花つみをする少年は浮遊石の上で夢を見るか
花つみの仕事を始めて五日、真紀と千春は仕事のリズムをつかんでいた。担当の畑の広場側から始めて、反対側へ。端っこに行ったら広場側へ戻る。それを二回繰り返したらおやつ。おやつは甘いスープなのだが、毎回スープもお団子も違う。芋は基本なのだけれど、豆が入ったり、ゴマのようなものが入ったり、お芋に何かが練りこんであったりと様々だ。何より疲れるので甘いものがうまい。
また二往復したころには昼になっていて、なぜか護衛の人も調理に参加し、大きな鉄板で肉のこま切れが豪快に焼かれている。しかし、真紀と千春のお目当ては野菜だった。
もちろん肉も食べる。しかし、パプリカに似た小さな野菜やトウモロコシなど、日本にもあるような夏の野菜がとにかくおいしい。出荷しないような小さな野菜や育ちすぎた野菜を持ち寄り、ついでに焼いているのだ。
そうして少し休んだ後、二回また行ったり来たりし、具の入った蒸しパンのようなまんじゅうを食べ、最後に三往復して終わる。
そして夜にはグルドと酒をくみかわす。ときどき鳥人が上空からようすを見に来てくれていた。そんな5日目の午後、おやつの後に、
「なんかさ、こういうのもいいね」
千春が楽しそうに言った。
「そうだねー」
真紀も花をつみながら答える。ぽい。
「本当はね、学生の時、トウモロコシの収穫のアルバイトをして、そのお金で旅行して、って言う旅に憧れてたんだよね」
「それ、バイクがないと無理じゃない?」
「まあ、現実的な話はいいとしても」
「無理だよね」
「あとはさ、昆布の収穫? 島に一ヶ月いて、そのお金で……」
「それもバイクがないとつらくない?」
「それかさ、サトウキビの収穫」
「……」
千春は第一次産業のアルバイトに憧れていたようだ。千春とトウモロコシはいいとして、千春と昆布。千春とサトウキビ。似合わん。それに日本の北の端と南の端だろう。
「まあ、バイクがないとしょうがないってのもあるけど、一人じゃ怖かったってのもあって、できなかったんだよね」
それ以前に体力的に無理じゃないかな。昆布もサトウキビもとてつもなく重そうなんだけど。
「その夢が今かなってる」
踊りだしそうだ。真紀はつい言ってしまった。
「突然歌ったりしないでよ」
「し、しないよ、何言ってんの」
千春はちょっと焦ったように言った。夢の世界から帰ってきたようだ。
「でもまあ、体を動かすのも悪くないよね」
「うん、悪くない」
花の収穫もあと2、3日で終わりだ。そのあとで茎を刈るのだと言う。それは男衆がやるから、真紀たちのアルバイトはあと少し。がんばろう。
そうして広場の反対の端っこに出ようとした時。
真紀がすっと消えた。
「え、真紀ちゃん?」
千春は真紀のいたほうへ一歩出た。
頭に何か巻きついた。驚いたところを背中の籠がはずされた。そのまま体が押さえられ、さるぐつわをされた。そして体を何かでぐるぐる巻きにされ、そのまま、そばにあった荷馬車に積み込まれ、藁のようなものをかぶせられた。叫ぶ暇もなかった。
真紀ちゃん、真紀ちゃん! もぞもぞしたら、なにかに当たった。
「んー、むー」
「むー」
真紀ちゃんだ。少なくとも、一緒だった。ほっとした千春だが、ほんとはどちらか一人でも助けを求められたらよかったんだけどと思う。
ムームー言ってても仕方ないので考える。何が起きたのか。視界の端から見えた限りでは、男がたぶん4人はいた。あらかじめ待ち伏せして、さらった。ということは最初から私たちを狙っていたということだ。
聖女狙い? それはたぶんない。悲しいほどに女とさえばれていない。
子供狙い? でも身代金をとれるような身分には見えないはず。
では奴隷として? いや、日界には奴隷の制度はない。
もがいても荷台から動くことはできない。ヘンゼルとグレーテルみたいに何かを落とすこともできない。それならせめて、どの方向に行くか気配だけでも探ろう。
しかし、おやつをいっぱい食べて、一日中働いていた体は正直だった。ごとごとという荷馬車の振動は、浮遊石によってやさしい子守唄になったのだった。
意識のない、まあ単に眠っているだけだが、真紀と千春を乗せた荷馬車は、大きな屋敷の裏門から裏庭に入り、家の裏口にある扉のすぐそばでとまった。慣れた様子で裏口の戸を叩く。
「ちょっと珍しいもんが手に入ったってお館様に伝えてくんな」
「今日はご機嫌斜めなんですよ、王子方がいなくなっちゃったもんだから」
「それならますます好都合。見目のいい少年二人だぜ」
「ちょっと、口に出さないでくださいよ! とにかく取りついできますんで、ちょっと待ってくださいよ」
神経質そうな男は、一旦館の中に戻って行った。
男たちは荷馬車の藁をよける。
「おい、こいつら意識を失ってるぜ」
「当たり前だろう、拘束されて二時間も荷馬車に乗せられたらな」
「はやく戻って来んかな。さすがに早く縄をはずしてやりてえが」
その時ドアが開いた。
「お館様がご覧になるそうです。こちらへ」
男たちはニヤリとして二人の子供を運びあげた。期せずしてお姫様抱っこだったが、千春も真紀も幸いにまだぐっすり眠っていた。真紀なんて初めてがこれでは浮かばれまい。
「12歳くらいか、かわいそうになあ」
「それにしてもほっそい腰だな」
「それがいいって言うんだから、仕方ないだろ。おかげで俺たちの懐が潤うんだからな」
裏口からさらに奥に行った薄暗い部屋に案内され男たちは二人を運んで行った。そこのベッドに二人を並べて寝かせ、体のぐるぐる巻きをほどいたところで町長がやってきた。
「ほう、くすんだ金色の髪、うちにはいないタイプだな。さるぐつわをほどけ」
さるぐつわをほどくと、跡はついていたものの、きちんと手入れした滑らかな肌がそこにはあった。
「ほう、クリーム色の滑らかな肌。小さい口、小さい鼻、長いまつげ」
町長の指が千春の顔をたどる。
「こっちは、ほう」
町長は真紀を見てよだれをたらしそうな顔をした。
「のびやかな手足、少年から大人に変わろうとする一瞬のはかなさ、素晴らしい!」
周りの者たちは正直気持ち悪いと思っていたが、売れるなら売りつけよう。
「足は付いていないだろうね」
「ミッドランドの兵たちと共に来たらしいんですが、グロブルに到着した時点でお払い箱。ラベンダーの花つみをしてなんとか食いつないでいたようです」
「ほう、親戚は」
「グロブルにいるかもしれない親戚を頼ってきたらしいんですが、グロブルに行きもしないとなると、それも怪しいもんです」
「ふむふむ、好都合だ。生意気な王族のやつらがいなくなって退屈していたところだ。よかろう。買い取ろう」
「ありがとうございます」
そんな薄暗い取引が行われている横で、真紀と千春はぐっすりと寝ていたのだった。




