作戦B
明日は更新おやすみです。
エアリスが来る! 千春は驚いた。ミッドランドはアーサーの国だ。聖女としてまずドワーフの国に行くという話にはなっていたが、エルフの国は後回しだったはずだ。兵をダンジョンに派遣すると言う話も初めて聞いた。
詳しく話を聞きたいが、今はそんな場合ではない。
「何かあったらすぐに合図をしろ。いつでも遠くに連れて行く」
「わかった、ありがとう」
「かばん、ありがとな」
サウロとサイカニアは腰のかばんを軽く叩くとにこっと笑い、カイダルとナイランをちらっと見てさっと飛び去った。
「ノーフェ、シュゼ、お前たちなんで……」
疑問を口にするカイダルに真紀と千春はこう答えた。
「あれが知り合いの鳥人だよ。オルニは友だちなんだって」
「カイダルは知らないの? ミッドランドでは鳥人はよく子どもと遊んでくれるんだよ」
「そうだったか?」
確かに港町では鳥人は多く飛び回っていたが。
「さ、宿を紹介してくれる?」
「お、おう、馬車の発着所のすぐそばなんだよ」
そこは大きな宿屋だった。
「小じんまりした宿屋もいいけど、ここは大きいだけあって設備はいいし、干渉もされねえ。比較的安全だしな」
「ありがとう、ここにするよ」
「無茶すんなよ」
「カイダル、ありがたいけど、あんた俺たちの面倒を一生見るわけにはいかないんだぞ。手を離してくれないと、困るのは俺たちなんだ」
「しかし」
「カイダル」
ナイランがまた止めてくれた。
「じゃあな、とりあえずうろこを売りに行くよ!」
「またな」
カイダルは心配顔で去って行った。ガイドもない、知らない国に二人きり。言葉が読めて書けるから何とかやって行けるけど、ドワーフがついてきて面倒を見てくれて本当にありがたかった。けれども、14歳の男なら、こうやって自立心を見せなければならないんだ。そんな14歳を演じるかっこいい真紀を千春はクスクスしながら見守った。
さて、宿屋は広かった。二階建て一階部分の半分と二階全部が客室になる。残りは食堂兼酒場だが、広いために酔っ払いに絡まれることもなさそうだ。
「さあ、千春、どうする?」
「もう作戦Bに移るしかないと思う」
「もうか。そうするしかないか」
「そのためにも明日は町に出なきゃね」
「そうしよう」
ようすを見るために、少し遅い時間に食堂に行ったが、特にマナーの悪い客はいないようだった。スープとパンと肉の煮込みのしっかりした夕ご飯のときに、
「ねえ、俺14なんだけど、酒行ける?」
「飲めるのかい? お勧めはしないけど、特に年齢の制限はないよ」
「じゃあ、何がある?」
「やっぱり定番のりんご酒だけど、ここの奴は酸味がきついのが特徴だよ。あとはね、人間領からエールが入ってるよ」
「じゃあ、エール2杯」
「あいよー」
まず酒が来た。
「さあ、やっと自由だ!」
「こっそりね。乾杯!」
カツンと木のカップを合わせた。お城にいた時はワインは飲ませてもらえたが、エールは出なかったのでこれが初めての体験だ。
「あー」
「いい」
ほのかに口の中で泡立つエールは、冷たくはないが麦の香りがしてほろ苦い。ごくごくと飲んでしまうのはもったいないので、じっくり味わって飲んでいるうちに食事が来た。
まず肉の煮込みを食べる。こぶし半分ほどもある脂身の少ない肉はほろほろとくずれる。一緒に煮込まれた根菜もごろっとしていて柔らかい。それをナイフとフォークで崩して食べて行く。合間にエールを一口。そして煮込み。最後にパンで煮込みの肉汁を全部こそげてごちそうさま。
二人が食事をしている間に、食堂の半分は酒を飲む客になっていた。
「見て、真紀ちゃん、女の人も結構いる」
「ほんとだ。さすがに人間の女の人はいないけれど、ドワーフの人たちは普通に飲んでるね」
「日本の居酒屋くらいの割合かな」
「そうだね。これなら作戦Bはいけるね」
「いける」
次の日、宿屋にもう一泊することにして、二人は町に出た。宿の人に聞くのも変な話だけど、人間が多く泊まっている宿屋や、少し高くても評判のよい宿屋について教えてもらっておいたのだ。
やはり冒険者や商売の人が多いので、鍛冶屋街の側に宿屋が多い。ただし、場所をしっかり選ばないと気の荒い奴も多いから気を付けるように言われた。
午前中は店をめぐって、ガロンスの雑貨屋のおじさんに教わった道具屋さんを見つけ、うろこをだいぶ買い取ってもらった。
「内陸の領都ではめったに見ない素材だからねえ。そもそも人魚はうろこをほとんど売らないんだよ。よく持ってきてくれた」
大喜びで買い取ってくれた。人魚の親愛の印だけれど、荷物になるからしょうがない。一枚1万ギルで、200枚以上あったと言ったらわかってもらえるだろうか。もちろん、記念にいくつかは残してある。その現金が多くなりすぎたので、今度は商業ギルドに貯金に行く。マキとチハールの名前で聖女だとばれずにちゃんと口座を使うことができた。
お昼前だけれど、店先の大きな鉄板で焼いている焼き菓子をどうしても味見したくなって買ってしまった。ぱりぱりしたおせんべいみたいなそれは甘みは強くないけれど、鉄板で焦がされた小麦の風味がしていくらでも食べられそうだった。2人で1枚しか食べなかったけれども。
そのあとは、鍛冶屋街に宿屋の下見に行く。宿屋お勧めの少し高級そうなお店を探して歩く。と、あった!
建物は立派な2階建てだが、入ったところは広いホールになっており、そこここに居心地の良さそうな木工のソファが置いてある。正面に階段、階段のやや左寄りにカウンターがあり宿の受付をしているようだ。右側の大きなドアは開け放してあり、食堂につながっている。客室は2階だ。
「君たち、何か用かな」
宿の従業員らしい年配の人が尋ねてきた。
「あ、俺たち、ちょっといい所でお昼ご飯食べたくて」
「そうか、少しばかり値が張るが、構わないかい?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあこちらへ」
真紀は千春を見た。うん。いいね。子供だからといって適当な対応ではなかった。
食堂は広く、テーブルには白いテーブルクロスがかけてある。ドワーフの建物らしく木目に白いしっくいの壁が明るい印象だ。テーブルの一つに案内され、
「こちらがメニューです」
とメニューを手渡された。おお! 食事が選べる。真紀と千春はじっくりと眺めた。海からは遠いので、魚はマスくらいしかない。その分、肉類がそろっている。
「俺は軽い魚のコースで。妹には羊肉のコース」
「お飲み物はいかがなさいますか」
「俺はエルフ領の白ワイン。妹には赤ワインをグラスで」
「承知致しました」
コースと言ってもハムなどの前菜、軽いスープにメイン、デザートの軽いものだ。真紀のマスは柑橘系のソース、千春の羊肉にはベリーのソースがかかっている。それがワインによく合う。
一見普通の子どもたちが、骨のある魚や羊肉を綺麗に食べている様子は実はかなり目立っていた。お忍びでお出かけなのだろうと、誰もがそう思うのだった。
「ここにしよう」
「そうしよう」
今泊まっている宿もいい宿だ。けれども、もうノーフェとシュゼはいなくなっていい。決行は明日。作戦Bだ。




