後始末
真紀と千春が慎重に運ばれて行った後、広場には大量の魔石と疲れ果てた兵と冒険者が残った。
エアリスは真紀と千春から離れなかったし、カイダルはグルドについてくるよう言われそれに従ったので、ここにはエドウィとナイランが残って後始末をしている。真紀と千春がやったこと、そして倒れてしまったことの衝撃は抜けないが、やるべきことはやらねばならない。
「わがミッドランドの兵よ、そして勇敢なる冒険者よ。そなたらの勇敢な働きで騒ぎが終息したこと、感謝する。もちろん、集めた魔石は売却分をきちんと還元するので安心してほしい」
一通りの仕事が片付くと、エドウィはみんなを集めてこう言った。
「なあ、王子さんよ」
一人の冒険者が声をあげた。
「あの二人は何だ」
聞くに聞けなかったことを聞いてくれた、そんな空気が流れた。
「あれは……」
聖女についてどんなことを公表するのか。それは各国首脳レベルで決めること。しかし、その奇跡を目の当たりにしてしまった兵や冒険者たちに、どう誠実に対応したらいいのか。言いよどむエドウィを皆が待つ。
「真実を」
「ナイラン」
「俺たちだってわかってないんだ。ただ真実と、聖女への思いを」
「そうだな」
ナイランに励まされて、エドウィは決めた。
「皆が察している通り、あの二人は今代の聖女である」
おお、というどよめきと、やはりという気配が広場に満ちた。
「それにしては小汚いかっこうをしていたが……」
よく見ているな、この冒険者。エドウィはちょっとそう思った。
「あー、実は変装して賄いで働いていた」
真実を。
「あのちび二人組か。ゲイザーにおそわれて、湖に落ちていた」
そう言う冒険者の言葉に、
「あー、あいつらか」
「かつらだったか」
「聖女様に給仕してもらってたのかー」
と兵たちがざわついた。
「事情はわからんが、魔物を消していたのは確かだ。そんな力があるなら、なぜ先に使わせない?」
来た。この質問が。
「では逆に問うが、今までの聖女が魔物を退治したなどという話を聞いたことがあったか」
「……いや。ないな」
「つまり、そのような力があるとは今まで誰も知らなかった。これが真実だ」
「知らなかった、と。確かに知っていたらあのようにあわてたりしない、か」
その冒険者はあごに手を当ててそうつぶやいた。
「ダンジョンのそばまで来た聖女は今までにいなかった。聖女が神に与えられた役割は、存在することのみ。ゆえに歴代の聖女は城で静かに瘴気を浄化してきた。しかし、聖女が半年も現れず、瘴気が常にない濃さになった。それで初めて、闇界に近いこの地まで来てもらうことになった。その結果がこれだ」
「ふむ」
「しかし、これも言っておこう。聖女が倒れたのを見ただろう」
同意の声が上がった。みんな心配していたのだ。
「どれだけの負担があの細いお体にかかったのか、そもそも目覚めていただけるのか、それすらわからぬ」
エドウィの声が詰まった。いけない。心配な気持ちはここで出してはならない。
「瘴気を浄化するだけの仕事と侮るものもいる。しかし、マキとチハールは、いや、聖女は大切な家族のもとから引き離され、この日界へ招かれた。魔物を消し去る力があるとして、そなたらはそれをあのか弱い聖女に押し付けるつもりか」
「何を言っているんだ! 俺たちは冒険者だぞ!」
「そんなことするわけがないだろう!」
エドウィの問いかけに、次々と怒りの声が上がった。よし。本当はか弱いかというと、そんなことはないのだけれども。
「聖女は奇跡を起こし、魔物があふれるのを止めてくださった。奇跡に頼るようでは情けない。これからは我らでなんとかせねばならぬ」
おーうと、声が上がる。
「今はただ聖女の回復を祈ろう。以上だ」
ダンジョンは静かだ。増えていた魔物も通常に戻ったことだろう。これでドワーフ領での任務が終わる。兵を休ませる指示を出した後、エドウィとナイランは町長の館に急いだ。
もちろん、兵はともかく冒険者のすべてがよいものであるわけがない。現に真紀と千春をさらったのは冒険者だ。
「先ほどのあの発言の者を知っているか、ナイラン」
「有名だぞ。そろそろ指導者かと言われるくらいのベテランで、良識のある冒険者だ」
「だからはっきりと聞いてくれたのか。安心した」
「口止めはしなくてよかったのか?」
「しても意味はあるまい。ねじ曲がった噂が流れるより、少しでも真実が流れるほうがいい」
「少しでも真実」は受け取り方によってねじ曲がることもある。魔物を消してしまう聖女を気持ち悪く思う者もいたし、仕事に対しての脅威ととらえる者もいた。聖女の噂はおおむね好意的だったが、静かにそしてさまざまに広がって行くのだった。
倒れた真紀と千春は兵たちにより町長の館に運び込まれた。丁寧に世話をされ、兵たちに護衛されるその二人に、
「下働きならなぜここに」
町長が不満そうにしたが、
「黙りなさい。そもそも先ほどここから飛び出した者だぞ」
とグルドに言われ、顔を青くした。とりあえず意識はなさそうだから、ごまかしようはあるかと思った時。
「ダンジョンの結末を含め、話がある。来なさい」
とグルドに言われた。
「グルドよ、名誉のほかに何の権利があってそのような」
「権利と言うなら、カイダルがいる」
「聞きたいことがある。この場でもいいが、困るのはあなただろう」
町長の抵抗は、カイダルがいることで押さえられた。
「さて、まずダンジョンのことを言えば、無事魔物の数を減らすことはできたようじゃ」
「ありがたいことですな。先ほど聖女がどうしたとやら、意味のわからないことを報告してきたものがいましたが」
「意味のわからないことではない。聖女がついに招かれたことは知っておろう」
「もちろんです。今代は二人とか」
「実はお忍びで我らに同行しておっだのだ。ダンジョンは危険だから保養地で待たせていたのだが」
「ほう、それならぜひこの館にお招きしたかったものだ」
グルドはため息をついて首を振った。
「招かれておったよ、おそらく強制的にな」
「は、なんのことですかな」
「先ほどの二人」
「な、今度雇おうとしていた孤児の兄弟が何か」
「あれが聖女だ」
「は、ばかな。少年であったぞ」
「危険を避け、少年の格好をしていたのだ。それがより危険を招くとは思いもしなかったがな、町長」
グルドは厳しく町長を見た。
「私はただ、身寄りのない人間を親切にも雇おうとしただけだ」
「そのためになぜ鍵をかけ監禁する必要がある」
「それは」
グルドめ、どこまで知っている!
「食い詰めた人間を雇って働かせている。きちんと賃金を払ってな。その何が悪い」
「そのために金を使ってさらわせることは犯罪だ」
「さて、なんのことやら。人をあっせんしてもらい、礼金を払いはするがその者どもが何をしているかまでは預かり知らぬことだ」
グルドはまたため息をついた。
「鳥人を知っておるか」
「気ままな空の生きものだろう」
「興味を持った人や物は決して忘れぬ。保養地からここまで荷を運んできた不審な冒険者はすでにとらえてある」
「な!知らぬ!」
そこでカイダルがこう言った。
「ダンジョンの管理をよく行った。グロブルの町をよく発展させた。自分の趣味のためとは言え、他国の食い詰めた少年を雇っていることも、それ自体は犯罪ではない。私腹を肥やしたとしても、思いあがったとしても、それが横領や反乱につながらなければ大きな問題になることはなかったのだ」
「カイダル様」
「しかし、雇う以上の少年が屋敷にいる。見目のよい人間族の少年を連れてくれば金がもらえると、冒険者の間では噂になっていた。それが今回、証明されたことになる」
「そんな」
「正直、めんどくせえ。ダンジョンを収めるのが俺の仕事だ。聖女にさえ手を出さなかったら兄たちに丸投げするつもりだったが、仕方がない」
カイダルは改めてこう言った。
「今回の功績も、罪も、すべて王に報告する。王城から沙汰があるまで、お前は謹慎だ。くれぐれも逃げ出そうなどと思うな。ミッドランド以外でのドワーフは孤独だぞ」
暗に内陸とのつながりをほのめかされた町長は、肩を落とし、兵に連れて行かれた。
「大きな罪にはなるまいな」
「町長の交代と、領地替え、と言ったところか。僻地に行かされてもしぶとく生き残るだろうよ」
これでやっと真紀と千春を見に行ける。二人は急いだ。




