気にしなければ気にならない
「まずあの鳥人は違うよね」
真紀は重ねてそう言った。千春はちょっと考えて答えた。
「鳥人はサウロによる鳥人ネットワークでしょ、城からとは別だと思うよ」
「マキとチハールには自由でいてほしいと言っていたくせにさ」
「サウロも自由に行動した結果だよね。それはもうあきらめてるから」
千春はため息をついた。鳥人については抵抗するより少しでも付き合ってあげたほうが早い。しかしはっきりものを言うことが苦手な日本人にとっては苦手なタイプだ。前代の聖女の苦労がしのばれた。
「正直、アーサーやエアリスが気づいていたとは思わないんだよ」
「じゃあ」
「「グルド」」
「だよねー」
グルドは街を観察する私たちをいつも温かく、そして注意深く見ていてくれた。おそらく城出することも予想していたに違いない。
「じゃあ、カイダル?」
「あれはただの面倒見のいいドワーフだと思う」
「ナイラン」
「似たようなもの」
「5人目の男」
「のような気がするよ」
遠くから見守り、さりげなく手助けしてくれていた。
「真紀ちゃんさ、完全に自由になりたい?」
「んー、正直今の段階でも息苦しいとは思う。謎の男はともかく、カイダルとナイランはちょっとうっとうしい」
「うーん、結構強引だったよね」
「子どもなんてほっといてくれたらいいのに」
「まあ、そういうわけにもねえ」
千春はふふっと笑う。だって真紀だって反対の立場なら面倒を見ようとするに違いないのだ。
「正直、こんなに瘴気が濃いとは思わなかった」
「それはそう」
峠を越えたときすでに一つ、魔石を生成していた。そしてすでにもう一つが大きく育っている。
「一日一個、三日で三個」
「三個生成しても二個減ったりしないしね」
「一ヶ月いたとして、相当かさばるな。売れないのが痛い」
「早くうろこを減らさないと」
「うろこ」
千春の目がうつろになった。
「人魚怖い」
「鳥人の上をいってたね」
今日は長かった。
「やっぱり、ハマナス酒も飲もうか」
「飲もう」
ハマナス酒はちょっときゅっとするくらいすっぱいけれど、ほのかに甘くて、小さいころかじって苦かったほおずきのような味がした。ゆっくり一口ずつ味わいながら今日を思い出す。いや、今日は思いださないでおこう。
千春が真紀を見ると真紀も苦笑いをしていた。千春はこう言った。
「何もかもから逃げ出すつもりなら、今こっそり宿を出て鳥人に遠くに運んでもらえるよ」
「そしてまた世話好きなドワーフにつかまるんだ、きっと」
真紀はうんざりしてそう答えた。
最後の一口は名残惜しい。真紀はこう結論付けた。
「今楽しく先に進んでる。それでいい」
「うん。明日からも酒の調達よろしくね」
「がんばる!」
そうそうに潜りこんだのは久しぶりに一人ずつのベッドだ。疲れて沈むように眠りに就く前、千春のまぶたに思い浮かんだのは心配そうなエアリスの顔だった。元気にしてるよ。大丈夫。
朝ご飯はさっぱりした野菜のスープと何かのお肉一枚、パンは一個にジャムがつくが、パンのおかわりは自由だ。千春は肉に真剣に向き合っていた。ひき肉に野菜のみじん切りが入っていてぎゅっと固められている。それを焼いてスライスして出している。ミートローフか。ハンバーグのようにジューシーではないけれど、ぎゅっと詰まった肉にハーブの香りがきいておいしい。うん。いける。
「内陸ではソーセージは食べなかったのか」
真面目に食べている千春を見てカイダルが余計なことを聞く。
「それぞれの宿で味が違うだろ。シュゼはご飯が大好きなんだよ。いちいち気にしてたら毎食どう思うか聞く羽目になるぜ」
代わりに真紀が答えた。
「けどな、なあ、ナイラン、これ内陸の」
「カイダル、飛行船、どうだった?」
なおも聞こうとするカイダルをさえぎるように真紀が聞いた。
「ひ、飛行船?」
「俺たちのような庶民や冒険者は普通のらないだろ? すげーなって昨日思ってたんだ」
へえ、切り返した。やっぱりごまかせてなかったか。あわてるカイダルをよそに、ナイランは内心ニヤリとした。おもしろい。
「ま、まあ、すごかったぞ」
「へえ」
「さ、妹がご飯を食べ終わったようだぞ」
「あ、ほんとだ。カイダル、ナイラン、俺たち今日はここで鳥人と会ったり町中を見たりして過ごすから」
「あ、ああ、わかった」
子どもたちは二階に戻って行った。
「ノーフェの勝ちだな」
「反撃されるとはな」
「言い訳が下手なんだよ、カイダルのさ」
「とっさに出ちゃったんだよ」
カイダルは頭をかいた。
「さて、俺たちはこの町には用はないから、子どもたちを見守るかあ」
「だな」
真紀と千春は朝ご飯がおちつくと、約束通り鳥人に会いに宿の外に出た。二人とも大きなカバンを置いて、小ぶりのカバンを肩かけにしている。
「よく来た」
鳥人はそわそわしながら待っていた。
「俺はオルニ。こっちはプエル」
「えと、ノーフェとシュゼって呼んで」
「マキとチハールではなく?」
やっぱり知っていた。サウロとサイカニアのように、プエルも女の人だった。
「うん、お忍びだから」
「わかった。どこに運ぶ?」
「少し高いところに行って、この付近の地形や町を見たいんだ」
「私はこの町の周りを少し運んでもらうだけでいいの」
真紀と千春はそれぞれ答えた。
「じゃ、走るよ」
真紀はいつかのエドウィのように、広いところを走りだし、それをオルニが拾って二人で高く舞い上がった。城でサウロと練習していた成果だ。千春はまだ怖いので、近場を飛んでもらう。
それを見た町の子どもたちが寄ってきた。
「いいな」
「いいな」
うらやましそうに見ている。ドワーフの子どもは、同世代の人間と比べると少し小さいだろうか。みんなおそろいのように赤い髪をして、明るい茶色の瞳をキラキラさせていた。千春が155センチ、真紀が165センチ、グルドは150センチほどだった。おおよそグルドがドワーフの平均ということで、170センチくらいあるカイダルはかなり大きいほうなのだろう。ドワーフは小さいだけでなく、からだつきががっしりしているのも特徴だ。
「プエル?」
「子どもを運ぶのは大好きだけど、怖がられると危ないの」
そうだね。
「おうちの人に、鳥人と遊んで空を飛んでいいか聞いておいで」
千春がそう言うとみんな駆け出していった。やがて半信半疑の大人を連れて戻ってくる。
「おやま、ほんとに鳥人だよ。いいのかい」
「怖がらずに、暴れないでと言い聞かせてくれれば」
プエルが答えた。まず千春が飛んでみせる。プエルは嫌がりもせず子どもたちを順番に運んで飛んでくれた。やがてマキも戻って来、オルニとプエルと二人で遊んでくれた。それは昼になるまで続いた。
それをカイダルとナイランは少し離れた所から眺めていた。
「あれはそうとう鳥人と関わりあるなあ。それこそ幼いころから一緒じゃねえときれいに飛びあがれないからな」
「幼いころから一緒でもお前良く落とされてたっけな」
「オルニにな。重すぎたんだよ、俺は」
「あれ、子どもたちと一緒に行くぞ?」
「どうやら昼に招かれたらしいな」
「じゃ、俺たちも宿にいきますかね」
「たまにはいいな、のんびりするのも」
カイダルは空を見上げた。心なしか空気もうまい。
「それじゃあいつら内陸じゃなくてミッドランド出身か? まあ、人間三領も国境を接しているから、名前や容姿だけじゃ判断できねえが。内陸には鳥人はほとんどいないからな」
退屈な毎日がちょっとおもしろくなってきた。今晩もノーフェとのやり取りが楽しみだ。
「考えてることわかるけどよ、たぶんお前の負けだぞ。それよりオルニに口止めしておかないと、戦う前に負けだぞ」
そうだった。幼馴染なんて、時には面倒なこともあるよな。




