生きてるって感じ
かたん、と馬車は止まった。
「ガロンスに着いたよ。あんたたち、宿は決まってるのかい」
御者が聞いてくれる。カイダルがすぐに答えた。
「まだなんだよ。子どもも泊まれる宿はあるかい?」
「聖女様効果でここんとこ宿もいっぱいだったんだけどな、さすがに今日はあいてると思うぜ。この先をまっすぐ行ったところにある白馬亭がお勧めだ。というかそこしかないがな」
「わかった」
さあ行こう。その時、バサバサっという音と共に鳥人が下りてきた。
「お前! なんで」
「お前こそ何でここにいる」
カイダルと鳥人はにらみ合った。鳥人はふんっとそっぽを向くと、兄妹をじっと見、こう声をかけた。
「宿まで運ぶか」
「え、いいよ、近くらしいし」
「次の町まで運んでもいいぞ」
「いや、夜だからいらない」
「夜でも飛べるぞ」
「普通夜は休むよね」
「宿まででも運びたい」
千春は真紀と顔を見合わせた。鳥人クオリティだね。そうだね。
「まき、いやお兄ちゃん、明日は先に進むんだっけ」
「いや、この瘴気の濃さでは、一日ここに滞在したほうがいいと思う」
「だよね」
千春は鳥人のほうを向くとこう言った。
「明日もこの街にいるから、明日運んで? 朝ご飯を食べたら、ここに来るから」
「明日だな。わかった。困ったことがあったら、呼べば誰か来る」
「ありがとう」
鳥人はバサッと飛び去って行った。御者は感心したように話しかけてきた。
「あんたたち、鳥人と知り合いかい」
「知ってる鳥人のたぶん友だちだと思う」
「へえ、こんなに近くで初めて見たよ。かっこいいもんだねえ」
「そうだね、見かけはね。じゃあ、おじさん、宿屋に行くね!」
「おう、気を付けてな」
「待て待て!」
カイダルはあわてて止めた。
「みんな同じ宿だ。一緒に行けば手間がねえ」
「そうか、じゃあお願いします」
何となく5人連れ立って宿屋に向かう。子どもだけという旅人もたまにいるようで、難なく二階の二人部屋をとることができた。食事は下の食堂だ。
「おうい、こっちだこっち」
カイダル達の席に誘われる。メニューはと。
「メニューなんてたいていないぞ。宿泊客は宿のおすすめ一択だ」
「そうなんだ」
「じゃあおすすめ四つと、りんご酒二つな!」
「「え!」」
「何だよ、酒くらいいいだろ?」
「じゃあ俺も」
兄のほうが言う。
「子どもはだめだ」
「いや、酒に年齢制限ないよな?」
「背が伸びないぞ?」
「……」
「お子様はシードルにしとけ。シードル二つも頼む!」
子ども二人がちょっとふくれた。背伸びしたい時期なんだろうか。ナイランはクックッと笑っている。
すぐにシチューとパン、そして何かの肉が来た。子どもの分は控えめだ。真紀と千春はシチューをそっとすくって食べた。少し雑味があるけれど、力強い味わいだ。野菜がごろごろ、そして何かの肉がごろんと入っている。箸があればいいのにと思う二人だった。
「そのナイフを使っていいから、スープの肉も小さく切って。そう」
世話好きなドワーフに指示されながら、少しずつ平らげて行く。パンと肉は食べきれなかったので、肉はカイダルとナイランが食べた。パンは妹がハンカチでていねいに包んで持ち帰るようだ。子どもたちはりんご酒を恨めしそうに眺めながら、それでもりんごジュースを少し発酵させたシードルを満足そうに飲んでいた。
「なあ、明日はすぐに出発すんのか」
カイダルは兄のほうに聞いた。
「いや、明日は一日この街にいて、明後日出発することにしたんだ」
「なら何でガロンスまで急いだ」
「旅は臨機応変だろ。カイダルこそ、明日はたつんだろ?」
ノーフェは逆に聞き返した。普通は同じ方向の頼れる人がいたらついて行くもんじゃないのか。なんでこいつらは頼りたがらない?カイダルは思う通りにいかなくて少しいらいらした。
「まあ、確かにグロブルに行く前に領都に寄らなきゃなんねえだろ」
「ナイラン、けどな」
「どうせいとことやらも確実にいるわけじゃないんだろ。旅費がなんとかなるなら、領都グリーズにお前たちも寄らないか。安全で安い宿屋を紹介してやるぜ」
反応が良くないな。ナイランはこう続けた。
「ドワーフは鍛冶の国だろ。火の扱いもうまいし、料理道具も充実してる。領都ではなあ、窯焼きの蒸し肉や、ふんわりした焼き菓子がいろいろあるんだがなあ」
お、食いついたか。目が変わったな。
「そんなの教わらなかった」
教わらなかったと来たか。
「領都に行く途中の町には温泉もあってな」
「温泉?」
お、これも反応がいい。
「熱い湯が自然にわいててな、たいてい貸切で入れるから、冒険者にも家族連れにも人気だな」
「領都は確か盆地だよね」
「あ、ああ、そうだが、よく知ってるな」
「うん、まあ」
兄のほうは少し考えると言った。
「行くにしても、途中の町にも必ず寄りたいんだ。もしかすると二泊する場所もあるかもしれない。だからやっぱり別々に」
「よし、俺たちの用は急ぎじゃねえ。それじゃあ、領都までは一緒に行くか!」
「……妹と相談して、明日の朝返事をするよ」
「それでいい」
「じゃ、俺たちもう部屋に戻るから。いろいろありがとう」
「いいさ」
兄妹は連れ立って二階に上がって行った。と、兄のほうが戻ってきておかみに何か言っている。おかみはニッコリして部屋に持っていくと言っている。湯かな?
「ナイラン、お前反対してたんじゃなかったのか、子どもに構いすぎるって」
「いや? 領都に報告に行く途中だったから、寄り道はどうかと思っただけだ。連れていけるなら問題ない」
「相当なわけありだな。しかもなんかわからねえ目的がある」
「オルニのこともあるしな」
「危うく素性がばれるところだった。何で鳥人がこんなところに。いや、あいつらはどこにでもいるが」
「にしても、くっ。確かに何にでも懐かれてんな、あの妹は」
「シュゼか」
「ノーフェもだな。確かに持ち帰りたいかも……」
「おい……」
「な、そんな変な意味じゃねえよ!」
その横で桶に湯を入れた従業員が二階へと向かっていた。とんとん。
「はい!」
「これ、湯桶一杯分な。100ギルだ。それとこれ。一本500だ。半分ビン代だがな。下で飲めば300で済むのに」
「いや、土産だからいいんだ。合わせて1100だね。はい」
「たしかに」
ばたん。
「ふ」
「真紀ちゃん、やるね!」
「嘆くことないよ、千春。頭を使わなきゃ。さ、体を拭いてさっぱりしたら、いきますか!」
「酒だ!」
「おう!」
湯をかわるがわる使って体をていねいに拭いていく。おもに冷や汗で汚れたかもしれないと思う。髪はかつらで蒸れ蒸れだが洗えないので我慢だ。最後に肌着を洗って干す。何があるかわからないから寝巻きは着ない。昼の服のまま寝る。
「さて千春」
「はい、真紀ちゃん」
真紀はハマナス酒を二本、りんご酒を二本小さいテーブルに並べた。
「本日の収穫です」
「真紀ちゃんかっこいい」
「もっともっと」
「すてきぃ」
「ははは。さて、どっちからのもうか」
「各町でりんご酒の種類が違うって聞いたよ。今日はりんご酒で行こう」
「飲み過ぎてもしょうがないしね」
「よし、かんぱーい」
ビンごと口を付ける。
「はあー」
「うまい」
各町で作る簡単なお酒だけあって、アルコール度は低い。その代わりりんごの果汁の味がそのまま残っていて、ほのかな酸味と濃厚な甘みが口に残る。
「生きてるって感じ」
「そうだね、ねえ、千春」
「なに?」
「誰がお城からついてきた人だと思う」
自由になったと思うほどもう子どもじゃない。
ついに……酒。




