帰還 5
「カイダル、ナイラン、落ち着いて。エドウィ、列車を止めてくれる?」
「まさか! 魔物を鎮めるつもりでは! だめです! このままスピードを上げて振り切ります」
顔をあげたマキはそう言うが、エドウィは反対し指示を出そうとする。窓の外には、一体、二体、目に見えるだけで四、五体のゲイザーがいる。
「魔物を鎮めた場合の体への影響がまだ分かっておらぬ。ここはエドウィの言う通りに」
「エアリス、そう言って結局、これからは魔物から遠ざけるつもりでしょ。何体までなら鎮めても大丈夫かなんて、結局は実験しなければわからないことなんだよ」
「だからと言って、なんの用意もせずに立ち向かうなどと。ここの魔物がダンジョンと同じ性質とも限らぬのだぞ!」
エアリスが声を荒げる。千春が静かに言う。
「列車を止めて」
「しかし」
「止めて」
カイダルとナイランがため息をつく。
「エドウィ、止めてやれ。俺たちが護衛につく」
「……わかりました」
そうして列車の外にマキとチハールが降り立ったときには、ゲイザーは10体以上、そして広間の暗闇の奥から四足の魔物が数体歩いてきたのだった。前に出ようとしたカイダルとナイランを千春と真紀はとどめると、魔物に向き合った。魔物の歓喜と共に、痛いほどの緊張を背中側から感じる。みんな心配性なんだから。
「どうしたの。ダンジョンからはずいぶん遠いのに」
千春がゲイザーに話しかける。
ダンジョン、知らない。ここで生まれた。この明るいものと、走るものをたくさん見たんだ。
「ここで生まれたんだね」
そう。もう戻りたい。
「君たちもここで生まれたの?」
真紀が四つ足に聞く。
そう。この広い場所で、明るいものが走ってこないときに、いっぱい走り回ったんだ。でももういいんだ。
「そうか」
真紀は千春と目を合わせた。
「「じゃあ、おいで」」
そうして魔物は一体一体、静かに魔石に戻っていった。
「もういないかな」
「うん、気配を感じないからねえ」
見渡す真紀に千春が同意する。さ、終わりだ。
「もうすんだよ。帰ろう」
ふりかえってそう言うと、カイダルとナイランが、そしてエドウィがつらそうな顔で二人を見ていた。
「その、大丈夫か」
「ん? 大丈夫だよ」
「慣れるものでもないだろうに」
「うん。でもこれができるってことはさ」
真紀がそう言って笑う。
「すべきことなんじゃないかなって思うんだ」
「すべきこと……」
「できる範囲でしかやらないよ」
千春もそう言ってナイランの背中をポンと叩く。
「さ、早く出発しないと、次の列車が詰まっちゃう」
「そうですねえ、行きましょうか」
列車に戻るとしばらく無言が続いた。
「マキ、チハール、体調はどうだ」
エアリスが口火を切った。
「うん、全然平気だよ」
「むしろすっきりすると言うか」
真紀は肩をぐるぐるとまわす。
「その」
カイダルが列車の天井を見上げて言った。
「お前たちが毎晩、魔物を鎮めているのは知っていた」
真紀と千春も驚いたが、エドウィやエアリスの驚きはそれどころではなかった。
「いつからだ? カイダル」
「鏡の池を過ぎたあたり」
千春は呆然ととつぶやいた。
「最初からだ……」
「なぜ言わなかった、チハール……」
エアリスはそう悲しそうに言った。
「心配させると思って」
「それだけじゃないだろ」
「ナイラン」
千春はうつむいて言った。
「魔物がかわいそうだったから」
「かわいそうって」
「みんなはわからないみたいだけど、魔物は私たちを決して傷つけない。命を吸われることもない。ただみんな、瘴気の命の輪に戻りたいだけなんだよ」
「瘴気の命の輪、だと」
「人間やドワーフみたいに、明るい命もたぶんめぐっているんだと思う。でもこの世界では、たぶん瘴気も命を持ってめぐっているんだよ」
「だとしても!」
エドウィも大きな声を出した。
「危険なもの、魔石のために狩るもの、そう教わって育ってきたのです。その危険なものにあなたたちを近寄らせたくはないのは当然でしょう」
「そう言うと思って。でもね」
千春は真紀の目を見て、うなずいた。
「ドワーフ領を旅していて気づいたんだけど、はぐれて戸惑っている魔物がいたの。疲れて、戻りたがっていた。それを静かに戻してあげられるのは私たちだけなんだもの」
「はぐれた魔物など聞いたこともない……」
そう言うエドウィに、ナイランが言った。
「ま、俺たちは見たから、はぐれ魔物がいるのは信じる」
「うん、ありがとう」
千春はそう礼を言った。真紀が口を開く。
「まあ、今まで隠してたことは謝るけど、それとは違う話があるの」
「なんだ、マキ」
カイダルが答えた。
「ここの魔物、ダンジョン生まれじゃなかった」
「は、何を言っている」
「ここで生まれたんだって」
「ばかな」
今まで黙っていたグルドがそうつぶやいた。
「確かに、この広間は最初からあって、列車の道はそれをつなげたものにすぎない。しかし広間は広間であって、ダンジョンではない。それにここはもうだいぶ闇界から外れているぞ。ダンジョンは闇界に接しているからこそ魔物がわくのだ」
「今までは魔物がいたことはなかったの?」
「たまに、ごくたまにだ。しかし、それが真実だとしたら、列車の道は危険だ……」
グルドは青くなった。
「アミアも魔物が出たら放っておくかしっぽで叩くって言ってたから、洞窟みたいなところには自然に魔物がわくのかもしれないね」
「マキよ、そんなに気軽に重要なことを……」
「どのくらいの期間で魔物が目撃されてるの?」
「数年に一度だ」
「だったら、私たちが時々来て魔物を鎮めればいいだけじゃない」
全員がマキをあきれたように見た。
「そんな簡単なことでは……簡単か?」
「それでいいのか?」
グルドとエアリスは混乱している。
「まあ、私たちも最初は悲しかったけど、みんな魔物たちは喜んで魔石に戻っているから、もういいの。ダンジョンごとやれって言われたらいやだけど、はぐれ魔物を命の輪に戻すくらい大したことないよ」
と真紀はそう言った。それに千春が続けた。
「で」
「「「で?」」」
「せっかくそれが仕事なんだから、報酬がほしいな」
みんなあっけにとられた。真紀はぷっと吹き出した。
「ほら、冒険者を雇わなくて済むでしょ? その分」
「チハール、お前」
「働かざる者食うべからず。でも働いたら報酬はもらうべきでしょ」
千春はにこにこした。何も言えないカイダルとナイランを見ながら、エドウィは思い出した。そうだ、チハールは最初からこういう人でした。父上との魔石のやりとりと言ったら、それはもうおかしくて。エドウィはそれを思い出してぷっと吹き出した。それを見てエアリスもグルドもふっと力を抜いたのだった。
「わかりましたよ、チハール、マキ、それも王との話しあいに懸案として上げておきます」
「おい、エドウィ、勝手にそんな」
「いいのです、カイダル、王はわかっていますから、聖女の自立心の強いお人柄は」
報酬の話じゃなくて、聖女が安全かどうかという話ではなかったのか。すっかり話は終わったものとしてすっきりしているミッドランド側と、なんだか納得のいかないカイダルとナイランを乗せて、列車は人魚島へ向かうのだった。




