準備、そして
次の日、真紀と千春は一旦街に出て、その注目度の高さに驚き、早々に宿に戻った。宿のお昼でさえ、並ぶ人が出るほどの盛況ぶりだった。
「ははは、宿に経済効果」
「役に立っちゃったね」
それでもエドモンを頼るのは少し迷っていたのだが、仕方がない。二人はエドモンに甘えることにし、注目を浴びながらエドモンの店を訪ねた。
「おお、よく来てくださった」
「ずうずうしくてすみません」
「あの……」
千春が少し話しあぐねていると、エドモンは察して人払いをしてくれた。真紀と千春はお互いを見やってうなずくと、エドモンにかつらを取って見せた。
「その黒髪! まさかあなたたちは聖女?」
「そのようです」
「それで領都の瘴気が急に薄く……」
かつらをかぶりなおした二人に、エドモンは納得したようにつぶやいた。
「しかし、今回の派遣に聖女が同行しているとは聞かなかったが」
「はい、私たちはガロンスを経由して三日前に領都についたのです」
「カイダルとナイランと一緒に」
エドモンはあっけにとられた。
「三男坊を護衛に? いやしかし」
「いえ、変装していたので。 14歳と12歳の兄妹として」
「まさか昨日探していた子どもたちとは……」
「私たちのことでしょうね」
真紀が申し訳なさそうに言った。
「しかしガロンスを経由すると急いでも一週間、子どもやご婦人なら10日はかかるはず。その間ばれなかったと?」
「はい」
「坊の目は節穴か?」
「それはなんとも」
真紀は苦笑した。
「それはどこかで見たことがあるはずだ……くっ、はは、はははっ」
上品なエドモンだが心底おかしそうに笑いだした。まあ、おかしいよね。こっちは必死だったんだけれども。
「とりあえず城を抜け出す用の変装だったんですが、早々にカイダルとナイランにつかまり、いえ、親切に見てくれて」
「そのまま変装せざるを得なかったと。なるほど、噂を聞かないわけだ」
ふむふむとうなずいた。
「しかし、それが幸運でした。ご婦人の姿に戻っていたら、早々に見つかっていたはずですぞ」
昨日今日とそれを実感した真紀と千春だった。
「しかしまた何でミッドランドを抜け出してきたのですかな。かの国に何か問題が?」
エドモンは心配そうにそう言った。
「いえ、そんなことはないんです。むしろすごく大切に、親切にしてくれて」
「でも元の国では普通に働く一般人だったんです。大事にされるのが息苦しくて」
「ドワーフ領に来るにも専用列車を仕立てると言われてしまい」
真紀と千春は交互に訴えた。親切すぎてつらいとは言えなかったことを。
「なるほど、なるほど」
エドモンはしかし今度はいぶかしそうにたずねた。
「それで、今日私のところにいらしたのは何のためでしょう。悩み相談ではありますまい」
「はい、実は」
二人はグロブルには行きたいと、そのためにはいっそのこと、昨日カイダルが言っていた賄いの下働きとしてついていきたいのだと言った。
「そうまでしてなぜグロブルに」
「どうしてかな。ドワーフ領に入ってからは転々と移動してきましたが、実際私たちがいたほうが早く瘴気が薄くなるんです。領都もだいぶ瘴気は薄くなってきました。先に進むべきだと思うのです」
「あ」
真紀と千春は額に手をやり、リボンの下から魔石を取りだした。不思議なことに、いつもだいたい二人同時に魔石が落ちるのだ。
「おお、聖女の魔石……」
困ったようにほほ笑む聖女の姿に、エドモンは感動のあまり身が震えるほどだった。城にこもっていてもいいのに、息苦しいからと抜け出すやんちゃさ。それでも聖女として最善の道を進む責任感と強さ。
「いくらでも手助けいたします、と言いたいところだが、賄いの下働きなど、聖女様にとてもさせられるものではない」
「ああ、私たち料理は一応できますし、家事も一通りできますよ。グロブルまで一週間、なんとかなります」
「なあ、もう正体を明かして一行に戻るわけにはいきませんかな。兵の士気も上がるだろうし、何よりみんなが安心です」
千春はエアリスのことを考えた。ごめんね。
「いえ、やれるだけやってみたいのです。それに賄いの仕事で何を食べさせてもらえるか気になるし」
「白百合館のような良いものは食べられないのですぞ」
「それでも」
「……仕方ありませんな」
エドモンはあきらめてため息をついた。
「それでどのような手助けをお望みか」
「はい、今度は庶民の兄弟として、やはり親戚を頼ってグロブルにという設定で行きたいと思います」
「ふむ、三男坊にばれそうだが」
「かつらを替えるし、妹ではなく弟ということにします。それにばれてもいい。どうせ聖女だとは知らないんですから」
そのために少年の、できればドワーフ風の古着がほしいこと、それから今の立派なかばんを古ぼけたかばんに取り換えてほしいことなどをお願いした。
「段々おもしろくなってきましたな」
「変装が終わったらすぐに城に面接に行ってきます」
「ふむ、一応紹介状を書きましょうかの。それから今日はもう宿には戻らぬほうがよいでしょうな。荷物を引き取ってきますから、今日はぜひ我が家にお泊まりを。それとまあ、妻には嘘をつきたくないので、妻とできれば息子には真実を告げてもよいかな」
「ありがとうございます! もちろんです」
いやだと思っても体は正直に魔石を作る。その魔石は瘴気で苦しんでいる人がいるんだよと真紀と千春に話しかける。ドワーフ領の人たちはいい人ばかりだった。背を向けても逃れられないなら、正面から立ち向かうのがいい。
でも。
やっぱり素直に戻るのは癪なのだった。
買っておいた明るい茶色のかつらを少年用にバサバサに切りそろえ、少し砂で汚れを付けた。リボンではなく、大ぶりの古いハンカチを額に巻き、買ってきてもらった古着を着る。ドワーフよりは大きい、それでも明らかに人間族の少年の出来上がりだ。
「おお、聖女様とはとても思えません。これでは坊がだまされても仕方がない。それにしても、どこかに女らしさがにじみそうなものだが、まるで本物の男のようにズボンをはきこなしておりますな」
エドモンが感心してそう言う。
「元の国では、女性がズボンをはくのは当たり前だったんです」
「学校に通う時は男女関係なく運動するしね」
「ほう、かの国とはやはり不思議なところなのですなあ」
「では、お城に行ってみます」
「うむ。城門から中に入るのに特にとがめられることもないのだが、門番に採用について尋ねたほうが早いし印象もいいはずです。しかし、誰か従者をつけたほうが……」
「かえっておかしいです。では行ってきます」
「行ってきます」
二人は元気に駆け出していった。そこには上品に振る舞っていた女性の姿はかけらもうかがえなかった。
「グルドが彼女たちをそのままにしていたとは思えないのだがな」
エドモンはぽつりとつぶやいた。




