罰金
「チハール、どうしたんだい。そろそろ戻らないといけないのは確かなんだよ。そんなに怒ることじゃないのに」
千春はそれに答えず、ぐんぐん足をすすめた。
「千春ったら、やつあたりでしょ」
「だってさ!」
千春はぷりぷりしてこう言った。
「あの二人がいるおかげで安全に過ごせたわけですよ。旅の前半は。でも、その間中うつむきがちな静かな妹を演じていたせつなさを思い出してさ」
「え、チハール、私のために怒ったのではなかったの?」
エドウィはちょっとがっかりした。
「それも少し。ねえ真紀ちゃん。私たちも子ども扱いされてちょっと悔しかったもんね」
「千春の場合、結構おしゃべりなのにしゃべれなかったのが痛かったね」
「うん」
「子どもの変装をしていたんだから、自業自得でしょう」
「エドウィはそういうけど、領都グレージュで女性の変装したときなんかもっと大変だったんだよ」
「そんなことまで……。あなたたちはまったく」
エドウィはあきれ、そしておかしくなった。
「マキとチハールが困っていたと思ったら、少しスッとした」
「ひどい!」
「あ、サウロ、サイカニア!」
鳥人のところにたどりついた。
「ついにばれたな」
「ばれちゃったよ」
領都を出てグロブルに向かう時から覚悟はしていたことだった。
「せっかくだから少し夜空に行かないか、エドウィ」
「うん、サウロ、少しな」
「マキ、チハールも」
「「うん!」」
初めて三人で、いや、三人と三鳥人、そしてその周りをもう一人の鳥人が飛ぶ夜空の散歩は愉快だった。城でもできなかった事だ。
「マキ、チハール、このことはミッドランド陣営には話さねばならない」
「わかってる。でも、先にエアリスに話させて」
千春は決意を込めてそう言った。
「そうしてくれるか。サウロのところへ来るように声をかけてくるから」
エドウィは戻って行った。
「エアリス、怒るかな」
「そんなわけないよ。エアリスだよ。千春、ちゃんとあやまろう」
「そうしよう」
やがて館から大柄なエルフが静かに歩いてきた。
「サウロが用だと聞いたが」
傍らの二人の子供をちらりと見ると、エアリスはサウロにそう話しかけた。久しぶりに間近で見るエアリスは、やつれてとがった顔をしていた。
「ああ、うーん。おい」
サウロが言いよどんで、そっと千春を押し出す。エアリスはいぶかしげに眉を寄せ、
「なんだ、サインか? 握手か? いずれにしろもう子どもには遅い時間だ。明日また相手をしてあげるから、今日は帰りなさい」
と優しい顔をして言った。白の賢者か。みんなの憧れ。こういうことにも、慣れているんだろうな。
千春は腰のポーチから魔石を取りだし、そっとエアリスに手渡した。
「少年よ、ありがたいが贈り物はもらわない主義なのだよ、おかえししよ、う。これは……」
エアリスはてのひらの魔石を食い入るように見つめた。そして反対の手を千春の頬に伸ばした。震えている。
「顔を、顔を見せておくれ……おお」
千春はエアリスの掌にそっとほほを預けた。何も言わないエアリスを見上げると、目を閉じて涙を流していた。
「夢じゃないよエアリス」
「チハール。チハール!」
「ごめんなさい」
エアリスにぎゅっと抱きしめられながら、千春はただただあやまるしかなかった。
「マキ、マキは!」
「ここだよ」
「マキ!」
反対側の手でマキも抱きこまれた。
「心配したのだぞ!」
「「ごめんなさい」」
「こんな少年の格好をして。危険な目にあったらどうするつもりだったのだ!」
「「ごめんなさい」」
「私は、私は!」
「「ごめんなさい」」
心配性のエルフに、他に何が言えるのだろうか。
「俺は何度も大丈夫だと言ったのだぞ」
サウロがぶつぶつそう言った。
「自分の目で見るまで信じられるものか。ああ、つらくはなかったか。お金は大丈夫だったか」
「お金はね、人魚にもらったうろこを売ったの」
「人魚! あの気ままな海の生き物か! 海の鳥人と言われる! なんということだ」
エアリスは天を仰いだ。聖女はろくなものを引きつけない。
「気ままの何が悪い。心配だけして引きこもってるよりよほどましだ」
サウロがまたぶつぶつ言っている。
「私は探しに行こうとしたのだ! だが寄ってたかって止めようとするから」
「エアリス、ありがとう」
そう言う2人をエアリスはまたぎゅっと抱きしめた。
「さあ、では館に戻ろう」
「え? 戻らないよ。無事だって知らせたかっただけで」
「なんと! どこに行くというのだ」
「賄いの所のテントだけど」
「そんな、危険な」
「何も危険なことないよ」
「そんな所では寝られまい」
「寝られたよ?」
この二人は!
「もしや、マキとチハールはそのままの格好でグロブルまで行くつもりでは……」
「「そうだよ」」
「なんということを!」
エアリスはショックを受けた。
「今更聖女が出てきても混乱するだけだよ」
「町長さんなんかきっと大騒ぎだよ」
「あー、ばれたら安心した。これで罪悪感なしに過ごせるね!」
にこにこしている二人にさすがに気が抜けたエアリスだったのだった。
「みんな少年だと思ってる。心配ないだろう、エアリス」
「サウロよ、お前はいつもいつも気楽でよいな」
エアリスはため息をついたが、この半月悩まされていた心配事から解放され本当にほっとしたのだった。
「では私もテントに」
「目立つから! 白の賢者がテントとか!」
「しかし聖女もテントで」
「変装してるから!」
「では私も金髪のかつらを」
「いずれにしろエルフ一人しかいないもの、すぐにばれるよ!」
「どうしろというのだ!」
「「館に戻って!」」
「マキ、チハール……」
そんな情けなさそうな顔をしても……。
「わかった」
「え、真紀ちゃん、なにが?」
「千春をしばらく抱っこしてていいから。それで明日までがまんして」
「え?」
「ふむ、それなら」
「ええ?」
エアリスは段に座り込むと千春を膝に乗せて、千春の頭にあごを乗せた。
「ふむ。マキはよいことを思いつく。これはいい」
「真紀ちゃーん、エアリスー」
「心配かけた罰金だと思って!」
真紀ちゃんだっておんなじなのに。
「じゃあマキは俺に」
「いつも空を飛んでるでしょ!」
「むう」
そんなやり取りを笑って眺めながら千春は思った。千春にゆるやかに回された手も、預けた背中も暖かいから。この罰は、ご褒美みたい。




