目覚め
真紀と千春は監禁されていた部屋ではなく、ちゃんとした客間に通されていた。
そして、楽な格好に着替えさせられ、ぐっすりと眠っていた。幸い、苦しそうな様子はない。その横でエアリスが一心に二人の様子を見守っているのだった。
「エアリスよ、ずっとおったのか」
「うむ。目を離したら消えて行きそうでな」
「おぬしが言ったのだぞ、帰った聖女はいないとな」
「だがな、不安でな」
エアリスは千春の髪をそっとなでた。隣でカイダルが真紀を見ている。
「このような細い体で、魔物を受け止めていた。なにか語っていたようだったが……」
「またね、と」
「うん?」
「またね、さよなら、と言っておったよ」
「なんと」
そこにエドウィとナイランがやってきた。
「ご苦労だったな」
「マキとチハールは!」
「ぐっすり寝ておるよ」
二人は胸をなでおろした。
「冒険者や兵には一通り説明してきたが。グルドよ。あなたなら何かわかるだろうか。あの時二人の側にいた」
「うむ。何から言っていいのか……」
グルドはあごをなでて少し考え込んだ。
「マキとチハールは魔物と心を通じ合わせていたようだった」
「魔物に心などあるものか」
カイダルはそう強く言った。
「冒険者には、死ぬ者もいる。魔物は人間を襲い生気を吸い取る。どのような心でそのようなことをするというのだ」
「例えるなら、そう、赤子かの」
「赤子?」
「めぐる命なのだと。少しでも外を見られたからもういいのだと。マキとチハールの優しい手で魔石にこごらせてくれと。そう甘えているように思えたのだ」
「信じられぬ。確かに魔物は神の使わした資源。しかし、それを手に入れるのには試練も必要。冒険者の存在というのはそういうことだ。今さら、赤子だの甘えるだの言われても」
「我らは我らのやりようでよいのだろう」
グルドは優しく真紀と千春を眺めた。
「マキとチハールが、とにかく規格外なのだろうて」
エドウィがぽつりと言った。
「冒険者にも言われたよ。魔物を消しされるのなら、なぜはじめからやらせなかったのかと」
「なんと! 聖女をそんなことに使わせようとは!」
「あえて口に出してくれたのだと思う。そう思うやつは必ずいるから。しかし、魔物を消しても倒れてしまうなら、これ以降決してダンジョンのそばには寄らせはしない」
「それがよい。魔物はうれしかったかもしれないが、マキとチハールは魔物の望みをかなえるのがつらそうだったからの」
きれいにふかれたマキと千春の顔は、それでも確かに涙の跡が残っていた。カイダルが言った。
「この後、改めてダンジョンに兵と冒険者を潜らせ、ようすを探る。それに4、5日かかるだろう。それまでにマキとチハールが目覚めなければ」
「私が残ろう」
「エアリス」
「少なくとも、エドウィとカイダル、ナイランは報告と兵の帰還の仕事もある。次はエルフ領への派遣だが、それは南領の分担。すなわちナイランがきちんと連絡を取らねばならぬことだからな」
ナイランがうなずいた。
「南領からならミッドランドを経由してエルフ領へ行くより、船で直接エルフ領にわたったほうが早い。ドワーフの王城、ミッドランドでの報告の後、南領にもどりそこからすぐエルフ領へ。忙しくなるな、ナイラン」
「何を他人事のように。グルドは行かないのですか」
「なぜわしが行かねばならん。わしはドワーフ領でのスムーズな行軍のためについてきたのじゃ。あとはマキとチハールを探すため。エルフ領へは若い者を行かせるがよい」
グルドはふん、と言い切った。若い三人は非難の目で見た。しかし、グルドは気にしない。
「なあ、エアリスよ、帰りはコライユによって行かぬか」
「それはよい。温泉地か。マキとチハールのつややかな髪は毎日私が手入れしようではないか」
「保養地での夜のように、毎日酒を飲もうな」
「いいな、かわいらしい聖女を肴にな」
「な、ずるいですよ、二人とも!」
「年寄りのくせに、煩悩にまみれてるじゃねえか」
そう言う二人に、エドウィとカイダルが切れた。
「年寄りだからいいのではないか」
「少なくとも、風呂をのぞいたりはしないぞ」
「な、あれは!」
そのとき、千春がもぞもぞ動いた。
「何か言っているぞ」
「ん?」
エアリスが耳を寄せた。
「……さいてー、だと」
カイダルは撃沈した。千春が本当にそう言ったかは定かではない。
結局、丸一日眠り続けた二人は、翌日の夜には目を覚ました。
「知らない天井だ」
「真紀ちゃん……」
「だってさ」
「先を越されちゃったよ、残念」
二人はベッドに寝転がったままくすくすと笑った。
「あれ、ちょっと重い」
千春の布団の上には、乱れた白髪頭が乗って、寝息を立てていた。エアリスだ。きっとずっといてくれたに違いない。千春は手を伸ばし、頭をそっとなでた。
「うん……」
「エアリス」
エアリスははっと起きた。千春の手が頭から落ちる。
「チハール、マキ!」
「「うん」」
エアリスは落ちた千春の手を拾い、額に押し当てた。
「よかった……目が覚めなかったらどうしようかと」
「大丈夫。むしろ調子がいいくらい。ねえ真紀ちゃん」
「うん、そう」
そう言うと真紀は、よっと勢いをつけて体を起こし、肩をぐりぐりと回した。
「マキよ、いきなりはいかん。丸一日寝ていたのだから、大事に、大事に」
「うん、でもね、なんだかすごく調子がいいの。千春は?」
千春も起き上がってみた。エアリスに支えられながら。ゆっくり肩を回す。
「あれ、肩こりが治ってる! こっちに来てからも凝りに凝っていたのに!」
その時、ガチャリとドアが開いた。
「マキ、チハール!」
「エドウィ」
エドウィが急いでやってきた。
「よかった。よかった。調子の悪いところはないですか! うん、大丈夫そうだ」
そして千春の手を握ったままだったエアリスの手をさりげなく引き剥がした。
「年寄りだとか言い訳は聞きませんよ」
「すまぬ、つい」
その気配を感じ、グルドやカイダル、ナイランもやってきて、無事を喜び合う。
ぐー。
「「あ」」
真紀と千春がおなかを押さえた。
「おなかが一番正直だな」
そう言うカイダルに、
「そこはさりげなく無視してくれるところでしょ」
と真紀が突っ込む。
「はは、うん、その突っ込み、確かに元気になったようだな」
「もう、でも、うん。心配してくれてありがと」
「なんだ、うん。いや」
そっぽを向くカイダルと真紀を、千春はにやにやと眺めた。
「さ、マキのおなかのためにも食事にしましょう」
常識人のエドウィがそう声をかけた。
「いや、待って、千春のおなかも鳴ってたよね。何で私ばかりくいしんぼ設定? ねえ、おかしくない?」
「さ、歩けますか? ここに運びましょうか」
「できればここで」
はにかむように言う千春。
「え、千春、何自分だけ病弱みたいな、ないわー、それは」
「だって、真紀ちゃんが言ったんだよ。ロマンスはロマンチックを楽しめる人の元にしか訪れないって。この状況がロマンチックでないわけがないでしょ」
「確かに……。くっ、千春に、ロマンチックで負けるとは……」
がくりと肩を落とす真紀だった。
「何をやっているんですがあなた方は……」
「「へへへ」」
「さ、食事を運ばせますからね」
「「お願いします」」
沈んでいた町長の屋敷に、丸一日ぶりに明るさが戻ったのだった。




