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聖女二人の異世界ぶらり旅  作者: カヤ
ドワーフ領編

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再会

兵は夕食を順番に受け取り、それぞれがなごやかに食事を始めていた。真紀と千春は2日目ではあったけれど、器用さを買われ、スープを盛り付ける担当についていた。


お任せあれ。何年前かも忘れたけれど、給食当番でよくやったことだ。野菜が多すぎるとか、具が足りないとか小学生の時はもめないように苦労したものだ。張り切ってスープをよそう真紀と千春を少し離れたところで見ていたエドウィは、連れ戻そうと勢い込んだ気持ちがしぼんでいくのを感じた。


真紀と千春が城から出てもう15日ほどだろうか。グルドが護衛をつけていたとはいえ、鳥人が見ていたとはいえ、誰にも守られなくても、こうやって二人で過ごせていたのだ。守ろうと、大事にしたいと思う気持ちは二人にとってどうだったのだろうか。


エドウィは列が終わりそうになるころ、その最後に並んだ。


「最後だからはい、大盛りだよ!」


そう言ってスープをよそって渡してくれる千春の手首をカップごとそっとつかんだ。


「え?」


いぶかしげに見上げるその黒い瞳、ほら、やっぱりチハールだった。


「エドウィ……」

「チハール、見つけた。マキも」


目を大きくして固まっている千春の横で、真紀があーという顔をして天を仰いだ。そうだ。だまされていた私だって間抜けだったけれど、この人たちもこういう人だった。空を飛ぶなんて目立つことをして、気づかれないわけがないだろうに。


警戒もせず、見つかって心から驚いているなんて、どれだけ間抜けなんだ。


心配も、怒りも、形をなくして崩れて行く。


「チハール、その間抜け面!」

「ちょっとエドウィ、仮にも女性に向かって」

「女性? どこに?」

「う、ほら、察して!」

「く、ははっ」


思わず笑い出したエドウィに、真紀があせって声をかける。


「ちょ、エドウィ、しー、目立つとまずいから!」

「鳥人と空を飛ぶほど目立つことはないだろうに」

「あー、サウロめ!」


王子だとようやっと気づいた周りが少しざわめき始めた。


「あんたら、夕食の皿持って隅っこに行け! 邪魔だから!」


ようすをうかがっていたパウロがそう言って三人をしっしっと追い出した。


「じゃ、エドウィ、そっちの段に座ってて!」

「待て!」

「逃げないから。代わりにこれ持ってて」


エドウィは三人分のスープを渡されて残された。真紀はというと、皿を三つ持つと、鉄板のところからおかずをもらって器用に持ち運んでいる。千春は、樽のところからカップを三つもらってこれも器用に運んでいる。女性にそういうことをさせている自分に尻がむずむずしたが、エドウィは大人しく待っていた。


「さ、じゃあ話はご飯を食べながら。ではまず、今日も一日おつかれさまでした!」

「はーい」


三人はカップをこつんと合わせる。中身はエールだ。おかしいな、真紀と千春を見つけて大騒ぎの予定なのに。


「「うーん、うまい!」」

「確かに」


各町の町長の館に招かれ、毎日お偉い人と食事を取ることは、慣れているとはいえ楽しいとは言えなかった。唯一楽しいことと言えばカイダルとナイランがもっといやそうだったことだ。あの人たちは、エドウィはため息をついて思った。私を子ども扱いするから、嫌いだ。


「エドウィ、これ、今日の料理なんだけどね、ジャガイモをゆでたやつを鉄板で炒めてね、その上に最後にばーっとチーズをかけるんだよ。熱々のうちに食べようよ。ほら、あ、あつっ」

「ほっ、はふ、早く早く」

「あ、ああ」


皿には山盛りのジャガイモとこま切れ肉が乗っている。


「う、あつっ、うま」

「ね? おいしいでしょ? このチーズはラポンドの町で買ったんだよ」

「名産なんだって」


そのあとはしばらく黙々とご飯を食べる。城ではテーブルについて、上品に食事をしていたマキとチハール。各国の使者にも、女性らしく対応していた。でも今は地面に座って、あぐらをかいて、大きな口を開けてジャガイモをかきこんでいる。


「肉もうまっ」

「これはパウロが昨日たれにつけて一日樽で熟成させてたお肉なんだよ」

「そうか、うまいな」


最後にエールを飲みほして食べ終わる。楽しいな。こんな食事、普段の何倍もいい。


「エドウィ」


真紀は改まってそう言った。千春もいずまいを正してエドウィを見た。


「「ごめんなさい」」

「うん。みんな心配したんだよ」


二人は泣きそうにくしゃりと顔をゆがめた。


「どうして黙って城を出たの。言ってくれればお忍びでドワーフの国に来ることもできたと思うよ」

「言えなかったの。お忍びって言っても、必ずだれか付くでしょう。それにアーサーも、エアリスも、グルドも、ザイナスも、みんな国の重要な役割を持ってた。エドウィだって外交に一生懸命だったでしょ」

「あのときは余裕がなくて。少しでもあいた時間はマキとチハールと町に行くのが楽しくて、あなたたちが何を思っているのかなんて考えたこともなかったんだ」


だから内陸のやつらにいやなことを言われるのを、止めることもできなかった。エドウィは思い出して手を握りしめた。


「内陸のこと考えてる?」


千春がそっとそう言った。


「すまなかった。あの事があったから余計に城を出たかったんだよね」

「違う違う」


真紀がふふっと笑って首を振った。


「確かに腹が立ったけど、そんなことくらい大したことない。もっと前から決めてたことだったんだよ」

「もっと前からって」

「私たち、仕事は違うけど、こうして一日中働いて、自分できちんと生活してたの。聖女だからいるだけでいいって言って、贅沢に世話されるだけの生活はかえってつらかった」

「マキ……」

「エドウィにわかってもらうのは難しいかも。つらい仕事も、大変な生活も、自分で選んで自分で決めたことなら充実したものなんだよ。王子の仕事は自由ではないものね」


エドウィはちょっと傷ついた。王子に生まれたくて生まれたわけじゃない。自由を知らないから、マキとチハールの気持ちがわからないなんて、そんな言い方ないだろう。


だがしかし、真紀と千春も、聖女になりたくてなったわけではない。他のだれでもない。自分こそその不自由をわからなければならなかったのではないか。


「町長との豪華な夕食も、王子として敬われるのも、やりたいことではない。でも、王子でいるのは自分で決めたこと、か」

「聖女として瘴気は浄化する。でも、それまでの行動は自分たちで決めたかったの。ううん。かっこつけたらダメだね。何もかもから、逃げ出したかった」


真紀がそう言って苦笑いした。


「千春は巻き込まれただけ」

「二人で決めたんだよ、真紀ちゃん」


二人は顔を合わせてへへっと笑った。それは少年の服にとても似合っていた。


「おーい、エドウィ、そろそろ戻れよ」

「俺たちだけじゃご不満なんだとさ」


カイダルとナイランだ。真紀と千春ははっとして少し下を向いた。


「なんだ、やっぱり子ども同士仲良くなったのか。よかったな」


カイダルにそう言われ、エドウィは少し悔しそうな顔をしたが、とっさに近くにいた真紀と肩を組みこう答えた。


「ああ、同じ年ごろの友だちといるほうが気が楽だ。大人の応対はあなたたちにお任せするよ」


カイダル、ナイラン、あなたたちがすぐ逃げ出すから私が他の大人の相手をしなければならないんだよ。


「めんどくさいんだよ、俺は剣を振っているほうがいい」


カイダルが頭をかいた。仕方ないか。エドウィがため息をついて立とうとした時、


「エドウィだって、剣を振ったり、鳥人と飛んだりするほうがいいんだよ」

「なんだおまえ」


千春は立ち上がって、大きな声でカイダルにそう言った。


「めんどくさくったってやれよ。エドウィは子どもなんだろ。大人のあんたがやりたくないことを子供に押し付けてどうするんだよ」

「な! おまえには関係ないだろ」

「今友だちと楽しく過ごしてるのは俺らなんだよ。関係ないことあるか。子どもだって言うんなら、夜くらい解放してくれよ。エドウィ、行こう。サウロが待ってる」

「あ、ああ、すまない。必ず顔は出すから」


エドウィがそう言い、三人は連れ立ってその場を離れた。あの小さい後ろ姿。色の見えない夜の闇は、時に真実をかいま見せる。


「ノーフェ? シュゼ?」


ナイランのつぶやきに、しかし小さい二人が立ち止まることはなかった。カイダルはのんきにこう言った。


「ちびっこに怒られたぜ。仕方ない。がんばるか」

「お前、エドウィを子ども扱いするのはやめろ。人間の18はもう大人と同じだぞ」

「お前だってだろ」


ナイランはもう一度振り返って、立ち去る三人を眺めた。見たいものが見えただけか。さ、仕事に戻るか。



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