結果は
それでも、領都の近郊でとれた野菜や山鳥のグリルを味わっていると、人目など気にならなくなってくるのであった。先ほど店の人から勧められた、甘さ控えめで少しアルコール度数の高いりんご酒が、くせのある山鳥にとても合う。
デザートは窯焼きのスフレだ。
「急いでお召し上がりくださいね」
とあらかじめ言われていた通り、スプーンを入れた途端にかさを減らしていく泡のようなスフレを、あつあつのまま味わい、口溶けを楽しむ。ふと一息つくと、見られていました。見られていましたとも。二人で至福の顔をしながらもくもくと食べていたさまを。
「千春、急いで食べすぎとか思われてないかな」
「それであきれて視線が減ればもうけものだよ」
「確かに。げっぷでもしようか」
「不採用!」
最低限のラインはあるでしょう、真紀ちゃん。
「食後の飲み物はぜひあちらの席でと、エドモンさまからです」
食べ終わったタイミングで、店員がテーブルに来てくれた。
「エドモンさまはこちらの常連なのです。よいかたですよ」
そっと教えてくれた。真紀と千春は少しほっとしながら、店員に導かれてエドモンの席に移動した。
「よくおいでくださった」
「こちらこそ、ありがとうございます」
「早速だが、飲み物を選ぼうか。特産のりんご酒は味わいましたかな」
「はい、さきほど。甘みが多いのも美味しいですが、こちらはすっきりとした味わいで料理が一層引き立つようでした」
「ふむ、それではこちらのりんご酒はいかがだろうか。その甘みの少ないりんご酒に、皮つきの干しりんごを入れて二時間ほど置いたものなのだが、とても香りがいいのだよ」
「ぜひお願いします」
二人は顔を輝かせた。
「ではその間にこちらを紹介しておこう。息子のクライスだ」
「クライスです。お見知りおきを」
「アンと」
「メアリーです」
さすがにマキとチハールとは名乗れなかった。
「エドモン商会は主に皮製品を扱っているのだよ。浮遊石を使ったカバンは知っているかい」
エドモンは安心させるように言った。
「ああ、そうだったんですか。もちろん使っています。旅の大事なお伴ですわ」
「ほうほう、それは」
エドモンはにこにこ笑った。息子の方が、
「だから新しいものにはとても興味があります。最近の人間領の様子はどうですか」
と聞いてきた。息子はカイダルくらいの年ごろだろうか。くるくるした赤毛を自然に後ろに流した、すっきりした男前だった。
「そうですね、ここに来る前にミッドランドの港町に寄ったのですが」
と、真紀と千春は、おそらく商売に役立つことを知りたいのだろうと思ったので、ミッドランドの港町で見た人々の服装やかばんの様子、城での貴婦人の様子などを思い出しながら話をしていった。
エドモンはこちらの聞きたいことを的確にとらえて、興味あることを選んで話す二人を感心しながら眺めていた。保護者、というか連れのいない女性二人など危なっかしくて見ていられなかったので思わず声をかけたのだが、思いもかけず楽しい時間が過ごせそうだ。
「なるほど、ところでお二人は、ドワーフの国には観光ですか」
真紀は千春にちらっと眼をやった。うん。
「父がグロブルにいますので、それで」
「グロブル! ああ、魔石商ですね」
「そんなようなものです」
「馬車はどちらの商会の物を?」
「あの、乗合で」
「それは危険です!」
さらに聞きたそうなクライスだったが、千春は困ったような目をエドモンに向けた。お願い。
「さあ、クライス、お譲さんたちが困っているぞ。そのあたりで」
クライスは不服そうに口をつぐんだ。
「なあ、アン、メアリー、ここまで無事に来られたようなので自信があるのだろうが、ここからグロブルに行くなら荒くれ者も増えます。どうも視線に無自覚なようだが、ここらでも人間族の女性、特に若い女性はとても目立つのでね。息子もそれを心配しているのだよ」
「そうです。よろしければ馬車と護衛をこちらで選んで差し上げましょうか」
「まあ」
千春はちょっと困ったように首をかしげた。
「ありがたいのですが、そこまでしてもらうわけには……」
そう言って目を伏せる。クライスは身を乗り出すようにして、
「いえ、異国の地で困った方がいたら助けるのは当たり前。ぜひ頼ってください!」
と力強く言った。なんてかわいい人なんだ。商売で人間領にも行くけれど、こんなに小さい人はめったに見ない。そりゃあドワーフよりは大きいけれど、私よりは小さい。それにあの華奢な首と肩。抱きしめたら折れそうだ。そんなことがクライスの頭で展開されてるとは知らずにいる千春だった。というかその場にいるドワーフはほぼ全員同じことを考えていたに違いない。
「ありがとうございます。しばらくは領都にいようと思っていますので、グロブルに向かう時はお世話になるかもしれません」
真紀は当たりさわりなくそう言った。その時、店のドアが開く音がしたと思ったら、ざわめきが少しおさまった。それを見たエドモンが言った。
「珍しい、城の三男坊とお目付役だ」
「三男坊?」
千春が何のことだと思った瞬間、
「なあ、ここに人間の子どもが二人来なかったか。14歳の兄と12歳の妹、くすんだ金色の髪をしている」
知ってる声だ。まずい。いや、わからないはずだ。
「申し訳ありません、カイダルさま、お客様についてのお問い合わせにはよほどのことがなければ答えられません」
お店の人がていねいに答えている。カイダルは少し苛立ったような声でさらに言った。
「よほどのこと? ドワーフ領に子ども二人旅だぞ? 心配なだけだが、それはよほどのことには入らないのか」
クライスがクスッとした。
「人間族の二人旅、どこかで聞いたような話ですね」
「ええ、本当に。親切な方もいらっしゃるものですわ。でも案外息苦しくて逃げ出したのかもしれませんわね」
真紀は意味ありげに答えた。
「これはこれは。息苦しくなんてさせませんので、安心しておまかせを」
そんな話をしていても、耳はカイダルのほうを向いている。
「仕方ありませんね」
仕方ないのか! 教えちゃうの? 店員さん。
「それらしい方なら、昨日の昼にランチを取りにいらっしゃいました」
「子ども二人でか」
「ええ。しかしマナーもしっかりしてどこぞの貴族かと思うほどでしたよ。しっかりワインもたしなんでいらっしゃいましたし」
そこまで言っちゃう?
「間違いない。ノーフェとシュゼだ」
どのポイントで確信した? 内心での突っ込みが止まらない千春だったが。
「しかし、その二人はそこからお見かけしてはおりませんよ」
「くそっ、2,3日待てと言ったのに! 3日くらい待てないのか!」
すみません。2日は待ちました。そんなやり取りの後、足音はこちらに向かってきた。
「エドモン、クライス!」
「坊、久しぶりですな」
「珍しいなあ、領都にいるなんて」
「ま、親父の言い付けでな」
知り合いだった! カイダルがこちらにやってきた。大丈夫、大丈夫。だって化粧もしてるしね。
「お連れがいたか。失礼した」
カイダルは礼儀正しくそう言った。
「あれ? どこかでお会いしたことが?」
ありますとも。具体的には一緒に旅をしていましたよね。絶対言いませんが。




