決行、そして
そもそも、子どもだからお酒が罪悪感なしには飲めないのだし、子どもだから心配される。
もともと城から逃げ出すための方法として子どもに変装していたのだ。それなら大人に戻ればいいじゃない? 名付けて「人間の女性として、普通に変装する作戦」略して作戦Bだ。
二泊して、カイダルからの連絡は来なかった。おそらく本来の仕事が忙しいのだろう。ただでさえ真紀と千春のせいで彼らの日程は遅れがちだったはずだ。二人は申し訳なく思っていたので、連絡がなくてほっとした。
「見知らぬ子どもなんかに構っている場合じゃないんだよ」
「真紀ちゃん……」
真紀は自分に言い聞かせるように言った。少し寂しくもあったのだ。
しかし、それを幸い、二人は今の宿を出て、新しいところに移ることにした。食事がおいしかった「白百合館」だ。名前が由来かどうかわからないが、客にはドワーフの上品な女性も多かった。ここなら女性でも大丈夫だろう。
まず宿で服だけ城で使っていた女性用のものに着替え、ローブをはおって宿を出る。髪型を整え、町の婦人服専門店に行く。ここからは千春の出番だ。
「せっかくドワーフの都に来たのだから、ドワーフの衣装をあつらえたいの。でも時間がなくて、なんとか今すぐ着られる服はないかしら」
「妹さまのほうは人間族にしてはお小さいのでなんとかなりますが、お姉さまのほうはたいていのドワーフの男性より大きいので……。そうだ、そのミッドランドのご衣裳を生かして、こちらの国の前開きのワンピースを重ね着風にしてはいかがでしょう。お二人とも幅は少しばかり足りな、いえほっそりとしていらっしゃるので、これなら丈が短くても十分着こなせるかと」
「素敵ね。いくつか合わせてもらってもいいかしら」
確かにドワーフの女性はボリュームがあってスタイルがいい。合わせてみると、いかにもドワーフの国に来てはしゃいでいる風の若い二人の人間の女性が映っていた。いいんじゃない? そうして一人2着ほど服を買い、ついでに、
「少しお忍びで出かけたくて。かつら、なんてないかしら」
「ありますとも!」
とかつらもそろえた。
「なにしろドワーフと言えば赤毛。目の色は茶色。目の色は変えられませんが、髪色ならなんとかなりますでしょ。ドワーフの女性にかつらはおおはやりなんですよ」
何と都合のいい。それでも金色やくすんだ金色はやりすぎらしく、さまざまな茶系の色がそろっていた。
店長さんは力強く言った。
「明るい栗色がお似合いですよ。お客様の濃い目の色にもぴったり。あら、よく見ると黒、ですか?」
「ほら、よくすかして見て。私たちの目ってとび色なの。こないだ聖女様がいらして、なんでも目の色が黒なんですって。一緒なんて恐れ多くて」
「わかります、わかりますよ。でも聖女様がいらしてくれてよかった。領都もだいぶ瘴気が薄まっているんですよ」
「人間領もなの」
「まさに、聖女さまさまですね」
「ほんとに」
明るい栗色と、さらに明るい茶色と二つかつらを買い、ミッドランドで着ていた重ね着の上のほうは荷物になるので売ってしまった。鏡を借りて、軽く化粧をし髪形を整えると、
「まあ、なんて素敵なんでしょう。このミッドランド風の着こなし、はやるかもしれないわ」
と店長に言われるくらい、かわいらしい女性が二人、出来上がっていた。額は隠さなくてはならないから前髪を下ろしているためか、おそらく年齢よりはだいぶ若く見られるだろう。それでもドワーフの女性よりは大きいため、千春でも十分大人に見えた。これなら酒を飲んでも何も言われまい。久しぶりの女性の格好に少し気を緩ませることができた。
うきうきして店から出た真紀と千春の前に、鳥人が下りたった。サウロだ。
「今日だ。今日ミッドランドから兵が来る」
「どうしてなの?」
「ダンジョンの魔物が増え過ぎて冒険者が足りない。冒険者を急に増やすわけにいかないので、人間領の兵を借りることにしたんだ」
「ドワーフ領の兵は?」
「この大陸の三領では、獣人もエルフもドワーフも人間に比べてはるかに身体能力が高い。しかし、剣の扱いがすごく苦手なんだ。かろうじてエルフが弓を使うくらいで。だから領内で役に立つものを集められないんだ」
「鍛冶の国なのに」
「農業、料理、本来はそういうものらしい。なあマキ、チハール」
珍しくサウロが困った顔をした。
「エアリスが心配してる。正直、エルフなんぞ好かないし、長は聖女を取り合ってエアリスとは仲が悪い。けど俺は」
俺は?
「いわば同士なんだ。最初は仲が悪かったけど、お前たちのことをよく話すようになって、城にいた時はお互いにマキとチハールの情報を交換してたし」
引くわー。もしかして会員番号1と2なの?
千春は真紀と顔を見合わせた。それはそれとして、優しいエアリスには心配をかけたくはない。千春はかばんから両方の手のひらに乗るくらいの袋を出した。
「これ、エアリスに。無事だって伝えて」
「なあ、領都にいるって」
「言わないで! まだ、もう少し自由でいたいの」
「わかった。また来る」
腰のかばんに大事そうに袋をしまうと、サウロはバサッと飛んでいった。飛んでいくサウロを見送り、視線を町に戻すと、たくさんの人が真紀と千春に注目していた。目立ってどうする! まったく鳥人は! 二人はぷりぷりしながら急いでその場を去った。
「めずらしいな、人間の娘だ」
「ちょっと大きいけど、かわいかったなあ」
「いや、あれは細すぎだろ?」
「いや、細いったって出てるとこ出てたし」
「見たか、あのほっそいウエストからの腰からのライン」
「見た見た」
「あと茶色の髪」
「細いあご」
「「いい」」
「「いいな」」
鳥人が注目されていたわけではなかった。男たちはしばらく大騒ぎだった。
「見た?」
「大きすぎるわよねえ」
「貧相、って言えるかも」
女たちはクスクス笑った。でも。
「見た?」
「あのウエスト」
「ないわー」
「うらやましい」
「あとワンピース。重ね着って、素敵じゃない?」
「そうよ、あのすそからのぞくクリーム色がかわいかったわ」
「ちょっとあのお店屋さん行ってみない?」
「行ってみましょう」
女たちも大騒ぎだった。そのくらい領都まで来る人間の若い女はめずらしいことに、真紀と千春は気づかなかったのだ。
無事宿を取り、白百合館で夕食を取ろうとしていると、注文の前にドワーフの上品なおじさまがやってきた。裕福な商人と言ったところか。
「お美しい人間族のお嬢さんがた、見たところお二人のようだが、どうだろう、私たちとご一緒しませんか」
真紀と千春は驚いたが、
「せっかくですが、結構です」
と断った。
「では、食事の後に一杯だけいかがか。私には妻がいますのでな、むしろ私といたほうがよいかと思って声をおかけしたのだが」
というと、ちらりと目線を横にやった。不思議に思ってそちらを見ると、若いドワーフの男と目が合った。ぱっと眼を輝かせて寄ってこようとするが、商人風の男に目で牽制された。
よく見ると、ものすごく注目されていた。し、視線が痛い……。
「あの、ありがとうございます。それでは食事後にぜひ」
「よかった。私はエドモン商会の代表、エドモンという。食事が終わるころまた声をかけましょう」
エドモンは奥のテーブルに戻って行った。もう一人、少し若いドワーフと食事をするようだ。
「真紀ちゃん、なんだろ、この注目度」
「人間が珍しい?」
「いや、だって子どもの姿の時は割と当たり前に受け入れられてたよね」
「私たちがきれいだから?」
真紀があごに手を添えてポーズを取り、まつげをパチパチさせた。千春はおかしくて飲んでいたりんご酒を吹き出しそうになったが、危うく阻止した。だってこのりんご酒、甘みの少ない特製のものなんだもん。もったいない。それより何で今どよめきが起きた?
「まさかさ」
千春は少し自分の声が震えたような気がした。
「ほんとにもててる?」
「驚くことに」
真紀は下を向いて眉間をもんでいる。アーサーか。
「私たちさ」
「うん」
「目立っちゃだめだよね」
「うん」
どこで間違えたのだろう。
答え。作戦B。
次の一手は!




