなくちゃ。


普通の表情を保とうとしていた千春だったが、両手をぎゅっと握りしめていたようだ。真紀がそっと背中をたたいてくれた。怒りがしゅっと解けていった。


「なんとなくわかるけど」


そしてそう言った。


「前だけ向かなくてもいいと思うよ」


そうだ、時々落ち込んだっていいんだ。よし、この思いをみんなと共有しよう。


列車に乗り込んで、千春はみんなに尋ねてみた。


「落ち込んだ時って、どうしてる?」


みんなはお互いに顔を見て、少し気まずい顔をした。エドウィが、


「カイダル、ナイラン、ちょうどいい年齢なのだから、是非お話を」


と話を振った。


「何がちょうどいいんだよ」


ナイランがブツブツ言ったが、カイダルはいっそう気まずげな顔をして、


「すまん、落ち込んだことがあまりない」


と言った。ナイランも、


「すまん、俺もだ」


と言い、全員が頷いた。千春はまさかと思った。


「でもさ、剣の訓練がうまくいかない時とか」

「落ち込む前に訓練する」


ダメだ、この脳筋たちは。エドウィなら?


「外交でうまくいかない時とか」

「老害だと思いますから、気にしません」


く、手強い。それなら、人生経験豊富なグルドとエアリスなら?


「開発が思うように進まない時とか」

「うむ、試行錯誤するしかないのでなあ」

「そう、落ち込んでいる暇などないのでな」


ええ? それなら、これはどうだ!


「じゃあ、失恋した時!」


「「「「「失恋、したことがないから」」」」」


イケメンたちめ!


「ま、まあ、千春、ほら、私たちなら酒を飲むとかさ」

「そう、そうだよ真紀ちゃん、それだよ!」

「あとはね、えーとね……」


真紀は腕を組んで考えている。千春はじれったくなり、こう言った。


「例えば、部屋を暗くして隅っこで体育座りしたりとか、泣くだけ泣いたりとか」

「う、うん」

「暗い音楽かけたりして、それから悲しい映画を見るとか」

「うーん」

「やけ食いしたり」

「それ! それはやる!」


真紀の返事に千春はほっとした。やっぱり女同士だよね。あ、あれ? 千春と真紀が周りを見ると、目頭を押さえる人や、上を見ている人、そして切ない顔で真紀と千春を見る人がいた。ていうか、お付きの人まで目頭を押さえて……


「チハール、そんなことをしていたのですね」

「いや、するよね普通に」


エドウィに答える千春が真紀を見ると、目をそらされた。


「チハール、もう部屋の隅になど行かなくてよいのだ」

「いや、だからってエアリスの所にも行かないよ」


エアリスに答える千春が真紀を見ると、今度は深く頷いていた。


「チハール、そんな時は俺たちが剣の相手を」

「いや、しないくていいから」


脳筋に答える千春が真紀を見ると、笑いをこらえている。もう。


なんだか、ほんとにどうでもいい気がしてきただけでなく、お腹の底から何かがわきあがってきた。真紀ちゃん?


「プッ、くふっ、はは!」

「もう!」

「ハハハ」

「ふふ、ハハハ」


落ち込まない人ばかりのこの世界で、どうして暗いままでいられるだろうか。


「チハールが……」

「笑った……」

「マキの笑顔だ……」


私たちはクララかと内心突っ込む千春と真紀を乗せてミッドランドについた列車は、笑顔であふれていたのだった。


護衛を連れて、駅に仁王立ちしているアーサーとザイナスが目に入るまでは。


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