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聖女二人の異世界ぶらり旅  作者: カヤ
ドワーフ領編

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20/169

あごをそっと持ち上げられても恋に落ちるとは限らない

露天に向かう真紀を見送り、千春は人魚の店に向かった。うろこのアクセサリーとか、心がはやる。


布をしいた台の上に、きれいにアクセサリーが並べられている。売り子は人魚だ。一見すると普通の人だが、耳のある部分はひれのようになっていて、あけたり閉じたりしている。耳元から肩にかけてえらがあり、人よりやや薄い唇に大きい口。切れ長の瞳。太く背中まである髪。足は二本あるが、細長い手指の間にはひれがあり、日をはじく硬質の肌を持っている。つまり、一言でいえば美しかった。


千春のように、初めて人魚を見る乗客も多く、みんな感嘆した表情で人魚に見とれていた。


「かわいいお嬢さん、ぜひアクセサリーを見て行ってね」


声をかけられてはっとした千春は、見とれていた目を落とし、台の上を見た。


「端から端まで全部ください」


と思わず言ってしまいそうな美しい細工だ。言わないけど。うろことは言っても様々な色がつき、それも透明でうすい。繊細なガラス細工のようだ。何枚かうろこを重ね、動かすとシャラシャラと音がするイヤリング。薄ピンクのさんごを磨いたネックレス。一時間じゃ足りないよ、と台を見つめる千春に影が落ちた。


ん? と思って顔を上げると、そこには先ほどの人魚の店員さんはおらず、代わりのように美しい人魚の青年が千春の隣にいた。人魚は男性も女性も美しいのだなあと千春はぼんやりと思った。


と、その人は千春に手を伸ばし、あごをそっと持ち上げ上を向かせた。


「神の愛し子よ、よく顔を見せておくれ」


千春は固まった。視線の端で何かが動いた。髪の毛だ。動くんだ。ウネウネしている。


青年はその髪の毛で千春の前髪をそっと上げると、やや眉をひそめ、


「美しい黒曜石の瞳を隠すとは。それに神に愛されし印。なぜ封をする」


とささやいた。


「え? えっと、それは、その」


百万落としたくないからなんてそんな事情、すぐ説明できるわけがない。千春が固まったまま焦っていると、


「わかっておる。人間の世界は生きにくいものよの。さあ、おいで、名はなんという」

「あ、ちはる」

「チハールか」


あ、つい言ってしまった。その人は優しく名前を繰り返すと、千春をさっと腕に抱えあげた。


「え、あ、ええ?」

「チハールは泳げまいな。大丈夫、船を用意したから、泳げなくても大丈夫だ。そのうち泳ぎ方も教えてやろうな」

「え、いや、なに?」

「さあ、我らの国に共に行こう。なに、陸の者もおる。封も外し、自由に生きられる」


そのまますたすたと海のほうへ向かう。その向かう先には恐ろしいほどの数の人魚がいた。


「愛し子よ」

「愛し子」

「神よ」

「我らとともに」


どうしよう、どうしよう! そこに声がかかった。


「千春!」

「おい待て、何をしている!」


青年はいらだったように眉をひそめるとこう言った。


「連れがいたか。ん? 少年か、いや、愛し子がもう一人?」


千春は必死でうなずいた。


「下ろしてください。私たち、三領に行かなくては」

「なぜそんなことを。海で暮らせばよいではないか」

「いやいやいや、人間ですから。旅の途中なんです」


むしろ旅を始めてまだ二時間ちょっとなんです。


「なんと。愛し子の気配が近づいたから来てみれば、我らのもとに来たのではないと」

「まず闇界の近くに行って、浄化しないとと思って」

「それは後でもいいではないか。愛し子が来たのなどいつぶりか。もう一人も連れてさあ行こう」


その時やっと真紀とカイダルとナイランが追いついてきた。


「さあ行こうじゃねえよ。人魚が子ども好きなのは知ってたが、それじゃ人さらいだ。そいつはドワーフ領に行く用事があるんだよ。離してくれ」

「下ろしてください」


カイダルに重ねて千春もそう言うと、その人は悲しそうな目で見た。だめだ、鳥人と一緒。はっきり言わなくては。


「用事が終わったら、遊びに来ます。だから今は行かせて?」

「用事はいつ終わる? 明日か」

「そんなに早くはないけれど、必ず」


その人は真紀を見た。


「来ます」


真紀もそう誓った。その人はため息をつくと、千春を下ろした。すぐに真紀が寄ってきた。


「せめて海の民にもっと顔を見せておくれ」


真紀と千春は、警戒するカイダルとナイランをお供につけたまま、その人に手を引かれ人魚の前を練り歩き、あちこち触られ、抱かれ、ほほや頭をなでられて残りの時間を過ごしたのだった。


これも聖女の納める税金だ。真紀と千春はがんばった。


「さ、時間だぞ」


カイダルが声をかけ、


「愛し子よ、旅の終わりにまた来るのだぞ」

「「はい、必ず」」


そう言うとその青年は名残惜しげに手を離してくれた。


「急げ!」


列車に走る。座った席がそのままあいていて、みんなでほっと腰を下ろした。


「つ、疲れた」

「旅って大変なんだね」

「いやいやいや」


疲れたと嘆く真紀と千春に、カイダルが突っ込んだ。


「ないから。普通はゲイザーにあったり、人魚にさらわれそうになったりしないから」

「鳥人もだけど、人魚って人懐こいんですねえ」

「いや、そんなことはない。お前、鳥人にもなつかれてんのか」

「そう言えばさらわれかけてたね」

「それはたまたま! 持ち運びしやすそうだからって」

「ぷはっ」


ナイランが吹き出した。


「確かにな、お前、そんな感じ」


どんな感じだよ。それにしても、あの話の通じなさ。さすが空の鳥人、海の人魚と言われるだけのことはある。千春はため息をついた。それでも内陸の人のような意地悪よりはるかにいい。


「せっかく記念にうろこのアクセサリー買いたかったのにな。無駄遣いするなってことかもしれない」


千春がぶつぶつ言うとカイダルにあきれた目で見られた。


「シュゼ、お前、気づいていなかったのか」

「何を?」


カイダルは黙って真紀にあごをしゃくった。真紀ちゃん? あ。


私たちはお互いを呆然と見た。いつの間につけられたのか。髪にも体にも、そしてポケットにもあふれるほどうろこが付けられていた。しゃらん。


「よほど気に入られたんだな」


むしろ、マーキングだろうな。二人は黙ってウロコをはずし、一つ一つていねいにカバンにしまった。後で売れるかもしれない。というか売らないと荷物になる。


さっそくアクシデントがあったが、お酒も手に入ったし、千春はうろこのアクセサリーを手に入れたし、結果的には問題ない。真紀はそう結論づけた。自分が今まで会ったドワーフはみな親切でおもしろい人ばかりだった。ドワーフ領に行きさえすれば、もう大丈夫だろう。


出発のベルがちりんちりんと人魚島に響いた。



旅に出てまだ3時間。


明日は更新はお休みです。

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