また何かが落ちた日
セーラがドアを開けると、ドアの横には騎士が二人おり、そのまま執務室へと案内してくれるようだ。一人が前、一人が後ろ。昨日は見る余裕のなかった廊下を十分堪能しながら歩いた。絨毯は敷かれていない。大きな窓はないが、灯りが程良く配置され、薄暗さはない。天井と壁の間には、細かい細工がしてある。ほどなく、執務室と思われる場所についた。部屋の前の護衛を通して中に来訪が伝えられる。
二人がおそるおそる入ると、大きな窓のある明るい部屋に、幾人かがそろっていた。
大きな机に座ってる人が一人。その横に少し額がさみしい中年の人が一人控えており、反対側には白い髪の人が机に手をついている。窓際の小さな机に、少し小さい髭のおじいさんと、キラキラした王子のような人がいる。そして壁に寄りかかっているラッシュ。違った。獣人が一人。真紀を見てほほ笑んだ気がした。
みなが一斉に立ち上がったので二人はちょっとびっくりした。耳の長い人が何かいいたげなのを机の前の人が押さえ、話し始めた。
「初めてお目にかかる、聖女様がた。私は日界、人間領の国王、アーサーと言う。そちらの国流に言うと、ウィルダムの子アーサーと言うことになるかな。名字というものはないのでな。先に我々の紹介をしてもよいだろうか」
二人はうなずいた。少し疲れてはいるようだが、金髪の男性が、国王。人間領と言った。千春は頭を働かせた。
「こちらがエルフ領のエアリス。300歳を超えているが、親善大使として自由気ままに国の間を行き来している」
目礼するエアリスをよく見ると白髪でもおじさんでもなかった。日に透ける銀髪の青年だ。耳は長い。
「こちらがドワーフ領のグルド。良い錬金術師だがすでに引退し、こちらも親善大使として遊びに、いや交流に来ている」
今遊びにって言ったよね。ていねいに礼をするおじいさんの目はきらきらと輝いている。新しいおもちゃを見つけた子供みたいだ。
「壁のところにいるのが、獣人領のザイナス。穏やかな気性を買われて、やはり親善大使として滞在している」
つまり、他の獣人は穏やかではないということか。
「誤解せぬように言っておくが、獣人領の人々は戦いが好きなだけで、乱暴と言うことではない」
わかりました。情報がいっぱいだ。
「そしてこちらが宰相。若いのが王子」
「モールスでございます」
「エドウィと言います。父上、われらの紹介に手を抜きすぎです」
「そうか」
そうかって。千春が心の中でそう突っ込むと、エドウィは肩をすくめていた。よくあることなのだろう。
「それで、聖女様がたの名前を聞いてもよいか」
二人は顔を見合わせてうなずいた。
「相田真紀と」
「麻生千春です」
「アイーダとアソーか。前代の聖女はその、家族の名前で呼ばれたがったが」
「こちらで名前を呼ぶのが普通なら、そうしてください」
「すると、マキとチハールか」
「チハルです」
「チハール」
「……だいたいそんな感じで」
自己紹介は終わった。
「では、そちらに座ってもらえるか」
私たちがソファに腰かけると、それぞれ座るところを見つけて席についた。
「さて、いきなりこの世界に呼ばれて驚いたと思う」
2人は頷いた。王は、それからこの世界の成り立ちを説明してくれた。
「つまり、私たちはあなた方の神によって勝手に連れてこられたと」
「そうだ」
王は気の毒そうに言った。
「なんで? 私たち、普通の社会人で、特に何も特別な力なんかないのに」
真紀はそうつぶやいた。
「聖女は皆そう言う。なぜ連れてこられたのかは理由は分からない。しかし聖女であることは確かだ」
「どうしてそうわかるんですか!」
真紀はそう追及した。
「マキとチハールが来てすぐに、王宮の空気は浄化された。それに」
「それに?」
アーサーはセーラのほうをちらりと見た。
「額に印がある」
「額?」
真紀は千春を、千春は真紀を見た。だめだ。前髪で見えない。真紀は千春にこう言った。
「じゃあ、せーので前髪を上げるよ」
「うん」
「「せーの」」
こ、これは!
「「おお……」」
「聖女よ……」
「神よ……」
いつの間にか近くに寄ってきていた面々が感動の声を上げた。しかし二人は……
「「サ○ンアイズ!」」
倒れてもいいですか。ねえ、こんなときくらい意識を失ってもよくはないですか。千春はそう思いながら真紀の額を凝視し、真紀の驚いた顔から自分の額にもまたそれがあることを確信したのだった。
「いや、思わず言っちゃったけど、これ目じゃないです。宝石、みたいに見えるよ。ん、オパールに近い」
真紀がそういった。千春も自分の額を触ってみる。ほんとだ、なんで気がつかなかったのか。硬い何かがそこにある。
「異世界に来てびっくり人間になっちゃったよ……」
真紀がへこんでいる。いや、びっくり人間になったどころじゃないよ真紀ちゃん! こんなんじゃ嫁にも行けやしない。ふられたばっかりなのに。新しい出会いもありはしないのか……
「なんと美しい! 先代様ぶりですが、似合っていらっしゃいます」
宰相がにこにこしながら言った。
「一日でそこまでみごとに育つとは。これも異例よな」
王もそう言う。育つ? もっと大きくなるの?
「チハール、そう大きい目をするな。ちゃんと説明する」
王はそう言ったので、二人はソファにしっかり座りなおして王のほうを見た。
「この段階で気を失わなかった聖女は初めてだな、セーラ」
「はい、記録によりますとそうでございます」
気を失いたかったよほんとは。
「聖女は瘴気を集め、それをその虹色の宝石として額に生成する。もう少し大きくなると、ポロっととれる」
今まさに倒れそうになった。触った感じ、親指の爪ほどもある。これがポロっと……。
「千春、しっかりして!」
「うう。ポロッと……」
「気になるよね? 取れた後はへこむんですか」
「へこ……」
「千春!」
「チハール、へこまぬ。心配するな。痛みもない、らしい。とれたあとは普通の額で、またゆっくりと宝石を生成する。先代は最後は一年に一つほどしか生成しなかった」
そうか、一年に一つ、
「じゃあ最初は?」
「それは、その」
王の目が泳ぎ、セーラに行きつく。
「最初の数年は、ひと月に一つほどでございます」
「ひと月に一つかー、じゃあ大丈夫、なわけあるか!」
千春は勢いよく立ちあがった。瘴気の浄化は仕方ない。でもそれを排出するなんて!
「「「「あ」」」」
ころん。足元に虹色の宝石が落ちた。千春はゆっくりと額に手をやった。うん。へこんでない。すべすべだ。
「千春!」
創世神とやら。千春、25歳。初めて意識を失いました。
視界の端を白髪がよぎり、あのしっかりした手が支えてくれたような気がした。
ちなみにチハールの抑揚はティファールと同じで。