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聖女二人の異世界ぶらり旅  作者: カヤ
ドワーフ領編
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落ちた日は戻した日

酔っ払いが出てくるので、お食事の方ご注意です。

「本当は隠してるんじゃないのか!」

「半年前から毎日確認してるだろう、あなたは」

「前の聖女が亡くなってから半年、闇界からの瘴気は増すばかりだ」

「まだ健康被害までは出ていないだろう」

「人間領はいい。しかし、わがエルフ領はお前のところと違って闇界に接しているのだぞ。この国とは瘴気の濃度は段違いだわ!」

「そうはいっても、かの国からの聖女召喚は創世神のなすこと。たまたま人間領に神殿があるからといって、我が国が何かできるわけでもないことは知っているだろう」


執務室と思われる場所で、30代半ばほどの金色の髪の男性に、見た目は同じほどの銀髪のエルフがくってかかっていた。それを壁に寄りかかった獣人と、テーブルに座って酒を飲む赤毛のドワーフが眺めている。ここ半年ほど毎日のように見られている光景だ。


ここは日界。創世神が戯れに作った世界だと神話には述べられている。世界は大きく二つに分かれている。日界と闇界。二つは接していても交わることはなく、闇界にあるのは瘴気のみ。神が日界を作る際、よけて集めたものが闇界に封じられている瘴気だという。


瘴気は山脈を挟み、地下を通してダンジョンとして魔物を産出する。魔物として生成された瘴気は魔石と化し、日界をうるおす。ダンジョンさえ管理していれば、闇界は日界の資源にしかすぎない。しかし、空を通して闇界の瘴気は少しずつ日界に漏れ出す。それが濃くなりすぎれば、人は病に倒れ作物は枯れ果てるという。その瘴気を浄化するのが聖女だ。


厄介なことに、その能力を持つ聖女はこの世界には現れない。そこで神が他の世界から連れてくる。一度に一人。その一人がいる間は、瘴気は浄化し続けられる。


しかし、前の聖女がなくなって半年間、神殿に聖女が現れる気配もない。記録によると、長くても3ヶ月後には現れたという。


病を得るほどではないにしろ、濃くなり始めた瘴気は人々の気持ちをいらだたせ、犯罪も少しずつ増加している。あと半年、聖女が現れなければ日界はどうなることか。


内心ため息をつくのは人間領の王だ。神も戯れに世界を作るのなら、聖女も自世界産で作ればいいものを。


「しかも、いつもいつも人間領にとどめおって。聖女が来てくれれば浄化のスピードも上がる。聖女の代替わりのたびに、瘴気が濃くなるわれらの国についてどう考える!」

「そうはいっても、我らがとどめているわけではない。飛行船に乗るのが怖いというのであればどうしようもないではないか」


王は思い出していた。前の聖女は物静かな人で、王宮内の聖女宮の中に小さな畑や果樹園を造り、あまり人と触れ合わずに暮らしていた。遊びに行くと、おいしいおやつとお茶を御馳走してくれて、決して人嫌いではなかった。しかし、


「それに獣人は怖いというし。唯一魔石列車には興味を示したから、ドワーフの国には行ったというではないか」

「うむ。ドワーフの国の食べ物をことのほか楽しんだと伝えられている。それでも滞在は短かったらしいなあ」


ドワーフの老人はおっとりとそう言った。エルフの青年はいらいらと歩きまわった。


「なぜ神はいつも同じ国から召喚するのか。来る人来る人静かな人ばかり。今回もドワーフの国には行くだろうが、飛行船はやはり無理か。しかしそうすると山越えが……」

「ご婦人はたいてい山と虫は苦手だ」


獣人がぼそっと呟いた。イヌ科の獣人だろうか、白に近い灰色の耳が頭のてっぺんにあり、髪はそのまま背中までふさふさと続いている。しっぽはゆったりと後ろで左右に揺れている。


「わかっている!だから飛行船を使っているのだろう!」

「困っているのは獣人領も同じだ。ケンカが増えて困っているのだ。獣人が怖いなら、安全なように聖女を檻に入れて連れて行くか……」

「ばかかお前は? そんなにしてまで獣人の国に行きたいわけがないだろう!」

「ならばエルフの国も同じよな」

「なっ」


人間の王が眉間のしわを伸ばしつつつぶやいた。


「なあ、文句を言っていても仕方ない。引退したあなたたちと違って、俺はまだ現役の国王なんだよ。お願いだから、仕事をさせてくれないか……」


その時、キーンという耳鳴りと共に、空気が変わった。


「これは……」

「聖女降臨だ!」

「神殿に急げ!」


エルフと獣人は素早く駆け出した。あとからそれぞれの従者がやれやれと言いたげについていく。


「焦らなくとも、神殿にも人が待機しているものを……」


王はあきれてそう言った。ドワーフはふっと笑うとこう言った。


「待ち望んでいたからなあ。ほら、もう空気が違う。今代の聖女は力が強そうだ。我らも行きますか」

「あの二人に任せてはろくなことにならんからな」




その頃千春と真紀は、腕を組んだままへたり込んでいた。


「なに? なに?」

「今さ、坂道を車でくだる時みたいにさ、お腹がひゅんってなったよね」


焦る千春に、真紀はのんびりとこう言った。


「的確だな? でも真紀ちゃん、周りを見て」

「うん?」


一瞬前まで居酒屋にいたはずだ。引き戸を開いて、外に出た。ではなぜ千春と真紀は、硬い石の台座の上に座り込んでいるのか。なぜ天井の高い、大聖堂のような場所にいるのか。なぜ周りを外国の人に囲まれているのか。口々に、


「聖女が二人?」

「どっちだ?」


と言っているようだ。


「映画の撮影?」

「日本語上手だね。エキストラさんかね。邪魔かな、避けないといけないね」


真紀はゆっくりと立ち上がったが、また座り込んだ。


「いけね、結構来てるわ」

「うん、座ったままそっと下りよう」


二人で支えあったまま、台座からそっと下りた。


その時ギギーと音がして、突然扉が開いた。大きい人がドアを支えている間に、長い髪の人が走りこんできた。


「聖女はどちらに! おお! お?」


固まった。その後ろにゆっくりと大きな人が歩いてきた。え? 犬耳? 目を下ろすと、ばっさばっさとしっぽがふられている。酔っ払いとはいえ、二人は現代っ子だ。この状況はもう、あれしかない。


「異世界召喚……」


千春が呆然とつぶやくと、真紀がその人に向かってふらふらと歩きだした。


「ラッシュ」


違うから! それ耳としっぽのあるだけの人間だから! 真紀は止めようとした千春の手をすり抜けた。ちなみにラッシュとは真紀の実家で飼っているレトリバーだ。千春は写真を見せてもらったことがある。それにラッシュは耳寝てるよね?


「パトラッシュから名付けたんだ」

「名付けから死亡フラグ?」


思わず突っ込んだ千春だったが、今年12歳になるラッシュは健康で長生きするだろう。一人暮らしするのに一番心残りだったというほど真紀はかわいがっていた。


ふらふらと耳に手を伸ばしつつ近づく真紀を、犬耳の人は困ったように、少しうれしそうに見つめ、まるで子どもにするように、わきの下に手を入れ、持ち上げた。いわゆる高い高いだ。真紀はきゃっきゃと子どものように喜んだ。


でもそれはまずい! 千春はあわてて真紀を下ろしてもらおうと走りだし、なにかにひっかかった。そう、自分の右足が左足に引っかかったのだ。そうだ、あたし酔っ払いだよ……。近づく地面を眺めながらそう思った時、横から千春をぐっと支えてくれた人がいた。飛び込んできたあの人だ。


あ、耳が長い。サラサラの白髪。碧の瞳。きれいなおじさん。


でもごめんなさい。酔っ払いに高い高いとおなかをぎゅっと支えるのは禁物です。


当然戻した。


神殿は一瞬沈黙に包まれ、そして大騒ぎになった。犬耳の人と耳の長い人は、固まったまましばらく動けなかった。


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