バカだろ
エドウィとカイダルは、残ったゲイザーはいないか見回りを編成したり、残りの兵を休ませるなどの手配をし、館に引き揚げた。
その間、真紀と千春はエアリスの部屋で休ませてもらっていた。ナイランは送ってきたまま戻らず壁に寄りかかって静かに腕を組んでいる。
「ラ、ライアンよ、心配したぞ」
「エアリス、今回は私も驚いたよ」
「戦闘では何の役にもたてぬ」
エアリスは嘆いて千春の手をそっと取って握りこんだ。
「せめて風呂に入ってきてはどうだ。初夏とは言え風邪を引く。人魚の匂いもするし」
「ん? くさい?」
千春はすんすんと二の腕の匂いを嗅いだ。アミアは別になんの匂いもしなかったけどな。湖のにおいかな。
「マキも一緒にどうだ。そこのドアだから。着替えはとりあえずこれを。荷物は持ってこさせるから」
「「はい」」
二人はエアリスのシャツを持って素直に一緒に風呂に行った。エアリスは二人の荷物を持ってくるよう、館の者にことづけ、ついでに温かいお茶を頼んだ。
「賢者殿はいいよな。俺が人魚くさいって言ったら、シュゼ辺りには『さいてー』って冷たい目で見られるのになあ」
ナイランはぶつぶつ言った。
「日ごろの行いだろう。ドワーフの国に入り、二人に同道してくれたのには感謝するが、あー、シュゼ? シュゼと呼んでいたのか」
「ノーフェとシュゼと名乗っていたよ。うす汚れた庶民の兄妹を装っていたんだ。扱いも雑になるわな。というか、相当カイダルが親切にしていたけどな」
「どうもな、構われ過ぎるのを嫌うようでな」
「それでか。ノーフェはうっとうしそうにしていたものな」
ナイランは懐かしそうにそう言った。ほんの少し前のことなんだが。
「そんな二人も見てみたかったが」
エアリスが優しく目を細めた。
「ところで、事情を聞かせてもらえるんだろうな。よもや五男だからと侮っているわけではあるまい」
「そういうことではない。ミッドランドにしてもエルフにしても、意図したことではないということだけは確かだ」
その時、ドアが開いて、カイダルとエドウィが戻ってきた。グルドも一緒だ。
「町長には簡単に報告は済ませてきた」
「まずは落ち着こう」
「二人は?」
「風呂だ」
エアリスは「白の賢者」だ。扱いは王族と同じ。広い部屋があてがわれているので、男5人でもなんとか座るところはある。しかしナイランとエアリスは立ったままだ。何から話していいか皆困惑したまま、しばし沈黙が続いた。
その頃真紀と千春は久しぶりの湯船を堪能していた。狭いと言ったら狭いが、ちゃんと人間の客用に大きく作ってあるので、つかることができた。
「宿屋に泊っている間は体もちゃんとふけたけど、テント暮らしになってからはね」
「かつらも蒸れた」
きちんと髪も洗わせてもらって、エアリスのシャツを着こんだ。もちろん袖は五回くらい折り返し、裾は床に引きずりそうなほど長い。これなら足が出ると怒られることもないだろう。
そうしてドアを開けた。あ、みんないる。五人が一斉に振り向いて、目を見開いた。
「ば」
「ば?」
真紀と千春は首をかしげた。エドウィが叫んで、手で目を覆った。
「エアリス! シーツを!」
「おお!」
エアリスとグルドがすばやく動き、戸惑う真紀と千春にぐるぐるとシーツを巻き付けた。
「あなたたちは! もう変装していないのですから! そのような……」
「ええ? 足も出ていなかったのに」
「出ていました! こう、横側から……」
エドウィが真っ赤な顔をして横を向いた。シャツの胸ポケットがささやかながら押し上げられていたこととか、大きすぎるシャツのえりもとから肩が半分見えていたこととか、薄手の生地だから体のラインが見えていたこととか、そんなことはとても口に出せない。
「そ、そう? ごめんね」
「いえ、いいのです」
日本に来たら倒れるな、エドウィは。真紀と千春はそんなことを考えながらエドウィを眺めた。その二人の後ろでエアリスが嬉々として髪をタオルで拭いている。そんなエドウィを見て、カイダルがぽつりと言った。
「いいじゃねえか。ちょっと見えたくらい」
「さいてー」
千春は半目になって思わずそう言い、
「やっぱりな」
とナイランが吹き出した。
「シュゼだよな」
「うん」
千春は素直に返事をした。それに驚いた者がいた。
「ええ? シュゼ? ノーフェはどこだ?」
「……」
沈黙が落ちたのは仕方ないと思う。
真紀がシーツでぐるぐる巻きになりながら立ち上がった。遅れて千春も立ち上がった。
「カイダル」
「お、お?」
「ノワールからグレージュまでありがとう。正直、助かりました」
「ありがとう」
頭を下げる。
「お前たち、え、髪が、え、女? ノーフェ?」
カイダルは混乱している。ナイランはあきれて天を仰いでいる。エアリスが一歩前に出て、こほんと咳払いして言った。
「カイダル、ナイラン、こんなぐるぐる巻きですが、これが今代の聖女、マキとチハールです。ノワールからお世話いただいたようで、ありがとうございました」
ぐるぐる巻きまで紹介することはないんじゃないかな。二人はやけになって自己紹介した。
「マキでーす。25歳でーす。聖女やってまーす」
「チハールでーす。25歳でーす。同じく聖女でーす」
「特技は変装でーす」
「特技はさらわれることでーす」
沈黙が落ちた。ちっ、受けなかったな。確かにさらわれすぎてすでに冗談事ではなくなってはいる。
「25歳?」
「くっ、ははっ、は!」
そこ? 千春は内心突っ込んだ。呆然とするエドウィをよそに、ナイランが笑いだし、やっと場が和やかになった。混乱するカイダルをグルドが無理やりソファに座らせている。ただでさえいろいろあったのに、最後の何かでいろいろ削られた気がする真紀と千春だった。
「さ、二人は今日は私のベッドに寝なさい。寝ながら話を聞いているといい」
エアリスが優しくそう言い、二人は素直に従いベッドへ向かった。
「言い返さないノーフェなんて珍しいものを見たぜ」
そう言うカイダルに真紀はあきれてふりかえった。そのつややかな黒髪。シーツからのぞく白くてなめらかなうなじ。こちらを振り向くその角度は。
「温泉の女……」
「さいてー」
「バカだろ」
カイダルは撃沈した。




