そして次はどこの空の下
「おーい、聖女様たち、スープくれ」
「聖女様じゃなくて、真紀だって」
「千春ね」
賄いでスープをよそいながら、真紀と千春はそう答えていた。
「細長いほうがマキ、小さいほうがチハールか」
「細長いってあんたね」
「誰か一人くらい千春ってよんでくれないかな」
ぶつぶつ言う真紀と千春だったが、ただエドウィたちに同行しているのもいやなので、やっぱり賄いで働いているのだった。もう変装する必要はないので黒髪のままだし、働きやすいように簡素なワンピース姿にエプロンをしている。兵も冒険者も、聖女様がきゃしゃだとかかわいらしいなどと思ってるなんて、照れくさくて誰も言えないのだった。
帰りはもう社交もする必要はないと割り切り、王子たちもエアリスも、みんなカップを持ってここに並んでいるという始末だ。それはそれで、身分の垣根を越え、和やかでいい感じではあるのだが。
「あーあ、帰りはやっぱりカイダルのお城に寄らなくちゃならないんだって」
「途中の町長のところも顔を出さなきゃならないんだよ」
「まあね、聖女がいたのに通り過ぎたなんて、メンツが立たないもんねえ」
真紀と千春がそんな話をしていると、
「ちょっと社交をがまんすれば、おいしいものがいっぱい出てただろう。お前らそれでいいんじゃないのか」
カイダルが口を出してきた。
「失礼な。人をくいしんぼみたいに」
「すまん。酒のほうだったか」
「そうそう、酒があれば、って違うわ!」
真紀ちゃん、見事だよ!
「聖女と話したい人が多すぎて、あんまりご飯も食べられないんだよ。それに出るお酒ってたいていワインでしょ。好きは好きなんだけど、やっぱり地元のお酒を飲みたいよねえ。真紀ちゃんがこっそり確保してきてくれたりんごのお酒、おいしかったよねえ」
「まあ、隠れて飲んでるって罪の味もあったかな」
「お前ら……それ、俺たちと一緒のときだよな?」
「え? そうは言ってない、よ」
真紀の目が少し泳いだ。ナイランがくつくつと笑っている。
「いいじゃん。成人してたんだし」
「お前らなー」
「マキもチハールも、のびのび過ごしていたんですねえ」
エドウィがしみじみ言った。
「のびのび、かな。かつらをかぶって、変装して、しゃべらないようにして、夜こっそりお酒を飲むのが楽しみで」
千春が考えながらそう言った。
「変装せずに、社交のために頑張りながらよい酒は飲み放題と、どっちがのびのびかな」
真紀もそう言った。
「私たちなんてずっと社交ですけどね。まあ、慣れてるけど」
「そうか、偉いね、エドウィは」
「偉いって、子どもではありませんから」
そうはいってもエドウィは少し胸を張った。ほら、子どもだ。千春はくすくす笑う。
「まあ、なんだ。本当は城にずっといさせたいところだが」
「エアリス?」
「エルフ領はな、正直あんまり他人に興味を持たぬ。他領の王子が来たとて、多少おもしろいと思うだけだ」
「「そうなんだー」」
「だからな」
「「うん」」
エアリスはごほんと咳払いした。
「エルフ領ではのびのびできると思うぞ」
「え?」
真紀と千春はきょとんとした。だって、言われていたのだ。
「マキとチハールがダンジョンの側に来ると、どうも魔物が活性化するようだ。危険だからなるべく人間領にいたほうが安全だ」
と。
「行っていいの」
「なに、ダンジョンのある街に近寄らなければいいのだ」
「エアリス、それは城に帰ってからでないと決められません」
「うむ。しかし、楽しみがあってもいいだろう」
すぐではないかもしれないが、いずれ。エルフ領にも行ける日が来るのだ。
「まあ、南領にもまだ来ていないだろう。南領はな、聖女のための米や大豆の産地でな。少しあたたかいから、いろいろな果物もあるぞ」
「米! 城以来食べてない!」
「果物! ぜひ!」
ナイランもそう言う。
「ドワーフ領は小麦中心だからなあ。米のあの粒粒が俺はいまいちなんだよ」
カイダルがちょっと顔をしかめる。へえ、好き嫌いなさそうなのに。真紀が聞いてみる。
「炒めご飯も苦手?」
「なんだそれ」
「たいたご飯を肉や卵と一緒に炒めて食べるご飯だよ」
「なんだそれ、俺も知らないぞ」
今度はナイランだ。
「前代の聖女の時はあんまりなかったかなあ、おいしいんだよ」
「焼きおむすびに、お茶漬け」
「ドリア。親子丼に、牛丼」
「なんだなんだ、それ全部米の料理か」
カイダルもナイランも食いついた。
「そうだよー、おいしいよー」
「あー、ダンジョンなんか行きたくねー、南領に行ってマキとチハールに料理させようぜ」
「聖女料理か、いいですねえ」
しばしみんなでおいしいものに思いをはせる。
そんなこと言ったって、みんな義務から逃げたりはしないのだ。この人たちは。
「こっちの世界に来てから、まだ二ヶ月だよ」
「逃げ出さなくても、なんとかなるってわかったから」
ドワーフ領の人はみんな優しかった。人間であっても、少年でも、若い女性でも、みんな親切にしてくれた。それは聖女だからではなかった。
「どこかに行く話をするなら、我ら抜きには語るべきではない」
「サウロ、サイカニア!」
「今度こそ海を渡るか」
「渡らないよ。三時間も運ばれるなんて、無理!」
出会いが最悪だった鳥人とも、こうして仲良すぎるくらい仲良くなれた。
「そういえば、高いところを飛ばないと人魚に落とされるかもしれぬ。ゲイザーのようにな」
人魚とも知り合ったのだった。そして魔物たち。
真紀と千春は空を見上げた。
本当は我慢してた。何で連れてこられたのか理解できなかったし、理不尽だと思った。大切にされても、素直に受け取れなかった。
いつのまにかもう、この世界にこんなにもなじんでいた。
おいしい食べ物、おいしいお酒、愉快な仲間たち。人生に他に何が必要か! 真紀と千春は大きく息を吸い込んだ。
「「恋だよ、恋!」」
「はあ? 何を言ってるんだ?」
カイダルが胡乱な眼で見たけれど、気にしない。とりあえず、次は、エルフ領か、南領か。
「あ、ザイナス」
「忘れてた」
それとも、獣人領か。もう逃げ出さない。でもね、おいしい食べ物、おいしい酒、そして素敵な出会いを求めて。今度はどこの空の下。
聖女二人、巻き込まれ旅。違った。聖女二人ぶらり旅。続きます。
これでドワーフ領編、終了です。思ったより長くなりました……。
次はエルフ領か、南領か。皆さん、真紀と千春をどこに行かせたいですかね!
一旦お休みして、次の旅の構想を練りたいと思います。長くは待たせないつもりなので、できればブックマークはそのままで。評価なんかも入れてもらえたらうれしいです。では、今度こそぶらり旅になりますように!




