いい湯だな
領都グレージュは、ガロンスから見ると獣人領寄りになり、グロブルには大回りになる。しかしもともとどこというあてがあるわけでもなし、人の多い場所の方が瘴気を浄化する意味があるともいえる。
そう言い訳しながら、内心はお肉とお菓子を食べうろこを売るために領都に向かう真紀と千春だった。あんなに怪しかった謎の男はガロンスであっさりいなくなり、二人は首をかしげたが、その代わりに昼間はどこかしらに鳥人が見え隠れし、その腰にかばんがしっかりついているのを見て微妙な気持ちになりはした。
そして結局のところ、カイダルとナイランと四人旅になっていた。瘴気はその場所にいればいるほど浄化されるが、キリがないので一箇所一日だけですぐに移動している。
本当はカツラだってズレないとも限らないし、
「何より視線を合わせないようにするのが面倒。目の色を見られたくないもん」
「目の色は茶色だって言い張るしかないもんね」
「千春はいいよー、頼りない妹のフリをしてたらあんまりかまわれないじゃん。でも私はねー」
「カイダルね、すっごい話しかけるよね、真紀ちゃんに」
「人ごとだと思ってさ」
「楽させてもらってます」
「もう」
「まあまあ、明日は温泉の町コライユだよ。温泉と言ったらあれでしょう」
「ふふふ、既に仕入れはばっちりですわ。あとやっと髪が洗える」
まあ、りんご酒くらいならお風呂でも酔って倒れることもないだろう。しかし、千春はちょっと気がかりそうに言った。
「問題がないこともないんだけど」
「ん?」
「兄妹って、お風呂別々じゃない?」
「確かに」
「1人ならまあいいんだけどさ、カイダルの事だから、ノーフェは俺たちと一緒だ、なんてことに」
「ならないならない」
真紀はプルプルした。
そして真紀ちゃんは大変だなあとのんきにしていた千春も、今ちょっと困っている。
「ノーフェは俺たちと一緒。シュゼは俺たちが入口で見張ってるから、さっさと入ること」
「はあ? なんだよそれ、ちっともゆっくりできないだろ」
真紀が食ってかかっている。
「男だろ? ちょちょっと洗って温泉につかっておしまいだろ」
カイダルは情緒のないことを言う。
「何言ってんの? 温泉だよ? ゆっくりつかって、上がって涼んだらまたゆっくりつかってのんびりするもんだろ」
マキはあきれたように言った。
「まあ、坊やのほうが正しいよ、あんちゃん。温泉てのは、ゆっくり入るもんだよ」
宿の人がそう言ってくれた。
「あと俺、背中にちょっと傷があるから人と入りたくないんだ」
これは千春と相談して決めた設定だった。
「冒険者だって傷だらけだぞ。男なら気にすんな」
「そう言うことじゃない。そんな風に割り切れるほどおじさんじゃないからな」
「お、じ、さんって」
「カイダル。いくつだよ」
「まだ俺は120歳だぞ!」
「ナイランは?」
「25」
「ほらな? シュゼの見張りはありがたいけど、せかすのならやめてくれ。くつろげないだろ」
カイダルは悲しそうな顔で千春を見た。
「ゆっくり入りたいです」
がくっとなった。
山の中腹からわき出ている温泉は、段々畑のようにくりぬかれた岩肌に沿ってふもとの川に流れ込む。湯量が多いので、段々の中ほどの半分ほどは適温で入れる。その適温の部分に囲いを付け、各々で利用できるようになっているのだ。
地元の人たちはわざわざ囲いの中に入ったりせず、おおざっぱに男女や家族で分かれて利用するらしい。熱いお風呂が良ければ上のほうに、ぬるいのがよければ下のほうにという具合だ。
「地元の人だって家族でお風呂なんて当たり前だから、こっそり入ってきなよ」
「でも、もう14歳と12歳だし」
「おやおや、まだまだ子どもだよ。地元の人も先に家族連れや女性らしき人が入っていたら遠慮して別の場所に行くからさ、夜中はさすがにお勧めしないけれど、朝早く上のほうの風呂に行くとね、夜明けを見ながら入ることができるんだよ」
確かガロンスでは14歳と12歳はお酒を飲んでもいい年と言われた気がする。大人扱いされたり、子ども扱いされたり、なんだか何もかもゆるくてゆったりしているのだなと真紀は思うのだった。千春の目がきらきらしている。
仕方ない。温泉でお酒は今回はあきらめて、朝日を浴びながらシードルで乾杯しよう。
そのためにも夜はそれ以上ごねずに、大人しく一人ずつ温泉に入った。そしてまだ暗いうちに、二人でそっと宿を出た。山道を温泉の段々畑に沿って10分ほど登ったところがお勧めの場所だ。幸いなことに誰もいない。
二人はシードルの瓶をそっと抱え、温泉につかって明るくなる空を眺めた。湯の沸き出す場所に近いから、少しお湯は熱い。ふちに腰かけて体をさましつつ、時々はシードルを飲んで。何もかもから解き放たれて、体の中から自由になった気がした。
「さて、そろそろ上がろうか」
「そうだね」
その時
「……こっちからノーフェの声がしたような気がする」
カイダルの声がした。
「まて、カイダル、お前は心配し過ぎだ」
「しかし子どもだけでは危険で」
「少しはノーフェの考えも尊重し……」
地元の人は遠慮して来ない。しかし地元の人でなかったら?
「「あ……」」
せっかく昨日きれいに洗って乾かした髪をぬらさないようにまとめあげていた二人は、上がろうとしてちょうどお風呂のふちに腰かけていたところだった。カイダルとナイランの視線が一瞬二人の上げた髪に行き、そしてすんなりとした白い体に下がろうとした瞬間、
「きゃ!」
と奥にいた小さいほうが声を上げた。
「す、すまん」
二人はあわてて後ろを向くと、急いでその場からいなくなった。
「さ、今のうちに、真紀ちゃん」
「え」
「真紀ちゃん! 急いで着替えて、反対側から宿に下りるよ」
「反対側?」
「急いで!」
千春は真紀をせかして急いで着替えさせ、お風呂の反対側から急いで宿に下り、途中で人目をうかがいつつ、かつらをかぶった。まだ呆然としている真紀に、
「真紀ちゃん、たぶん私たちだってばれてないから。しらを切れば大丈夫」
「え、うん、しらを切る?」
「そう。かつらをかぶっていなかったし、そもそも女二人だから」
「うん、うん、そうだね」
どうにも真紀の動揺が激しい。
「しっかりして! どうせ私たちの裸なんて記憶に残るほど立派なものじゃないから!」
「いやいや、そこそこだよ」
その突っ込みがあれば大丈夫!
「よし、大丈夫だね」
「うん、ごめん」
「じゃあ、朝のお風呂楽しかったって感じで。きゃっきゃっとしながら帰ろう。もちろん、誰にも会わなかった」
「会わなかった」
さて、ひと芝居だ。
R15くらい?




