ラベンダーの下にはなにがいるか
一晩明けた朝、真紀と千春は、一生懸命朝ごはんの手伝いをした後、兵たちを見送った。とりあえず初日は、いったん全員で向かうという。
「保養地ですからね、ここでのんびり、おとなしくしていてくださいね」
エドウィに念を押される。
「グロブルの町は大きいので、私たちは王族として、町長のもてなしを受けることになります。そうでないときはもちろんダンジョンに行っているし、ああ、本当は近くに置いておかないと心配で……」
さらにくどくどというエドウィだったが、
「まあまあ、私たちのほうが7つも年上なんだしさ、そんなに心配しないで」
と真紀に言われ、がっくりしていた。
「私もマキとチハールの側にいたいのだが、研究者としてダンジョンと魔物のようすをしっかり観察しなければならぬ。それが後々マキとチハールのためになると信じる。無茶をするなよ」
エアリスはそう言って二人をそっと抱きしめた。魔石の生成速度は、グロブルに近づくにつれ上がっていた。今では日に二つできることもある。
「まあ、わしは残るんでな」
「案外おぬしは役に立たぬことが証明されたではないか。しかし、ないよりましだろう」
つけていた護衛が役に立たなかったことをグルドにチクリと皮肉り、エアリスもエドウィと共に出かけて行った。
「まあ、なんだ。案外酒が強いな、マキは」
カイダルはそんなことしか言えなかった。
「その、帰ったら飲み比べでもするか」
「しないよ、酒は楽しんで飲むものだよ」
「そうか」
「まだ一緒に飲んでない酒がたくさんあるでしょ、帰ってきたらまた飲もうよ」
「ああ」
私もいますけどね。酒は真紀ちゃんに負けないよ? 千春はにやにやと二人を眺めた。
「チハールもな、さらわれるなよ」
「はいはい、ナイランも気をつけて」
ナイランはふっと笑うと、目にかかりそうな千春の髪を指先でさっと払って、カイダルと共に出て行った。
「この違い」
「王子力の差だね」
「どんな力だよ」
寂しさを振り払うように笑い転げた。
「マキ、チハール、今日は何をする予定だ?」
グルドが尋ねた。
「お弁当を持って、ラベンダーの畑を見に行こうかと」
「じゃあ、わしは宿でのんびりしているかの。護衛もいることだしの」
「いいよ、のんびりしてて。お昼持っていくから、遅くなるかも」
「気をつけてな」
「「はーい」」
真紀と千春は、サンドと水を持って、ラベンダー畑に出かけた。護衛の人は付かず離れずついてきてくれる。こういうのが、慣れてないからちょっと嫌だったんだよね、と心の中で思ったりする。でもしかたない。むしろありがたいと思わなきゃ。
二人は一緒に北海道に旅行に行ったことがある。くだんのソフトクリームはそこで食べたのだが、その観光農場には、ラベンダーが美しく植えられており、丘に広がるラベンダーの間を風に吹かれながら散策することができた。
ラベンダーキャラメルとかラベンダークッキーとか、その時の思い出を話しながら、ラベンダーの植えてある丘までてくてくと歩く。食べ物ばかりだな。石けんとか精製水とか、ハンドクリームとかもあったよね。
「あれ、案外近いね」
「うん、あれ、違う、遠近がおかしい」
「あれー」
二人は呆然と畑を見上げた。そこはジャングルのようだった。
畑なのだろう。ラベンダーは等間隔に植えられているし、他の植物は一切ない。しかし、散策するところはどこにある。ひまわりの迷路だって、もう少し入るところがあったよ。そんなラベンダーは真紀よりも背が高く、先が一切見えない。
「散策……」
「どこでお昼を食べよう……」
「お昼なんて、何言ってんのあんたたち!」
「「ええ!」」
背の高いラベンダーの隙間から、勢いよく何かが飛び出してきた。
「コ、コロボックル?」
「伝説の?」
「失礼ね、なんかわからないけど、失礼なこと言われてる気がする」
それはドワーフの女の子だった。
「この収穫時に、何のんきなこと言ってるのかと思ったら、人間じゃない。珍しいわね!」
身長は130センチくらいだろうか。ドワーフらしいワンピースに、白いエプロンをしっかりとめて、背に籠をしょっている。両手を腰にあてて、二人を見上げるようにしてにらんでいた。
「観光? 観光できたの?」
「えっと、ミッドランドの兵と一緒に、賄いの仕事で来たんだけど」
「兵はさっきダンジョンに向かったわよ? 置いて行かれたの?」
「うん、ご飯は宿でなんとかなるからって」
少しでも顔が近いほうがいいのか、女の子は千春に話しかけてきた。
「それでのんびり? やあねえ、なってないわ!」
「ええ? なってないって、何が?」
「賄いの仕事が今ないんでしょ? 給料は? 日払いなの?」
千春はたじたじとなった。ガンガン来るな、この子。
「うん、日払いだけど」
「じゃああなたたちは!」
その子はびしっと真紀たちを指差した。
「いま、無職なのよ!」
がーん。いや、そう言われるとなんか、こう……。無職……。一応聖女なんだけど。絶賛魔石生成中の。
女の子はニヤリとした。
「そんなあなたたちによいことを教えてあげる」
え? 無職の私たちに?
「今、ラベンダーの収穫期なんだけど、人手が足りないのよ。収穫を手伝ってくれたら、一日5000ギル。どう?」
「いや、でも」
「あなたたちのその背の高さ。ラベンダーは花だけ摘むから、その高さを生かさない手はないわ」
確かに、その小ささでは背が届かないだろう。
「失礼ね、なんかわからないけど失礼だわ」
でもなあ。せっかくのんびりしようとしてたんだけど。女の子はさらに追加した。
「もちろん、お昼付きよ。お昼は集まって肉を焼くの」
肉! 顔色が変わった真紀と千春を見て、女の子はふふんと言う顔をした。
「育ち盛りだものねえ。さらに、午前と午後に一回ずつ、おやつタイムがあるのよ」
「「やる!」」
「はい、労働力ゲットー」
真紀と千春はコロボックルに、いやドワーフの女の子に引かれて、ラベンダーのジャングルの中に消えて行った。護衛の止める暇もなく。
一方、ミッドランドの一行は、いやな雰囲気の中グロブルの町を進んでいた。ちらほら見える冒険者たちは、決して兵を歓迎していない。なぜか。
魔物が増えて、深層に行かなくてもたくさん魔石がとれるようになったからだ。兵が来たら分け前が減ってしまう。魔物があふれたらどうするかって? あふれる前に、稼げるだけ稼いでさっさとグロブルから逃げ出せばいい。
宿屋はいい。客が増えるから。しかし、兵は自由に買い物をしてお金を落としたりしない。魔石もちゃんと町に売られるだろうか。そういう思いから町もそれほど歓迎していない。
魔物があふれる? そんなことは今まで一度もなかった。国は何を考えて人間なんかを招いたのか。
「いやな雰囲気だな」
「これも瘴気の影響だろうさ」
「自分のことだけしか考えられなくなるってことか」
瘴気で気が荒れる。もめ事が増える。それだけでなく、瘴気は人の欲望まで増幅させてしまうのか。
「今までにない傾向じゃないか」
「少ししか離れていないのに、保養地とはまったく違うな」
「たしかに」
マキとチハールを置いてきてよかった。シエルのような、楽な仕事にはなりそうもない。王子三人はそう思ったのだった。
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