戻した日が召喚記念日
「なんだこれは」
王とドワーフが来たのはそんな状況の時だ。地面にへたり込んだ黒髪の少女が二人、そして先に来ていた2人は呆然としてかつ汚物まみれだ。
「酒くさい」
ドワーフがつぶやく。
「どうやら今代の聖女は、酒を飲める年齢のようだな」
右往左往する神官たちに、王は声をかけた。
「聖女は具合が悪そうだ。ともかく部屋にお連れしてきれいにしてさしあげろ。エアリス、ザイナス、とりあえず風呂に入ってこい。話は執務室で聞く!」
神官と騎士たちが動き出した。また、半年間無為に待機していた侍女2人が張り切っている。
「騎士さま方、聖女さま方に肩を貸してくださいませ」
「抱き上げたほうが早いのではないか」
「抱き上げた途端にまたお戻しになることでしょう。揺らさぬように、そっとでございます」
そうしてほぼ意識のない真紀と、こんなときまで意識はしっかりしている千春は、情けなくも部屋に連れて行かれたのだった。確かに、と千春は思った。人生初めてのお姫様だっこが、酔っ払いの介抱ではさまにならないではないか。
てきぱきと暖かいタオルでぬぐってもらった二人は、柑橘系の香りのする水分をとらされ、浴衣のような寝巻に着替えさせられ、
「とりあえず話は明日で」
とベッドに入らされたのだった。別々の部屋にされるところを千春が抵抗し、二人でも余るほどのベッドに二人で休むことになった。布団に落ち着いたのを確認して、侍女が挨拶をした。
「ご用の際には、枕元のこのベルを鳴らしてください。ではお休みなさいませ」
「あの」
「なんでございましょう」
「ありがとう」
千春は小さい声で言った。侍女はニッコリして出て行った。
真紀は隣ですぴすぴ寝息を立てている。
「大物だよ真紀ちゃんは。とりあえず明日が土曜日でよかった」
何が何だかわからないけれど、異世界召喚典型の無理なことを頼まれたわけでもない。見知らぬ真紀ちゃんを思わず高い高いするほどには優しい人たちであるらしい。何があるかわからないけれど、と千春は考えた。こんな時は、眠るに限る。
間もなく寝息は二つになった。廊下で聞き耳を立てていた大勢の者たちは、ほっと胸をなでおろした。
「それではいったん執務室に戻るか。セーラ、君も来なさい」
「はい」
王が侍女に声をかけ、合図をすると、二人の護衛がドアの両側についた。それを確認して執務室に向かう。執務室には、まだ生がわきのエルフと獣人が渋い顔で待っていた。他に宰相、王子、そして王とドワーフ、侍女のセーラと言う面々だ。みなそろったところで王が口を開く。
「さて、二人とも前髪があってわからなかったが、どちらに聖女の印があった、セーラ」
「それが」
侍女のセーラはためらった。
「なんだ」
「その、お二人ともでした」
とたんに神殿に行っていない王子と宰相が声を上げた。
「なんと! 今代の聖女は二人か!」
「どういうことだ。前例がない」
王はまた眉間をもんだ。
「今回は現れるのに半年もかかったことと言い、異例ずくめだな。宰相、なにか神託はあったのか」
「特には報告を受けておりません」
「と、いうことはだ。要は聖女が二人。浄化も2倍。あるいは一人が半分の力かもしれないが、ともかく、前聖女が質素に暮らしていたおかげで、聖女予算は十分に残っている。今代は二人になった分各領で多少分担が増えるかもしれないが、まあ出せる範囲でやればいいだろう。問題なし。以上」
「明日からの対応はいかがなさいますか」
「聖女マニュアルの通りだ。一ヶ月か、下手をすると半年ほどは悩み、受け入れられぬだろう。とにかく精神を病まぬよう、静かに、落ち着いて暮らさせる」
そこに渋い顔をしていたエアリスが口をはさんだ。
「こうなって見ると、二人でよかったのかもしれん。お互いに知り合いのようだったし」
「獣人を怖がらなかった」
ザイナスがそう言った。エアリスがふむ、とあごに手を当てた。
「そう言えばそうだな。もしかして今代は獣人国にも来てもらえるかもしれないぞ。高い場所を喜んでいるようだったし、飛行船も大丈夫かもしれん。いや、むしろ獣人国に一人、エルフ領に一人でも」
「エアリス、先走るな。まったくあなたは300歳を超えても落ち着きのない……」
「しかしな、アーサー」
「とにかく、かの国の女人は静けさを好む。無理強いは禁物だ」
「う、うむ」
「しかしな」
ドワーフがふとつぶやいた、
「何だ、グルド」
「静かな女人が、吐くほど酒を飲むかな」
「言うな」
「気づいておったかよ、アーサー」
王はまた眉間をもみ、ザイナスとエアリスは顔をしかめた。確かに、衝撃的な体験ではあった。
「まあ、世界をまたいで召喚されたのだ。体調も悪くなろうよ」
「そういうことにしておくか。なんにしろ、そろそろ王宮暮らしも飽きておったところよ。面白くなってきた」
王とグルドは言葉を交わす。
「明日、二人の体調を見て、話ができるようなら話をしよう」
そこで解散となった。部屋を出ると、王子はエアリスに尋ねた。
「ねえ、エアリス、聖女はどんな方でした」
「どんなと言われてもなあ。まず見た時はうつむいていたし、転びかけて支えた時は後頭部しか見えなかったし、一瞬こちらを向いたかと思えば戻しただろう、小さかったことと黒髪だったことくらいしかわからん」
「小さくて黒髪はかの国の特徴でしょう。聞かずともわかります。それ以外ですよ」
「酒くさかった」
「では成人しているのか。私とつりあいは取れるのかな」
「王子よ、聖女は子をなさぬ。王家との婚姻は問題外だ。それに王子には早い。まだ18歳だろう」
エアリスはぴしゃりと言った。
「一応成人はしています。子をなさぬと神託があったわけでもない。歴代の聖女がそうだったからと言って、今代がそうとは限らないでしょう」
「まあ、夢を持つのは自由だから。ザイナス、うれしそうだな」
「うむ。久しぶりに聖女に触れた獣人となったからな」
「昔の聖女のほうが獣人を怖がらなかったのは不思議なことだな。私にはどうかな。少なくとも、退屈はしそうにないな」
「そうだな」
子ども扱いされて不満げな王子と共に、三人は自分の部屋に向かう。明日はちゃんと顔が見られるだろうか。エアリスがふと気付くと、すでに王宮の空気は澄み切っていた。