帰還 6 人魚島にて
さて、全員警戒態勢で臨んだ人魚島だったが、そこにアミアはいなかった。アミアよりだいぶ若い、人間にしたらエドウィと同じくらいの美しい人魚がいて、
「アミアは用があって来られないの。残念がっていましたわ」
と教えてくれた。千春が、
「そっか、鏡の湖で助けてくれたの。お礼が言いたかったんだけど」
と言うと、
「それならそこの者たちに。水の道を通って、鏡の池に行ったものたちですわ」
と手のひらを向ける。そこには、美しい、しかも屈強でしなやかな色とりどりの人魚たちが千春と真紀を眺めていた。この人たちがゲイザーを尾で叩き落としてくれたのかと思うと、自然と感謝の気持ちがが湧いてくる。もちろん、その後ろからは次々と人魚たちが上陸してきている。
「おおう、これはまた」
「な、驚くだろ? 俺たちの最初の衝撃を思いしれ。しかも海に連れて行かれようとしていたんだからな」
エドウィとカイダルがこそこそと話している。
「あの、鏡の池では助けてくれてありがとうございました」
「ありがとうございました」
千春と真紀は人魚たちのそばまで言ってそうお礼を言い、頭を下げた。
「顔を上げてください、愛し子よ」
そう言われて頭を上げると、いつの間にか人魚たちはすぐ目の前にいた。その中の一人が、スッと手を出すと真紀のほほを両手で包みこみ、その髪の毛がうねっと動いて真紀の前髪をよけた。
「おお」
「神に愛されし印」
人魚がまたどよめく。真紀は大きく目を見開いて固まっている。
「人の肌とは温かいものだな」
そう言う人魚の肌は少し体温が低く、さらさらとしている。
そうだよ、衝撃だよね、この距離の近さといい、うねっと動く髪の毛といい。千春は今回は他人事でよかったと思い、真紀の隣でうんうんとうなずいた。
「え?」
しかし、聖女が二人いるのに、二人活用しないわけがない。いつの間にやらほほを包まれ、髪の毛でなでられ、挙句の果てには肩に人魚の手が回り、まるで恋人のように波打ち際の人魚たちの元に連れていかれている千春は、結局前回の経験がまったく生きていないのだった。
「長の気配を感じます。うろこを身につけてくれているのですね」
人魚がささやいた。
「助けてくれてから、お守り代わりに」
そう千春が答えると、その人魚はうれしそうにニッコリとした。隣では真紀が固まったまま運ばれている。一人があせっていると、もう一人は冷静になるものだなあと千春はそう思った。
後ろでは、青筋を立てているエルフを、残りのみんながなだめていた。
「列車が一時間で出るって人魚たちもわかってるから、無理はしないさ。それより、あいつらならほれ、あれを買ってやったら喜ぶんじゃね?」
ナイランが思いついたように言った。
「ほら、えーと、ハマナス酒!」
「なるほど! ここで人魚を見ていても腹が立つだけ。それならば酒でも調達しようか」
「ならば共に」
高齢二人組は売店に去った。
「ふー、ある意味誰より扱いづらい」
カイダルが言うと、
「いや、扱いやすいんじゃねえ、むしろ」
とナイランが答える。
「エアリスは聖女が大好きですからねえ」
とエドウィが言うと、カイダルとナイランは気の毒そうに見やった。
「なんですか」
「いや、エアリスを年寄りだと思わないほうがいいぞ」
「年寄りはしたたかだぞ」
「どっちですか、年寄りなのかそうでないのか」
問題はそこではないのだが、まあ、若者にはいい経験かもしれないな、とカイダルとナイランは思うのだった。
思ったより大きなトラブルもなく、人魚たちに大きく手を振って一行は列車に戻った。
魂が抜けたような真紀を見て、千春は少し偉そうに言った。
「真紀ちゃんもさ、聖女なんだから、自分だけさらわれないかもしれないとか思っちゃだめなんだよ」
「どの口が言う」
むしろナイランが突っ込んでしまった。お前だって結局連れて行かれていただろう。真紀はげっそりしながら言った。
「よくわかったよ千春。それにしても、やっぱり人魚は美形だったね……」
「そうだよね、前回は衝撃であまり思わなかったけど、あんなきれいな人たち見たことがないよ!」
千春は少し興奮してそう言った。真紀はぶつぶつと言った。
「そんなきれいな人に頬を包まれて、肩を抱かれて練り歩くって、本来なら超ロマンチックなはずなのに」
「真紀ちゃん、練り歩いてるって言葉を選択している時点で既にロマンチックじゃないよ」
千春は思わず突っ込んだ。真紀は続けた。
「ロマンチックに感じられないのはなぜだろう」
なぜだろう。千春も考えた。そうだ、あれだ、
「髪の毛のせいじゃないかな」
「違うと思うぜ」
やはりナイランが突っ込んでしまった。エアリスはいいとして、エドウィは大変だな、とナイランは思った。このロマンチックじゃない娘たちにロマンスのなんたるかをわかる日が来るのだろうか。
「うろこのせいじゃねえ?」
このとんちんかんなドワーフにもな。




