ついに「ぶらり」なるか
「大丈夫、大丈夫」
「むしろ私たち向けと言える」
千春と真紀は非常に気楽な調子でこう言った。
グロブルまで変装したまま行っていいから、おとなしくしているように、というお達しに対してである。
エドウィは眉間をおさえ、「どの口がそう言うんだろう」とぶつぶつ言っていたが、二人にとってはむしろおとなしくしていないと思われていることが心外だった。
だって、だいたいおとなしくしていたと思う。ちょっと城出したけれども、一ヶ月もしないうちに見つかったではないか。その間どこに行っても観光しかしていないし、ゲイザーだって自分たちのせいではない。
そう主張する二人に、
「そもそも黙って城出すること自体が問題なのです!」
「変装することもな」
と追加でコメントが入ったが、二人に言わせてもらえればおとなしいからこそトラブルを起こさないように変装したのである。
「ああ言えばこう言う」
カイダルはなんだか嬉しそうにそう言った。それに対し真紀は手をパン、と合わせてこう言った。
「まあ、要するにさ、お手伝いはそのままでいいから、夜は護衛のあるエドウィ達と一緒に泊まる、グロブルでは町の少し手前の保養地で待つ、すべてが終わったら一緒に帰るってことだよね」
「そうです。そうすればこそこそしないで済みますし、堂々とお酒も飲めるのですよ」
「「お酒!」」
二人の目が輝いた。
「毎日お風呂も入れますよ」
さらに目が輝いた。エドウィは二人の扱い方がわかってきたような気がした。
「パウロに迷惑がかからないようにという気持ちはありがたいですし、兵には貴族の家出兄弟を確保して、そのまま連れて帰ると言うことにしますから、昼間は最初にしていたかつらをかぶって変装していてください。それで夕ご飯の後に戻ってきてください。そうしたら一緒にお酒を飲みましょう」
真紀と千春は久しぶりに晴れやかな顔でうなずいた。
パウロや賄いの仲間には、無事であったことを喜ばれ、貴族の坊ちゃんの家出であったという説明にやっぱりなという顔をされた。ある程度ばれていたようだ。手伝いを続けることに驚かれたが、人手不足は変わらないので無事職場復帰できた。
シエルからグロブルまでは、小さい町を経由して2日かかる。山脈沿いで一番大きい観光地だと聞いて真紀と千春の期待は高まった。もっとも、瘴気が濃くなってからは冒険者が荒くなって、保養地のほうは少し寂れているそうだ。
いつものように馬車の積み荷に乗り込み、山道をのんびりと移動する。また一つ峠を越えると、そこには四方を山に囲まれた大きな盆地があった。
「これは!」
「シエルよりすごい!」
四方が山といってもダンジョンのある側の山はひと際高く、岩が柱状に縦に連なっている。
「ここからだと柱に見えるが、近くに行くと高さが何百メートルもあるんだ。ここからしか楽しめない風景というわけさ」
パウロがのんびりと説明してくれる。
「こっからじゃあ見えにくいが、何百という小さい洞窟があるらしい。ほら、左」
言われて左のほうを見ると、岩山に沿って湖が広がり、そこから川が流れ、川沿いに農地が広がっていた。
「残念ながら海の魚はいねえが、いくつかの洞窟から流れ出る水が集まってできた湖さ。水がきれいだから、くせのない魚がたくさんとれるんだ。またここだけで自給できるほどの農地がある」
そしてごほんと咳をして言った。
「海につながってるって噂はないから、お前たちは近づくな」
「昼なら」
「近づくな」
「「はい……」」
仕方がない。パウロは気まずさをごまかすように続けた。
「岩山の中央がダンジョン。中で枝分かれしていて、なかなかに難しいダンジョンらしい。深層階がどこまであるか、まだたどりついたことがないんだそうだ」
「へえ!」
「ダンジョンの手前に大きい門前町。そしてそこから手前に下ったこっち側が保養地だ。今日はここに泊まる」
グロブルはひょうたんのように二つに分かれて町が形成されていた。小さいほうが保養地だ。
「もっとも、今の時期はダンジョンが荒れてなくても暇なんだがな。農繁期だろ。冬が一番混むらしい」
湖から流れた川は保養地の側を通り、反対側の山から流れてきた川と緩やかに合流している。農作物と共に、赤や紫のきれいな色が広がる。
「ラベンダーとサルビアさ。どっちもいいにおいのハーブで、ここの特産だぞ。いい季節に来たなあ」
おそらくラベンダーでもサルビアでもない。真紀と千春の自動翻訳機能は、日本での一番近い言葉を当てるらしかった。だって、パウロがこれだこれだと言って道端で教えてくれた野生のラベンダーは、色こそ紫だったが千春の背丈を超えそうなほど大きく、アザミのようなかたちの大きい花がグラジオラスのように鈴なりに咲いていたからだ。手を伸ばして一つ取ると、掌にすっぽりと収まるその花は確かに、心が落ちつくような青いさわやかな香りがした。
「確かに、乾燥させやすいかも」
「ポプリにして、枕元にしのばせたい」
「いいね!」
これですよこれ。乙女のすべきぶらり旅は!
明日からはダンジョンに向かう一行に、真紀と千春はついてはいけない。魔物がどう反応するかわからないからだ。交代でダンジョンに行く兵たち半分の賄いを手伝いながら、門前町ではなく、手前の保養地で過ごす予定だ。
背の高いラベンダーの中を、友だちと並んでのんびり歩く。サンドなんか持って、お昼は草地で食べるのもいい。ポプリ作り教室なんかもあるかもしれない。あとラベンダーアイス。
そこまで考えて、真紀はちょっと顔をしかめた。観光地で食べたラベンダーアイスの微妙な味を思い出したからだ。
ちなみに、真紀が微妙だと思った三大ソフトクリームは、一位、クマザサソフト。クマザサの粉末が入っているという、野性味のあふれる健康にいいソフトだ。二位、わかめソフト。わかめの粘りと海の香りがソフトに何とも言えない味をかもし出していた。三位、ラベンダーソフト。とてもよい香りだが、アイスにしなくてもいいのではないかと思った。
「ラベンダーソフト、おいしかったじゃない」
「うーん、香りが強いのがだめなのかなあ」
ちなみにおいしいと思ったソフトは数知れないが、一位、ほうじ茶ソフト。ほうじ茶の香りと苦味がソフトを大人の味にしていた。ちなみに玄米茶ソフトもおいしい。二位、卵ソフト。卵風味の強いミルクセーキのようなソフトだ。三位。びわ、いや、いちごかなあ。ありすぎて決められないや。
失敗しても必ず食べちゃうんだよね、ご当地ソフトって。
そんなことを考えている間に、保養地についた。客が少ないこともあって、半分の兵なら明日からは宿に泊まれると言う。さすがにテント暮らしの続いていた兵もこれには喜んだ。
真紀と千春の仕事は少なくなったけれど、今日はまだ賄いも大変だ。一生懸命に手伝ってから、宿に戻った。
「マキ、チハール、ちゃんと用意していますよ」
お風呂を済ませ、エアリスの部屋に集合した二人に、エドウィがにこにこしてグラスを差し出した。
「ここでならかつらを外しても大丈夫だ。まだ髪も乾いていないだろう」
エアリスがそう言ってタオルを用意している。髪を拭くのが気に入ったらしい。
グラスの中身は、赤いお酒だ。ワイン? 違う、ガラスのピッチャーには赤い花がいくつも沈んでいる。首をかしげる二人に、グルドが説明してくれる。
「これはりんご酒だ。辛口のりんご酒の中に、とれたてのサルビアの花を丸ごとつけこんである。この時期、ここでしか飲めない酒だぞ」
つけこんであるサルビアは見たところ一重の大きな花だ。ハイビスカスみたい。
千春はジャスミンティーが好きなので、真紀と違ってラベンダーソフトも大好きだった。ちょっと警戒する真紀と、うれしそうな千春。さあ、一口。
「「おいしい……」
花の味だろうか、りんご酒とは違うほどよい酸味がまず口に広がり、後を追ってほのかな苦みがやって来る。そして鼻に抜ける華やかなサルビアの香り。
「ご婦人には人気よな」
うれしそうなグルドに、
「俺はりんご酒そのままがいいけどな」
というカイダル。好みはあっても、酒は酒。さあ、明日のためにも、今日は酒をくみかわそう。
どの王城からも離れたこの地で、楽しい夜は更けて行く。




