帰還3 夜のお仕事
まあ、ドワーフのお城でも息苦しかったが、身分がどうというより、親切で人懐っこいドワーフの本領が発揮されたと言うところが正しいと言える。
つまり、世話好きのカイダルがたくさんいたということだ。
むやみに構われたかと思えばカイダルやナイランと二人きりにさせようとするし、
「後は若いお二人で」
みたいな、そのくせ視線はどこにでもあるしで、二日の滞在でなければ相当ストレスがたまっていたことだろう。
「すまんな、おふくろも兄たちも、兄の奥さんたちも世話好きでな」
「なんかわかってたから、大丈夫だよ」
すまなそうなカイダルに真紀が苦笑して答える。自分にやましいところがなければ親切は親切として受け入れられるものだ。よい人たち、それでいいではないか。
「でも、正直、早く城から離れてえ」
それはどの国の若い人も一緒なのだ。特に独身の若い者は。
エドウィも二日間、アーサーの代理として一生懸命働いていた。
「若い私こそ甘酸っぱい思いをしてもいいではないですか。何でエアリスとグルドばかりマキとチハールと楽しく過ごしているのです」
ぶつぶついうエドウィに、
「どんな状況でももう甘酸っぱくないのだよ、我らは。老い先短い私たちを優遇しておくれ」
とエアリスが言っていたが、真紀はあのあまーい瞬間と、「私はまだ現役」発言を忘れていなかったので、そんなことでだまされているエドウィをちょっと気の毒に思ったのだった。だいたいエアリスの残りの寿命はアーサーとほぼ一緒なのだ。老い先短いとはよく言ったものだと真紀は思う。
ちなみに千春もエアリスにだまされていると真紀は思っているが、まったく気の毒には思っていない。
エドモンさんも城に招かれていて、少しだけ話すことができたのはうれしかった。またの再会を約束して別れたのだった。
城での二日の休憩という名の外交を終えて、一行はノワールに向かった。真紀と千春はまた賄いに戻った。少年の変装していては体裁が悪いが、ドレスを着て一日馬車に乗っているのも嫌だったので、かつらをかぶらずに少年の格好をしている。そしてやっぱり荷馬車の荷物の上にのっているのだった。
山がちなドワーフ領では、馬車の通る道も山を登り下りし、景色が次々と変わっていく。峠までわくわくしながら山を登っていくと、麓では大きかった木々が少しずつ種類を変え、次第に背の低いものになっていく。ときおりひんやりとした空気に出食わすとそこには小さな川や沢があり、きれいな水が静かに、あるいは小さな滝を作って流れているのだった。
景色を十分に楽しんだ後は、賄いでスープを配り、みんなで酒を飲み、テントではなく宿でしっかり休む。
そうしてみんなが寝静まった頃、真紀と千春の部屋ではかすかに人の動く気配がする。
「そっとだよ、そっと。灯りは消してる? じゃあ、窓を開けるよ?」
真紀の小さな声がする。二人はなるべくバルコニーのある部屋を取ってもらうようにしている。表向きは鳥人のためだ。しかしバルコニーは夜にも活躍していた。
二人が窓の外にそっと滑り出てしばらくして、空の上からスーッとやって来るものがある。もともと黒いので、下から見上げても夜空にまぎれてほとんど気づかれない。
「いい子、おいで」
千春が小さい声で呼びかける。ゲイザーだ。バルコニーに近づき、うれしそうに揺れている。
「地上は十分楽しめた?」
ゲイザーが揺れる。
「まだ遊んでいたいのなら、いいんだよ」
いいんだ。十分見たんだ。
「そうか、じゃあ、おいで」
ゲイザーは千春の伸ばした手に触れ、しゅっと小さくなると、バルコニーにはかすかに魔石の落ちる音がした。真紀がそっとつぶやいた。
「今日は一体だけかな」
「視線はもう感じないねえ」
千春は夜空に目を凝らす。半分の月に、静かに雲の影がかかる。
「さ、戻ろうか、千春」
「うん」
またそっと窓が閉じられる。
それを確認して、窓の下の人影もそっと宿に戻った。
ダンジョンでのひと騒動の後、特に鏡の池を通ったあたりから、真紀と千春は視線を感じるようになった。そもそも聖女だとばれてからは格段に視線が増えているのだが、この気配は少し、そう少しばかり切ない。
そしてある夜、ふと窓から外を眺めようとしたら、そこには大きい目があったというわけなのだった。悲鳴をこらえた真紀は立派だったと自分でも思う。その時に思ったのは、
「兵に見つかったら退治されちゃう」
だ。真紀は千春に声をかけ、急いで窓を開け、バルコニーに出た。
「ほら、君、ちょっとこっちの陰に来て!」
真紀はゲイザーを叱りつけながら、バルコニーから下の兵の気配をうかがった。よし、誰も気づいていない。
バルコニーの手すりから見えないよう、二人はしゃがみこみ、千春がゲイザーに話しかけた。
「どうしたの、君、ダンジョンから出て来ちゃったの?」
さあ。明るいところに行こうとしたら、出ちゃったんだ。ゲイザーがゆるりと揺れた。なぜかわからないが真紀にも千春にもゲイザーの思っていることが何となく伝わる。
「出ちゃったんだって、君……」
それでもう、疲れたんだ。戻りたいけど、戻れない。
「じゃあ、戻る?」
うん、愛し子よ。こごらせて。
千春が手を伸ばすと、ゲイザーはうれしそうに近寄り、からんと魔石に戻った。
「ほっとしたって。ありがとうって」
「うん、となりにいても感じた。あ、もう一つ来た」
真紀が空を仰いだ。そうしてその夜は三体のゲイザーをこごらせたのだった。
それからだ。真紀と千春がバルコニーのある部屋を希望するようになったのは。
鳥人はもちろん喜んだが、警備をすることを考えたら、バルコニーのある部屋は危険でもある。渋るエドウィを説得してくれたのはナイランだった。
「いいじゃねえか、兵は下を巡回するんだし」
「まあ、外でテントに寝ることと比べたら宿であるだけましですかねえ」
許可をもらった二人は、酒も控えめにして夜魔物を待つ。別に無視したっていいのだが、はぐれてふらふらしている魔物はなんだかかわいそうで、若干寝不足になりつつも、それは翌日の荷馬車で解消することにして頑張る二人だった。
魔物は領都に近づくにつれ少なくなり、来ない日もあった。また、ダンジョンの監視の目をくぐってふらっと出られるのはゲイザーだけのようで、四つ足の魔物はついぞ来たことがない。
また、領都を出てからもたまにしか来ないのだったが、二人は念のため夜更かしして魔物を待つ。せめてドワーフ領を出るまでは、そうしようと決めたのだった。
そして毎晩のように、カイダルとナイランが剣を構えてその様子をうかがっていることには気づかない二人だった。
「やれやれ、今晩は終わりか」
ナイランがそうつぶやいた。カイダルは、
「俺にはやっぱりわからねえ。何でマキもチハールもあんなに魔物に優しい。まるで別の世界だ」
「そうだな。まるで物語を見ているようだ」
明るい半月に真紀と千春のシルエットが浮かぶ。月を少し眺めてから部屋に入るようだ。
「それにしても」
「ああ」
「月灯りはいいな」
「いいな」
そう、半月の淡い光は二人の聖女の寝巻をすかし、
「結構あるな」
「あるな」
だめな二人組に月夜の報酬を与えるのだった。
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