夜空に飛ぶ子どもは目立つに決まっている
お昼ご飯は火を使わず、途中の村の広場で携帯食を食べた。午後半ばでラポンドについた一行は、町長の館を中心に、野営の準備を始めた。
真紀と千春はさっそく手伝いだ。少し背の高い真紀はお使いに使われ、千春はひたすら野菜の皮をむく。むく野菜の指示をするほかは、誰も下働きになど目をとめない。野菜はどんどんスープ鍋に放りこまれ、ぐつぐつといいにおいをさせている。
夕暮れになり、スープができたころ、館の庭には大きな鉄板が何枚も用意され、火にかけられた。賄い担当がその鉄板の前にたち、次々と肉を焼いていく。スープとパンを確保した兵や冒険者たちは、鉄板の前に並んで、大ぶりの肉を何枚かずつ皿に受け取って行く。おかわりも収まったころ、賄いの食事だ。
「ちゃんと肉は取っといたからな」
賄い用に小さめのなべに取り分けられたスープをよそい、鉄板を一枚だけ使い、次々と肉が焼かれていく。ようやっと自分たちの番が来たときには、真紀と千春のおなかは久しぶりの労働でぺこぺこだった。
じゅうじゅういっている焼き肉の味付けは、シンプルに塩とピリッとした香料のみだ。地面に座り込んで、さらによそってもらった肉にフォークをぐさっと刺し、口に運ぶ。肉のどの部位が当たるかは運次第だが、真紀と千春の肉はどうやら当たりだったようだ。山あいで育てられたからか赤身のしっかりした肉にはむっとかじりつくと、フォークとの引っ張り合いだ。それを噛み切り、口いっぱいにもぐもぐとかみしめれば、肉のうまみがじゅわっと広がる。うまい。
「ほれ、どんどん食べないとなくなるぞ」
パウロさんが皿に肉を足してくれる。わんこそばか。
「ほーら、お前らも飲むか」
「子どもにゃあもったいないかなあ」
「「飲みます!」」
若い人がカップにエールを持ってきてくれた。ジャンさんだ。エールは樽で運んできている。
「ま、エールはな、水代わりだしな」
そんなわけはない。しかし皿の肉汁までていねいにパンでぬぐった真紀と千春は、最後にみんなと一緒にぐいッとエールを飲みほした。
「うまいな」
「うまい」
満足した時間が訪れる。
「さ、最後に一仕事だぞ!」
「「はい!」」
賄いの手伝いの当番の兵と共に、最後に皿洗いをして片づけておしまいだ。宿の手配ができるところでは宿に泊まるが、宿が足りない時には、テントだ。大きな天幕を張らずに、一人一つの小さなテントを張って寝る。テントを教わりながら張っていると鳥人がやってきた。
「なあ、飛ばないのか」
「サウロ、もう遅いよ」
「夜の空はきれいだぞ。町の明かりが見えて格別だ」
明日は朝から買い出しに賄いの仕事。そして移動だ。確かに約束の飛行をする時間はない。
「勝手に飛んで怒られない?」
「俺たちを怒るやつらはいない」
「私たちは怒られるかもしれないんだよ」
突然の鳥人を賄いの人たちは興味深げに眺めている。
「パウロ」
「お、おう、なんだ」
「この子どもたちを貸してくれ」
「いや、なんでだ?」
「空に連れて行く」
「いや、しかし」
「大丈夫。知り合いだし、慣れている」
「ケネス、ライアン、本当か」
「はい、本当です」
「そうか」
パウロは鳥人が自分の名前を知っていたことにも驚いたが、子どもたちを連れて飛ぶということにも驚いた。まあ、いいか。鳥人も退屈なんだろう。
「あんまり遅くなるなよ。朝も早いからな」
「わかった。ライアン、走れるか?」
「うまく拾ってね?」
「大丈夫よ」
二人は空き地を走り始めた。まず真紀。そして千春。サウロとサイカニアはさっと二人を拾い上げると空に舞い上がった。白い羽根はしばらくかがり火を跳ね返してきらめいていたが、やがて夜の闇に消えた。
「見事なもんだな」
「相当慣れてますね、あの二人」
「鳥人と知り合いなんて、王族以外にめったにいないだろうにな。なあ、ジャン」
「はい。わけありっすね」
「グロブルまでだ。俺たちは何も気づかなかった」
「了解です」
千春もズボンでなら走って飛び上がることができた。野営のかがり火があっという間に遠ざかって行く。確かに昼間と違って下が見えないから、案外怖くないことに気づいた。ある程度上がったところで、サウロとサイカニアはゆっくりと飛んでくれた。眼下にはラポンドの町がある。町の大通りには街灯がちゃんとある。町長の館はかがり火のもと兵が細かく動き、街灯が町を区切り、そして家々の窓からはやわらかい光が漏れている。山に目をやれば、小さい村々が山肌に張り付くようにかすかな明かりをともす。目を上げれば山際はかすかに明るく、空との境目がくっきりと浮かぶ。そして大きな月と星星が夜空にきらめいている。
日界と、闇界。それしかない世界にある、太陽と月と星。地球とはまったく異なる物理法則。考え始めるときりがないけれど。
「もっと高く飛べば海まで見えるぞ」
「ううん、もう十分。ありがとう」
初夏でも夜の風は冷たい。夜空の飛行は思ったよりずっと楽しかったけれど、もう帰ろう。
鳥人に下ろしてもらった二人は、隣り合ったテントにもぐりこんだ。
「ノーフェじゃないのか」
「シュゼはあんなに飛べないだろう」
その様子を王子三人は少し遠くから眺めていた。鳥人に子どもが運ばれていると言うから来てみれば、やっぱり違うのか。
「カイダル、ナイラン、ノーフェとシュゼというのは内陸の?」
「ああ、いや、そのノーフェとシュゼではなく。こないだまで一緒に旅をしていた子どもたちの名前だ。グロブルに行くと言っていたが、領都で別れてしまって」
「その二人がよく鳥人に構われていてね。ミッドランドでは子どもと鳥人が遊ぶのは当たり前なんだとか。南領ではそんなことはなかったから、さすがアーサー王の国と感心していたんだよ」
「ふむ」
エドウィは、難しい顔をした。
「確かに鳥人は子ども好きで、時々は喜んで子供を運んでやっているよ。しかしね」
カイダルとナイランは、途中で止めたエドウィをけげんそうに見た。
「鳥人と親しく話し、運んでもらうほど仲のいい子どもなど、私以外いない」
「しかしノーフェは」
「ノーフェ、ノーフェね。シュゼ? なるほど」
エドウィは皮肉げに口をゆがめた。
「エドウィ、何を言っている」
「あの人たちは。私たちがどれほど心配したと思っているのか」
「エドウィ?」
「すまない、先に戻ります」
鳥人の言うことなんか聞くから。
作戦C。破たんの予感。




