ダンジョンに平穏を求めるのは間違っているだろうか
結局その日一日でかなりの階まで討伐できたようで、これならしばらくは魔物があふれるようにはならないだろうと言うことだった。もちろん、中にはケガをした兵もいたが、ほとんどは無事だった。
明日にはグロブルに向けて出発だ。今晩は特別に兵に酒盛りが許可され、エールやりんご酒の樽が並び、美しい鏡の池のほとりで月の光を浴びながらの宴会となった。
真紀と千春は賄い担当だから、みんなが酒を飲んでいるときもまだ料理の手伝いをしていたが、体を張ってがんばってくれた兵のためだもの、仕方ない。それでもやっとご飯にありつき、りんご酒の樽に並ぼうとした時、
「おい、余興だ余興!」
と兵が騒ぎ始めた。
「なんだろね」
「カラオケ大会、とか?」
「一発芸じゃない?」
「ねえ、千春、私たちに一発芸を求められたらどうしようか」
「それはあれでしょう、耳ぎょうざ」
「古すぎる。それに残念でした。この世界でぎょうざはまだ見たことないよ」
「じゃあ、去年の新人歓迎会でやった、恋するおみくじダンス。男女混合でやったやつ」
「そんな歌どこで流行ってたとか追及されそう」
「ま、そもそも私たちが求められるとは思わないよ」
「社会人たるもの、どこで一発芸を求められるかわからないからね、覚悟は大事だよ。さ、りんご酒りんご酒」
真紀はウキウキと樽に向きなおった。
「ケネス、ライアン!」
「ぎく」
「ま、まさか……せめてりんご酒を一口……」
「酒は後だ。お前ら飛んで来い!」
「はあ? 飛べ?」
間抜けな声を出す真紀だったが、振り向くといつの間にかりんご酒の樽から湖へと、一直線に道が開いていた。
「マ、いや、ケネス、ライアン、行くぞ」
「いやいやいや、何で?」
サウロとサイカニアが待ち構えていた。そりゃ、鳥人はいつでも真紀と千春を運びたいかもしれないが、
「いやいやいや、むしろみなさんが運んでもらってくださいよ!」
「人が運ばれてるの見たっておもしろくもなんともないですよね!」
真紀と千春は一生懸命抵抗した。しかし、酔っ払いたちには通じない。
「おもしれえんだよ!」
「「飛ーベ、飛ーベ」」
しまいには大合唱になる始末だ。
しかしサウロとサイカニアもいつもよりにこやかだ。ほのかに顔が赤い。真紀は叫んだ。
「獣人なのに、酒飲んだだろ! だれだ、飲ませたの!」
「少しな」
「少しね」
酔っ払い飛行は、異世界でも禁止だと思う。しかし飛べコールは収まらない。
「真紀ちゃん、どうする」
「ばれてまずい人にはばれちゃったしね、行きますか」
「ええー」
今一つのらない千春は仕方ないとして。真紀は片手をあげてこう言った。
「ケネス、行きまーす」
「「行けー!」」
真紀は樽のところから勢いよく走りだした。サウロがさっと抱えあげ、ふわっと湖に向けて飛びあがる!
「酒とっといてくださいよー」
響く声に笑い声が上がる。
「ほら、弟も行け!」
「横暴だよー」
「行け!」
仕方ない。千春もやけになって片手をあげた。
「ライアン、行きまーす」
そう大きい声で宣言し、走りだした。それをサイカニアがふわっとさらう。
「おおー」
「エドウィ様よりうまいんじゃねえか」
「軽いからな、ほら、ぐるっとした、すげーな」
すごくなーい! 調子に乗った酔っ払いの鳥人に振りまわされた千春は酒を飲む前でよかったと思うのだった。もっとも真紀は心から楽しんでいた。アクロバット飛行、おもしろいじゃない?
ワイワイ言われながらさすがに戻ろうとした時、千春はふと気付いた。あれ、視線を感じる。
「サイカニア、あの」
「千春、しー」
視線。左? 目があった。え、ここは空、真横に……ゲイザー!
「一気に岸に戻る!」
「わかった!」
何で? ダンジョンの生き物だって、外には出ないって、どこで、そうだ列車で、誰が、そうだカイダルがそう言って。
「くっ、追いつかれる!」
その時、衝撃が来た。胸の前でしっかり組まれていたサイカニアの手が緩む。
バッシャーン。一瞬の浮遊感の後、千春は鏡の湖に落ちた。
「ちはるー! サイカニアー!」
真紀ちゃんの声がしたような気がした。
「千春、千春!」
「マキ、落ち着け、先に岸に戻る!」
ゲイザーは一体ではなかった。サウロは追いすがるゲイザーをかわしながら岸へ急ぐ。岸では酔いが浅い兵を中心に編成が組まれているところだった。
その兵を見たのかゲイザーのスピードが緩む。サウロは水面を這うように飛び真紀をおろした。
「千春!」
そのまま湖に飛び出そうとする真紀を兵が押さえる。
「お前が行ってなんの役に立つ! 兵に任せろ!」
しかしその兵たちも、湖に踏み込んでは動きが鈍くなる。逆にゲイザーは空全体がフィールドだ。舟と弓をあわただしく用意する兵とゲイザーとが奇妙な膠着状態に陥ったその時、
「鳥人だ」
「鳥人が」
「第二形態になるぞ」
その声に真紀が鳥人のほうに目をやると、人型を残しつつも鉤爪が伸び、鋭い鳥のくちばしに変わった四人が飛び立とうとしていた。
「サウロ、サイカニア!」
鳥人たちは軽くうなずくとバサッと飛び立った。羽を広げたら3メートルにもなる白い鳥人4人と、直径1メートルの球形でほぼ眼球だけのゲイザー十体が空中で向き合う。
この間、一分ほどだっただろう。では千春は。千春!
大丈夫。落ちたのは低いところだった。町の子の私たちは、みんなスイミングに行ってた。千春も確か泳げるはず。
湖に向かいそうになる体を兵に押さえられながら、真紀は水面を目を皿のようにして見つめた。泡? 泡だ。水面に波紋が広がる。
「なんだ」
「魚か」
ぷはっと、こちらにまで聞こえてきそうな勢いで、千春が水面に飛び出す。
「千春! よし! え?」
そのまま千春が泳がずに水面を移動して来る。誰かに抱えられたまま。
「人魚……」
「人魚だ……」
人魚だ! その人魚と千春をゲイザーが狙って下りてくる。
「危ない! 千春!」
鳥人にそのゲイザーを追う余裕はない。しかし。
ピシッ。ゲイザーは跳ね飛ばされた。湖の上に、魚影が踊る。
「人魚が跳ね飛ばしやがった!」
次々と人魚が舞い、ゲイザーが近づけない間に千春は岸まで運ばれてきた。
「真紀ちゃん!」
「千春!」
ずぶぬれだがけがはしていないようだ。真紀と千春は手を取りあうと人魚に向き合った。
「ありがとう!」
「だから我らの元に来るように言ったのに、愛し子たちよ。陸は住みにくい」
人魚のお兄さんはそう言うと、
「まだだ。ゲイザーの数は変わらない。この二人を岸から離し、鳥人を引き揚げさせろ! 湖ではなく、陸で戦え!」
そう大きな声で指示を出した。それにカイダルが気づく。
「あんたはあの時の!」
「おせっかいなドワーフか。ゲイザーはおそらく愛し子に引かれてきた。ゲイザーと空中で戦うなど愚の極み。陸にひき寄せるのだ」
「くっ! わかった。エドウィ!」
「聞いていた! サウロ、戻れ! 陸に引きつけろ!」
余興にしては、おおがかりすぎる。
「これが現実」
「魔物のいる世界」
真紀と千春は呆然とつぶやいた。
急展開!




