作戦C
さて、こんな時は。千春はやはり少し困った顔をしてみせた。それを見てクライスが言った。
「カイダル、ナンパの常套句だぞ」
「なっ、俺はほんとに! どこかで」
そう言ってカイダルの視線は記憶をたどるように二人の髪から体へと移動した。
「確か黒髪……」
「さいてー」
「え?」
うっかり口にした千春だったが、
「ごめんなさい、初めてお目にかかると思います」
としとやかに答えた。
「すみません、いきなり失礼いたしました。私はこの二人の知り合いでカイダルと、そしてこちらがナイランと申します。あの、人間族の子どもたちを探しています。どこかで見かけませんでしたか?」
「この異郷の地ですもの、同族が、まして子どもがいたら気づくと思いますわ。残念ながらお見かけしておりません」
「そうですか……困ったな」
「なんだ、カイダル、そんなに気になるのか」
「列車で相席してずっと面倒を見てきたんだが、子どもだけでグロブルに行くと言うからさ。俺たちも兵と共に2日後に向かうんだ。どうせなら連れて行こうと思って」
「連れて行くって、従者か?」
「そう、それがいやなら賄いの下働きでも。急なことでミッドランドで人手が集まらなかったそうなんだ。自立心のあるやつらだから、あからさまに手助けしたらいやがるだろうし。冒険者になるには線が細すぎて」
「なるほどな」
「もう少し探してみる。お嬢さん方、失礼しました」
カイダルとナイランはすぐに店を出て行った。
「あんなに面倒見がよかったかな」
「大人になったんだろう」
首をかしげるクライスに、エドモンが答えた。
「あの、今の親切な方は」
真紀がたずねると、
「ああ、カイダルかい。冒険者をやってるから粗野な感じだが、この国の第三王子なんだ」
「「王子?」」
あれが? クライスは続けた。
「もともとドワーフの国では、鍛冶の腕が良くて民をまとめ上げることが王族の証だからね。王も、他の王子も立派な鍛冶師だよ。カイダルもね。あいつは鍛冶師が剣のことを知らないでどうするって言って、冒険者になった変わり種なんだよ」
「そうなんですか」
エドウィは王子らしい王子だったなあ。
「あなたたちも、ミッドランドの一行と一緒に動いたほうが安全なような気がするが」
「大事なお仕事の一行に、父の元に行くだけの女がついて行ったら迷惑でしょうから」
真紀は遠慮して見せた。
「いやいや、いや、男ばかりの兵や冒険者の側はかえって危険か」
悩み始めたクライスだった。
「本当に。困ったことがあったら必ず助けを求めなさい。2,3日は本店にいますからな」
エドモンはそう言って店の場所を教えてくれた。
「はい。ありがとうございます」
それからたわいもない話をし、干しりんごで香りと甘みが増したりんご酒を味わい、部屋の前まで送ってもらった。ドワーフ領は親切な人ばかりだ。
「カイダルが王子様だったなんて……王子……ぷっ」
「真紀ちゃん、失礼だよ。あんなにいい人なのに。でも……くふっ」
部屋に帰ると、二人はしばらく笑い続けた。
「いや、いや、あんなにも親切に、ノーフェとシュゼを探してくれてる人だよ。見かけはともかく、中身は間違いなく王子だね」
「見かけはともかくって、カイダルかっこいいよ?」
「千春……。マッチョ好きだったっけ」
「どちらかといえばね。だってさ、結構濃い赤毛の髪が波打ってライオンみたいだし」
「赤いライオン。ぷっ」
「秀でた額に、ほりの深い顔立ち。明るい茶色の瞳」
「まさか千春……」
「いや、一般論としてさ。むしろ真紀ちゃんの好みじゃない?」
「うん? 確かに! 気づかなかったよ! ごまかすのに必死でさー。そうだ、カイダルは一般論としては確かにかっこいい」
真紀も同意した。
「探させて悪かったね……」
「うん……」
ちょっと罪悪感はあった。笑ったことも含めて。
「それよりさ、作戦Bだよ。失敗だったね」
「あんなに注目されるとはね」
「これからどうしよう」
二人はベッドに寝転んで考えを出し合った。
「ま、こうなったら作戦Cでしょうね」
「そうでしょうね」
「しかしですよ、千春」
「何でしょうか」
「作戦Cだけじゃ、だめなんだ」
「そうだね」
「私たちはどこへ向かうべき?」
部屋の木目の天井を見る。千春が声を出す。
「1、鳥人に獣人領に連れてってもらう」
「はーい、千春先生。鳥人に囲まれて大変な未来が思い浮かびました」
「2、鳥人にエルフ領に」
「はーい、千春先生。たぶん連れてってくれません」
「ミラガイアめ。では3、兵を追いかけてグロブルに行く」
「ありだと思います」
「4、兵のきた道を戻ってのんびりドワーフ領を楽しむ」
「ありです」
「5、自分たちのきた道を逆走する」
「ありです。コライユで温泉に一週間くらい、いいね」
「いいねえ」
のんびりできるだろうなあ。でもね。
「あそこはもう瘴気は薄くなってる」
「うん」
「グロブルまではまだ瘴気が濃い」
「うん」
「じゃあ、目的地。せーので言うよ?」
「「せーの」」
うなずき合う。
「「グロブル」」
だよね。
「これ、なんだろね」
「日本人気質? がんばっている人がいるのに、自分だけ楽しめない」
「社会人だからかもね。やるべきことを放り投げてはいけない」
「社会人かあ。12日ほど休暇を取ったと思えば納得できるか」
「楽しかったなあ。大半保護者がついてたけどね」
「むしろのぞかれたけどね」
「王子にね」
「ぷはっ」
またしばらく笑い転げた。
「さあ、ただでは戻らないよ」
「うん」
「エドモンさんを頼ろう」
「そうしよう」
明日のために、今日はゆっくり休もう。でも、
「ぷはっ」
「千春?」
「あの時の真紀ちゃんの顔……まつげパチパチしてさ」
「もー、私だってあれが受けるとは思わなかったよ……ぷはっ」
眠りに就くまではしばらくかかった。
ドワーフの城では、エアリスが千春から預かった袋を握りしめていた。
「こんなにたくさんの魔石。あんなに魔石の生成を嫌がっていたのに自分から瘴気の濃い場所をてんてんと。なんと責任感のあることか。チハールよ、苦しんでいないか。せめてそばにいてやりたいのに」
サウロは袋を手渡したまま嘆くエアリスを眺め、
「エアリス、苦しんではいないぞ。むしろ楽しんでいた。」
「いやいや、戻りたくても戻れないのではないか? 路銀は?」
「むしろ増え」
「変な男にひっかかってはいないか?」
「……」
引っかかってはいた。まあ、何を言っても無駄かなとサウロは思った。ただ、面倒なのでちょっと早く戻ってきてくれないかなとも思うのだった。
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