聖女二人の意味
千春を膝に乗せて満足したエアリスは、館へと戻っていた。小さくてかわいいチハールとマキ。また明日も会えるのだからな。それはそれとして、あいつらには一言言ってやらなければ気が済まぬ。
「エドウィ! グルド!」
「なんだエアリス、途中から抜けおって、エドウィもそうだが、もう少し年寄りをいたわらんか。お偉い人の相手は面倒なのだぞ」
小声で返事をするグルドだったが、
「グルドよ、ほぼ同い年だろうが。そうではなく!」
「エアリス、わかっています。それはあとで」
エドウィも小声でエアリスを制止すると、
「では我らは今夜はこれで。歓迎のもてなし、感謝する」
そう宣言した。すでにカイダルとナイランはいなくなっており、グルドとエアリスで社交に奮闘していたのだった。
「カイダルといい、まったく若い者は!」
ぼやくグルドとエアリスをひきつれて、与えられた部屋に向かう。部屋に戻ったとたん、
「グルド、知っておったのか」
「何をだ」
「マキとチハールだ」
そう問いかけるエアリスにグルドは気まずげな顔をして黙り込んだ。やっぱり知っていたのか! エアリスが怒りをぶつけようとした時、
「すまん! 言いだせなかったが、マキとチハールについては、最初から見失っていたのだ……」
グルドがしおしおとそう答えた。
「何のことだ」
「マキとチハールがこっそり抜け出すことを見越してつけていたはずの護衛が、その城出にまったく気づいておらなんだのよ。最近聖女が城から出ないが、どうしたのかと連絡がくる始末。その時には聖女がいなくなってもう3日もたっておった。鳥人が行き先を掴んでいたようだったから、おぬしを心配させるよりよいかと思い黙っていたのだ」
「グルド、あなたは……」
「エドウィ、そんなにあきれたように見るな。そもそもわしはマキとチハールのことはあまり心配していなかったからの。そうだろう、あんな元気な二人連れ。ましてドワーフの国に向かったのだぞ? おせっかいを絵にかいたような民だからな」
ではノワールから一緒だったあの男はなんだったのかと、後からこの話を聞いた真紀と千春は、悩んだことを後悔したという。
「ではエドウィも知らなかったと?」
「私は昨日知りました。サウロとサイカニアと飛んでいるのを見て気づいたのです」
「なんのことだ」
グルドははてなという顔で尋ねた。
「マキとチハール。賄いの下働きとして、領都から我らと一緒だった」
「なんとまあ」
グルドはあんぐりと口をあけた。
「ふ、はは、ははは、なんと気持ちのいいことか! こんな愉快なことはない! なんと生きのいい! これが今代の聖女たち、はは!」
そうして腹を抱えて笑いだした。
「サウロといい、グルドといい、もう少し真剣に考えられぬものか。マキとチハールに何かあったらどうするのだ、まったく」
「エアリス、同感ですが、もう心配してもしょうがない気もしてきました。あれだけのんきにしていられると」
「確かに、まったくこりていないようではあったな」
エドウィとエアリスはため息をついた。
「それで、これからどうするかだ」
「本人たちはこのまま下働きとしてグロブルまで向かいたいようです」
「ほうほう、おもしろそうだの」
「グルドよ、まったく。だが実際、突然聖女が登場しても現場は混乱するばかりだろうし」
「聖女を狙う勢力も今のところあるとは聞いていない。本人たちの好きなようにさせてやりましょう」
そう決めると、三人は思い思いの場所に腰かけた。あんまり焦りすぎて立ったまま話していたのだ。
「それにしても」
グルドがあごに手をやりながら話し始めた。
「わしもエアリスももう300年生きているが、これほどまでに瘴気が急激に薄くなったことがあっただろうか」
「もう聖女を何人送ったかも忘れるほどだが、そもそもマキとチハールほど愛らしい聖女はいなかったし。ここまで瘴気が濃くなったことも初めてだからな」
「それは単にお主の主観だろう。どの聖女もみな優しく静かで素晴らしい人たちであったよ」
「グルドは毎回聖女に好かれるからよいが。エルフと獣人にはなかなか懐いてくれないのだから、素晴らしい人たちかどうかを知る機会すらなかったしな」
エアリスが答えた。二人は三領でも驚くほど長生きだ。聖女はおよそ20歳前後で招かれる。そこから長生きしてもせいぜい60年と少し。300年のうち何代代替わりしたことか。エドウィは興味深げに話を聞いている。
「アーサーが言っておった。チハールが魔石の生成にショックを受けた時、気になって改めて調べさせたそうだ。聖女は魔石を生成する。当たり前すぎて、疑問にも思わなかったことを」
「どういうことだ」
「マキとチハール、二人も聖女がいるのに、魔石の生成のスピードが速すぎないかということらしい」
「確かに」
エアリスは千春から預かった魔石を取りだした。
「前回からすでにこれだけ。瘴気の濃い地域に来ているとはいえ、一日に一個は生成しているのではないか」
「あり得ぬ」
グルドはそうつぶやいた。
「前代が最後は一年に一個。しかしその前の聖女たちは数年に一個だったらしい」
「ということは」
「下手をすると、マキとチハールはすでに他の聖女の一生分の魔石を生成していることになる、ということだ」
「ばかな。魔石の生成がどれだけ聖女の負担になっているのかもわからぬのに! 聖女の寿命はただ人と変わらぬ。しかしそれは、人間領でゆっくりと魔石を生成した場合だろう!」
エアリスは大きな不安を感じた。
「マキとチハールのことも心配ですが、それはもしかしてそもそも、前代のころから瘴気が今までより濃くなっているということではないですか」
「確かに、ダンジョンの魔物が増え過ぎて危険なことなど今までほとんどなかったはず。まして列車が開通してからは人間の冒険者は増加しているはず……。増加しているのに足りないということか」
「グルド、ダンジョン産の魔石の流通も増加しているのでは?」
「確かに。確かに。これは調べねばならぬな」
聖女が二人。神の気まぐれではなく、意味があるのだとするなら。
その意味がせめてマキとチハールに優しいものであるようにと、三人は願うのだった。




