帰還 2 夜の宴会
前回のあらすじ
ダンジョンの町グロブルからの期間途中、ドワーフの城の歓迎に飲み食いできず疲れ果てる真紀と千春。
そこに、グルドとエアリスが来て……
扉を開けると、エアリスとグルドがすっと入ってきた。エアリスもグルドも大きな籠を抱えている。
「いいにおい」
千春は鼻をすんすんさせた。エアリスは部屋をぐるりと見渡すと、お茶の用意のしてあるテーブルに近づき、籠を開けた。
「「わあ!」」
そこには食べたくても食べられなかった、パーティのごちそうが詰まっていた。そこにグルドも籠を開けて見せてくれた。
「「お酒!」」
籠の中には小さいカップと、お酒のビンがやはり詰まっていた。
「ああも大量のドワーフに囲まれては、何も食べられなかったかと思ってな」
「酒を取りに行く暇もなかっただろう」
わかってくれていた。
「もちろん、カイダルやエドウィもわかっていたようだったが、ご婦人の部屋に若い男が夜訪れるわけにもいくまいて」
グルドがそう説明してくれた。エアリスが続ける。
「我らであればな」
「勘ぐるものもおるまいよ」
「私は現役なのだがなあ。まあ、この際男としての下らぬプライドなどどうでもよい。さあ、食べるがよい」
珍しいエアリスの冗談に真紀と千春もくすくす笑いながら、ちゃっかりと席に着き、先に酒の杯を傾ける二人の横で籠の物を出しては並べ始めた。朝食を部屋で取る客もいるから、テーブルはそこそこ大きい。
「若造たちが悔しがるかと思うと酒もすすむな」
「まことに」
人の悪いことを言う二人だったが、真紀と千春は食べ物に夢中で聞いてもいなかった。一口で食べられるように小さく形作られた前菜から、メインになる肉類。それらを乗せて食べられるように薄く切ったパンがついている。真紀はさっそくやわらかく煮込まれた肉をパンに乗せて食べている。
千春は小さくカットされ果物が載ったケーキを口に運ぶ。
「いやいや、待って、千春。まず肉からでしょ」
「誰もいないんだからデザートからでもよくない?」
「だめです。デザートは後で一緒に。まずちゃんとご飯から」
真紀のご指導を受けて、千春はしぶしぶケーキを後回しにする。
「まあまあ、二人とも、肉を食べるならこれを」
グルドが小さいカップに赤ワインを注いでくれる。これなら肉もうまい。千春はご機嫌で肉を口に運んだ。この肉も赤ワインで煮込まれていて、口の中でほろりとほどける。
「それは羊だな。こっちは鳥肉で、くせがないぞ」
グルドがさし示したのは、ハーブの乗っている鳥のグリルだ。一口サイズに切ってある。サクッ。
「あれ、サクッていった」
「何だろうこの鳥の皮、ハーブと塩の他に、ほのかに甘みとうまみがあってパリパリだよー」
「肉はジューシー」
真紀と千春は驚いて感想を述べた。グルドが得意そうに解説してくれる。
「これはな、皮に蜂蜜が薄く塗ってあるのだよ。蜂蜜自体はエルフ領の特産だから、普段は木の蜜を使うのだが、それも独特の香りがしてうまい。が、今日は特別な日なのでな、蜂蜜を使ったというわけだ」
なるほどなるほど。その木の蜜のやつも食べてみたいなあと千春は思った。
「蜂蜜と言えば、エルフ領は自然からうまく恵みを分けてもらっているのだよ。私も幼いころ蜂蜜が近くて取れたが、蜂たちは働き者でな」
「そうらしいなあ、エアリス。しかし初めて見た時は驚いたよ。ドワーフ領の蜂とは大きさが違うのでなあ」
「うむ。私はむしろ他領の虫が小さすぎて驚いたわ」
二人もパーティではあまり飲めなかったのであろう。楽しく話しながら酒はすすむ。
「ねえ、エアリス、その蜂ってどのくらいの大きさなの?」
真紀は興味深げに聞いた。真紀ちゃん。千春は内心ため息をついた。あえて聞かないようにしていたのに。
「そうだなあ、このくらいか」
エアリスは両手で大きな丸を作った。
「え?」
「こう」
聞き返す真紀に、グルドも丸を作って見せた。千春は、この話はそろそろやめたほうがいいと思った。とりあえずワインをぐいッと飲みほした。
「何を言っているグルド、おぬしの手では小さくていかん。こうだ」
エアリスはその長い手で丸を作りなおした。
「小さすぎたかの、ははは」
グルドは何がおかしいのか笑っている。真紀は恐る恐るエアリスに聞いた。
「も、もしかして、小さいゲイザーくらい?」
「うむ? そう、その通りだマキ。空を飛ぶ者同士、うまい比較だな、マキ。ははは」
「ははは」
エアリスも楽しそうだ。しかし千春は眉間をもんでいる。アーサーか。
「蜂が大きいから、エルフ領では蜂蜜が安く大量に手に入るのだよ」
「なるほど、ところで」
と言った真紀を千春がきっとにらんだ。しかし真紀は気づかない。
「他にも役に立つ虫がいるの?」
「いるとも、例えば」
「あーあーあー」
「千春、どうした?」
「なんだかのどの調子が悪くて」
「え、千春さっきまで、あ」
真紀は気づいてまずいという顔をした。真紀は虫の話は平気だ。しかし、女子は二種類に分かれる。虫の話が平気な子とダメな子だ。千春は、前者寄りである。寄りというのは、基本大丈夫だが、にょろにょろしたものと足が多いものと黒いアイツがだめなのだ。蜂はいい。たとえ大きくても。しかしこの先はおそらく……。
「絹糸を吐きだす蚕がいてな」
きた!にょろにょろ!いや、ギリギリセーフか? いや、アウトだ。
「このくらい」
「あ、あの、エアリス、そろそろ、デザートが食べたい、です」
真紀がさえぎった。
「そうか、先ほど千春が食べかけていたやつがうまいぞ。それでな」
「わあー、こっちのケーキもおいしそう」
真紀はさらに話を盛り上げる。エアリスは喜んで話を続けた。
「それこそ蜂蜜を使ったお菓子なのだよ。そもそも小麦をこねたものを薄く伸ばしたところに油を塗って折りたたむ。それを焼いたところに最後にナッツと蜂蜜をたっぷりかけるのだよ。ほら、チハール、あごに蜂蜜がついているぞ」
エアリスの声が蜂蜜より甘くなった。
「ん? ここ?」
「反対側だ、どれ」
エアリスが手を伸ばし、ナプキンで拭きとった。千春もおとなしく拭いてもらっている。
あまーい。真紀はそっと目をそらすと笑いをこらえるグルドと目が合った。しょうがないのう、っと目を細めるグルドにニヤリと笑うと、真紀もケーキを手に取った。うん、やっぱい甘い。
最後に辛口のりんご酒で仕上げると、エアリスとグルドはご機嫌に帰って行った。もちろん、真紀と千春もおなかも心も満足した。
そうして灯りを消してベッドに潜った二人だったが、眠りに落ちそうになった時、千春がこそっとつぶやいた。
「エルフ領、やめようかな」
虫だけに、無視。真紀はププっと笑った。ちょっと酔ったかな。
「明るくなってから考えよう」
「うん、おやすみ」
「おやすみ」
今はぐっすりと眠ろう。
次回更新、来週火曜日です。
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