なぜ手を伸ばしてしまうのか
陸ならばエドウィの出番のようだ。次々と指示を出していく。
真紀と千春は湖から100メートルほど離れたところに移動させられた。そこを要とし、湖に向かって扇状に空間を作り、その周りを兵で囲む。鳥人はゲイザーがその扇から外れないように追い込む。真紀と千春の前に弓兵が並び、湖を背景にし、ゲイザーに次々と矢を射かけていく。ゲイザーが素早いのでなかなか当たらないが、一体、まともに矢が刺さったゲイザーは、淡い光を放ち、消滅した。そして地面に魔石がからん、と落ちた。
「消えた」
「魔物は瘴気のかたまりが形と意志を持った物。神のたまものでもあるが、生き物ではないのだよ。だから魔石を残して消えてしまう」
驚く二人に、側についていた人魚のお兄さんが説明してくれる。
「人魚は魔物は追い払うだけだ。そうでなければ水の中に逃げればいい。私も傷つけられて消え去る魔物は、初めて見る」
お兄さんはなぜか痛ましそうにそう言った。
やがてゲイザーが半分になり、兵に近づいてきた時、対峙したのは今度は剣を持った兵だ。迷いなく要に向かってくるゲイザーを、一体また一体と切り捨てて行く。
なぜだろう。なぜ真紀と千春に寄ろうとするのか。最後の一体になった時、千春はふと視線を感じた。
上? 見上げると別のゲイザーが静かに見ていた。どうして私を見るの。千春は空に手を伸ばした。隣で真紀も手を伸ばしている。
「チハール?」
いぶかしげに尋ねるお兄さんであったが、その間にもゲイザーは静かに下りてきて、千春の手に触れそうになった。しかし、ざしゅっという音と共に、半分になり、そして魔石になって地面に落ちた。
ああ、胸が痛むのはなぜだろう。
「シュゼ、ノーフェ、何をしようとした。魔物は魔物だ」
「ナイラン……」
思わずつぶやいた千春に、
「相変わらずいろんなものを引きつけるのな。心配したぞ」
ナイランはそう言うと、ゲイザーを切った剣を鞘におさめ、水にぬれほほに張り付いた千春の髪をつまんで眺めると、そのまま指先で後ろになでつけた。
あーあ。人魚。ゲイザー。この状況じゃ、ばれるよね。千春は真紀と目を合わせ、やれやれと首を振った。
ナイランはふと千春に顔を寄せると、耳元で囁いた。
「額のハンカチ。それにかつら。取れてるぞ」
千春はぱっと頭を触った。湖に落ちた時だ。まずい。人魚のお兄さんは、変装していてもしていなくても平気だけど、兵たちは……。
その時、前のほうで歓声が上がった。最後の一体を倒したのだ。
「真紀ちゃん、どうしよう」
「倒れていいんじゃないかな」
「倒れる?」
「だってゲイザーに襲われて、湖に落ちて、奇跡的に人魚に救われたんだよ? どれ一つとっても、倒れる価値はあると思うね」
「倒れる価値って……」
真紀ちゃんはいたずらな顔をして笑っている。
「チハールよ」
「人魚のお兄さん」
「アミアと」
「アミア」
お兄さんは甘くほほ笑んだ。
「ドワーフ領は湖が少ないから、追いかけるのに苦労をしたぞ。うろこを持っていてくれてよかった。追いかけやすくなったからな」
「追いかけてって。どうやって?」
「水の世界は、陸の世界の者が思うより広い。そういうことだ」
「本当にありがとう」
「愛し子の役に立ててよかった。マキよ」
「はい」
「人魚島へまた。必ず」
真紀はしっかりとうなずいた。
「さあ、チハール、倒れるがよい」
「え、えー」
「さ、早く! 布をかぶせるから!」
「う、うん」
千春は力が抜けて崩れ落ちたふりをした。
「ライアン! ライアン!」
「これ、この幼きものがショックで倒れてしまったー。なんとかするのだー」
「(わざとらしいですよ、アミア)」
「(マキこそ。なに、人魚などそういうものだと思うだろうよ)」
エドウィとカイダルが、そして後方からエアリスが駆けつけてきた。
「おお、なんと、チハ、うっ」
「エアリス!」
「すまん」
「俺が運ぼう」
焦るエアリスをエドウィがたしなめ、カイダルが千春に手を伸ばした。
「いや、俺が運ぶから」
「ナイラン?」
「倒れたところを見ていたから。ちょうどいいだろう」
「お願いします」
「マキ、いいのか」
いぶかしげなエドウィに真紀がうなずいた。
「みなさん、弟を助けてくれてありがとう!」
真紀は大きな声で兵のみんなに礼を言った。
「災難だったな」
「無事でよかった」
みんなにそう言われながら、倒れた(ふりをした)千春と真紀は、ナイランに運ばれてエアリスを伴って町長の館へと向かった。
「さて、アミア、ですよね」
「ミッドランドの王子か。大きくなった」
確かに小さい頃、アーサーと共に出会っていた。
「話を聞かせてもらえますか」
「こちらの用は済んだ。もう用はない」
「これだけは聞かせてください。わざわざ水の道を通って守るほどの大事が起こっているのですか」
「愛し子がなぜ三領ではなく人間界に呼ばれるのか。考えてみるがよい。地下の空洞でも魔物が騒いでいる。おそらく喜びでな」
「それはもしや」
「我らが見守れるのはこの湖まで。愛し子を頼む」
アミアはエドウィを一瞥すると、それ以上何も言わずに湖に戻って行った。カイダルがいぶかしげに問う。
「エドウィ、何が起こっている。愛し子とはなんだ。なぜあの兄弟が狙われた」
「私にもわかりません。ただ」
「ただ?」
「何かが違っているとしか」
いくらマキとチハールが隠したくても、もう隠し通すわけにはいかないだろう。
「事情は説明します。とりあえず後始末をしましょう」
「わかった」




