鎮魂の祈り
真紀と千春の外側ではどうなっていたのか。
「なんだこの状態は……」
エアリスは呆然とした。
「こんな状態は見たことがない。マキとチハールを中心にして魔物が塊になってしまった」
正確には、密集しているだけだが、空の魔物もいるので半球状に見えるのだ。
「早く魔物の中から助け出さなくては! 生気を吸いとられる!」
「しかし、外側から攻撃して中に何か影響があったら!」
エドウィはためらった。兵も冒険者もどうしていいのか戸惑っている。
「ほっといたって生気を吸い取られるのは一緒だ。集まったってんなら好都合だ。外側からガンガン減らしていこうぜ」
「カイダル……よし、分散して攻撃だ!」
そうして魔物に向かった兵だったが、魔物はまったく兵のほうを向かず、抵抗もしなかった。
その不気味さにかえって兵や冒険者の勢いが落ちて行く。魔物の塊が小さくなるにつれて、剣を止めてしまう兵が増えてきた。
「何をやっている!」
「しかし、無抵抗の者に剣をふるうのは……」
「魔物だぞ、一旦牙をむけば死ぬのは我らだ!」
「はい!」
兵がまた魔物に向かおうとした時。
からん。からん。
「なんの音だ」
からん。からん。きーん。
その音は塊の真ん中からする。思わず皆がそれに聞き入った。
からん。からん。
「見えてきた! 中が見えてきたぞ! マキもチハールもグルドもしっかり立っているぞ!」
鳥人の大きな声が響いた。
「グルドもいたのか……」
エアリスがつぶやいた。二人の間にいたじゃないですか!
からん、からん。
「見えた! マキ! チハール!」
地上からでも、魔物の間から、マキとチハールが見えてきた。しかし、その手は魔物に伸ばされている。エドウィが思わず叫んだ。
「やめろ!」
からん。
「消えた?」
からん。
「マキ?」
からん。
「チハール!」
からん。
間違いない。魔物が急激に数を減らしたのは、マキとチハールが魔物を消したからだ。
と、額からきらめくものが落ちた。きーん。
「聖女だ」
「聖女が」
「聖女がいる」
誰からともなく、ささやきが広がる。からん。魔物はもう、数体しかいない。真紀が触れる。魔物が消える。からん。千春が触れる。魔物が消える。からん。
「最後は君たちだけになっちゃったね」
ゲイザーが喜びに震えた。
「またね」
「さよなら」
真紀と千春は、空に手を伸ばした。からん、からん。きーん。
魔石は二人の額からきらめきながら落ちていく。そうして魔石を追うように崩れ落ちた二人の周りには、魔物はもう一体もいない。あるのはただ、足元を埋め尽くす魔石のみ。
「マキ? チハール?」
グルドが呼びかけても、二人はピクリとも動かなかった。
「マキよ、チハールよ……」
グルドはうなだれた。
「なあ、ないよな、こんな結末」
「カイダル」
「なんでお前らが倒れてる?」
「カイダル!」
「認めねえ! 俺は認めない!」
「カイダル」
「連れて帰る」
「どこへだ」
「どこへ? どこへだ。ここじゃないところ。お前らが安らげるところ」
「ないのだよ、そんな所は」
取り乱すカイダルとナイランに、エアリスはそう言った。
「かの国に帰った聖女はいない。なあ、マキ、チハールよ」
エアリスは倒れたマキとチハールの横に、そっとひざまずいた。
「こんなことになるのなら、城に閉じ込めておけばよかった。つらいことのないように、大切に、大切にしたのに」
「エアリス」
「エドウィ」
エドウィはエアリスの傍らに立ち、肩に手を置きこう言った。
「マキとチハールがいつまでも籠の鳥でいられるわけはないでしょう。きっと抜け出していましたよ」
「そうしてまた変装して」
「我らをハラハラさせるのです」
「それでも元気でいてくれればそれで、よかったのに」
エドウィも真紀と千春のそばにひざまずいた。
カイダルも、ナイランも。そうして兵も、冒険者も次々とひざまずいていく。それは鎮魂の思い。魔物を鎮めるために、命をかけた聖女二人への。
「なあ」
バサッ。
「なあ、エドウィ」
バサバサっ。
「なあ」
「なんだ、サウロ!」
エドウィは涙をこらえた、赤らんだ瞳で鳥人をにらんだ。
「マキとチハールはベッドに寝かせなくていいのか」
「サウロ、まずは祈りを捧げさせてくれ。マキとチハールの魂が安らかであるようにと」
「なあ」
「なんだ、サウロ」
「早くしないと、マキとチハールが風邪をひくぞ」
「え」
「人間とは弱いもの。地面で眠ったら風邪をひくだろう」
「しかし二人はもう」
「ぐっすり寝てるぞ」
「そう、寝て、え?」
「寝てる」
よく見ると、二人の背中はゆっくりと上下していた。エドウィは二人の口元にそっと手を当てた。温かい。
「生きてる! マキとチハールは生きてるぞ!」
兵たちははっと顔を上げた。カイダルとナイランがすばやく立ち上がる。
「「俺が運ぶ」」
「「いえ、私が」」
グルドがため息をついた。
「おぬしら、そんな場合ではなかろう。おい、誰か担架を持ってきてくれ!」
「「俺が」」
「「私が」」
「ダンジョンでどれだけ疲れたと思っているんじゃ。途中で聖女を落とされては困る。とりあえず、町長の館に運ぶ」
「そもそもおぬしがまぎらわしい行動をするからだろう!」
そうして真紀と千春は、あんなに苦労して逃げ出した町長の館に逆戻りすることになったのだった。




