魔物が出た日
前回までのあらすじ
ついに町長の館から脱出した真紀と千春。
しかしその行く手には今にも魔物が溢れようとしているダンジョンが……。
「マキとチハールを止めるんだ!」
グルドの叫び声に、二人の護衛が飛び出した。しかし、
「まずい、誰かが追いかけてくる!」
「走れ!」
見知らぬ男が二人、追いかけてくるのを見た真紀と千春は、ただただ逃げるしかすべはなかった。護衛二人の、
「マキ様、チハール様!」
という声も届かない。そこに鳥人がさっと飛んできた。
「サウロ、サイカニア!」
「ずっとどこにいたのだ! さすがの私たちも姿が見えなければ跡を追えぬ!」
「捕まって、そこの、館に、あと、追手が!」
真紀は走りながらそうサウロに叫んだ。
「ちっ、拾うぞ」
「あ、待て、鳥人よ! 連れて行くな!」
サウロとサイカニアは真紀と千春を拾うと、そのままダンジョンのほうに向かった。もう二人の鳥人、オルニとプエルは引きとめる側に回っている。
「ばかな、私たちはミッドランドのものだ! 魔物がダンジョンから出ようとしている。マキ様とチハール様を止めろ!」
鳥人は羽を広げて威嚇していたが、その言葉に迷いを見せた。確かに魔物のそばは危険だが、しかし、この者たちは信用できるのか。
「おおい、ふう、何やってる、ふう」
グルドがやっと追い付いた。
「グルド様、鳥人が真紀様たちを連れて行ってしまいました」
そう言う護衛に、
「グルド、こいつらは味方か」
と鳥人は尋ねた。
「オルニよ、覚えておいてくれ、ずっと一緒だっただろう」
「知らぬ」
興味のないものは覚えない主義だ。
「それよりマキ様とチハール様がダンジョンのほうに」
「サウロとサイカニアが連れて行った」
「ばかな、魔物があふれそうなこの時に!」
グルドは焦って叫んだ。そこにオルニが声をかけた。
「グルド、広場まで連れて行く」
「っ、ひさしぶりだが、そのほうが早い。オルニよ、頼む」
小さくても重いグルドを抱えてオルニはさっと飛び立った。
「うう、何度飛んでも慣れぬ。しょせんドワーフは地の生きものよ。なぜ人間はああもどこにでも適応するのか……」
グルドのつぶやきはむなしく空に消えて行った。
先に飛んでいた真紀と千春は、ダンジョンの前の広場の入り口でおろしてもらった。鳥人はそのまま二人の護衛に回る。広場には冒険者が集まっていた。
「なんだ、ちっこいのが来るとこじゃねえ。急いで家に戻るんだ」
「けど、俺たち閉じ込められてて、今やっと逃げてきたんだ」
「なんだと、間の悪い! 今ダンジョンの魔物があふれそうで、町の者はみんな家に閉じこもってるってのに!」
「兵は! ダンジョンに潜っていた兵は?」
「なんだ、親戚でもいるのか? 今必死で戻ってきてるとこだそうだ。大丈夫だ、ミッドランドの兵はなかなか強い」
それを聞いて二人はほっとした。大変な状況であっても、知り合いのいない真紀と千春はここからどこかの家に入れてもらうことなどできないのだから、できればミッドランドの人がたくさんいるところがいい。
「マキー、チハール!」
「グルド、オルニ!」
「ふう、ふう、やっと……」
グルドがオルニからそっと下ろされ、ふらふらしながらやってきた。
真紀と千春はグルドの側に行ってやっと安心した。
「ドワーフの爺さんまで、何やってんだ。非常時だぞ! 知り合いならこのちっこいのを連れてもどれ! ダンジョンの入口が騒がしくなってきた!」
そう言われてダンジョンのほうを見ると、大勢の人の気配がしている。それをちらりと見ると、グルドは決断した。
「よし、サウロ、サイカニア、マキとチハールを保養地まで連れ戻すんだ。あそこならダンジョンからだいぶ離れているから、魔物もたどりつくまい」
「「わかった」」
「グルドはどうするの!」
「わしは保養所まで飛ぶのは心臓が持たぬよ。ここで兵と共に待つ」
「そんな……」
「サウロ、サイカニア、時間がない!」
足でまといはいないほうがいい。千春は決心した。弱い者には逃げる覚悟も必要だ。
「行くよ、真紀ちゃん」
「でも」
「私たちがここにいたら足でまといになる! 早く!」
「わかった」
しかし、真紀と千春が空に舞うことはなかった。
「兵だ!」
という冒険者の叫びと共に、ダンジョンから一人、また一人と兵が転げ出してくる。その兵たちも、すぐに剣を構え、ダンジョンの入り口を警戒している。と、エアリスが、続いてエドウィが、たくさんの兵たちと共に飛び出してきた。
「魔物が出る! 数は不明! 兵はダンジョンを囲んで、半円状に展開! けが人は後方に!」
エドウィが、すでに酷使したであろうかすれ声で指示を出す。
「おっと、王子様よ、まず俺たちが前方に立つ。少しでも後方で息を整えな!」
「ありがたい!」
冒険者がダンジョンを囲み、その後ろに何重にも兵士が立つ。その合間にもダンジョンから兵が次々と戻り、後ろの列へと下がっていく。
「来るぞ!」
叫んで出てきたのは、しんがりを務めていたらしい、カイダルとナイランだ。
二人はダンジョンから飛び出すと、すぐに向き戻り剣を構えた。
かすかな地響きのような、ハチが唸るような音が段々大きくなっていく。
ふい、と出てきたのはゲイザーだ。
「ゲイザーか!」
天井のあるダンジョンでならそう手のかかる魔物ではない。しかし、ダンジョンを出たらそこは無限の空間だ。高く、遠く飛ばれたらどうしようもない。
「サウロ、サイカニア、ゲイザーを牽制! 遠くに行かせるな!」
エドウィの指示に鳥人が迷う。
「行って! 私たちはグルドと一緒にいる。町に戻るから! エドウィを助けてあげて!」
「仕方あるまい。わしらは急いで町に戻るぞ」
「グルド、ごめんなさい」
「大丈夫だ。急ごう」
鳥人はゲイザーを刺激しないように遠巻きにして行方を見守る。一つ、二つ、三つ、気がつけば無数のゲイザーが空に留まり、あるものは兵たちを見つめ、あるものは遠くの町を眺めている。
その緊迫した状況の中、のそっと、四つ足の魔物たちが出てきた。
ゲイザーと同じように、瘴気がこごったような黒い体に、やはり瘴気がまとわりついているのでともすれば輪郭があいまいだ。大きさはさまざまで、小さいものは中型犬ほどだが、大きいものは子牛ほどもある。
町はもう暮れようとしている。ダンジョンから魔物が出てきた。そんな脅威のさなかのはずなのに、奇妙な静けさが漂っている。初めてみる空の明るさを、流れる空気を、魔物はからだじゅうで感じとろうとしているように、真紀と千春には思えたのだった。




