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聖女二人の異世界ぶらり旅  作者: カヤ
ドワーフ領編
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列車はベルの音とともに

アーサーは内陸の者たちに厳しく当たったが、そもそもが真紀と千春はこっそり抜け出すつもりでいたのだ。


魔石を作るだけでお金が手に入る、いるだけでお金がもらえるなんて、それはそれでいい生活なんだろう。勝手に連れてこられ、変な石を作らされる代償としては少ないくらいかもしれない。


アーサーは、エアリスは、ザイナスは、グルドは、それは大事にしてくれた。弟のようなエドウィ。すでに子どもが手を離れたという、お母さんのような、それでもまだ30代のセーラ。温かい城の人たち。


それでも、部屋を離れるにも護衛を通さねばならない。街に出るにも変装がいる。すべてにおいて、ちょっとでも傷つけたら壊れてしまうガラス細工のような扱いだ。


これには真紀が音を上げた。


確かにこれから世界漫遊が待っているかもしれない。けれど、護衛がつき、常に王族やお付きの人と一緒の堅苦しい生活だ。


街で貧しい子どもや、生活で精一杯の人を見た。一番いいのは、代々の聖女のように、聖女宮にこもり静かに世界のために瘴気を浄化すること。時には闇界に近い三領に訪れてくれればもっといい。そうすれば傷つけられることもない。


「でもね、千春。私たち、一回死んだんだと思う」

「生きてるじゃない」

「うん。でも、向こうで大事に育てられた相田真紀はもう二度と戻ることはないんだ。25歳で終わり」

「真紀ちゃん……」

「そう思ったら、ここで傷つけられることを恐れて内にこもっていることに何の意味があるの? たぶん頼んでも前と同じ仕事はできないし、そもそもそんな仕事はない。だからと言って、聖女宮にこもっている暮らしは性に合わないよ」

「私は図書室に興味があるから、しばらくこもっていられるけどね」

「千春はねー。私はもっと後でもいい。とにかく外に出たい。人目を気にせずに」


そんな話を夜にしていた。


「出ちゃおうか、外に」

「千春?」

「専用飛行船に、専用列車。そんなの必要ない。お城の中と何が違うの? わたしたちは庶民。列車の二両目でいいんだよ」

「いいの?」

「真紀ちゃんほどたくましくないし、すぐにいらいらしちゃうけど、お金のやりくりはうまいよ」

「千春……」


内陸の人と庭で会ったことはそれを後押しした。一部の人だけが聖女を疎ましく思っているのではない。聖女などわけのわからない者はたいていの人は関係ないし、闇界から遠ければ遠いほど価値は感じられないものなのだ。現実も知るべきなのだろう。


臨時便の出ている列車に乗るのがいい。貴族の男の子ではなく、平民の格好をする。真紀と千春の身長差を生かして、兄と妹の設定にする。身寄りを亡くして、親戚を頼ろうとしている。親戚は母のいとこ。ダンジョンの冒険者をしていることにしよう。


鳥人は3時間で海を越える。列車で5時間。いかに長い間ばれずに逃げ切るか。発見されずに、海辺の町より一つ奥の町に行く。目的地は最奥のダンジョンの町。生きていればどこにいたっていいのだから、せめて三領のどこかにいて瘴気を集めよう。


現金は少しずつ下ろした。幸い、専用の口座も作ってもらえた。雑貨屋で古着も買った。普段と違う色のかつらも用意した。


決行は、聖女の義務を果たしてから。民へのお披露目が終わる日だ。


「行くのか」

「うん」

「俺たちは、少年の聖女は運んでいない。少女の格好をした聖女は運んだ」

「サウロ、ありがとう」

「鳥人は、なにかに縛られたりしない。自由なの」

「よく知ってるよ、サイカニア」


出会った日からわかってたよ。真紀と千春はくすくす笑った。


「だからマキとチハールも自由でいて。ほんとに海を越えなくていいの?」

「それは怖すぎるよ」

「たぶん落とさないぞ」

「たぶんじゃだめ」


うれしいことに味方は鳥人だった。忙しい中、気も使わずしたいことをしたいようにして、聖女に付きまとうサウロとサイカニアとはいつの間にか仲良くなっていたのだった。準備のできた真紀と千春を、駅のすぐ近くまで運んでくれた。そして真紀はすぐさま少年のかっこうに着替えたのだった。


「ノワールまで、子ども二枚で」

「おや、子どもだけか」

「親戚を頼っていくところなんだ」

「そうかい、カバンはしっかり持って、ノワールでは駅のすぐそばに宿の案内所があるから、そこで宿を決めるといい」

「ありがとう」

「妹の面倒もちゃんと見るんだぞ」

「うん」


チケット売りのおじさんは、手をつないで歩いていく庶民の子どもたちを温かく眺めたのだった。ほんとは25歳だけど。だからそのあと、


「貴族の少年二人連れを見なかったか?」


と聞かれても、


「さあなあ。切符は買いには来なかったな」


くらいしか言えなかったのだった。二人は駅の売店をきらきらした目で眺めると、水と果物のジュースの瓶を慎重に選び、硬いパンのサンドを買い、いそいそと車両に乗り込んだ。それは親戚を頼って行くにしては少しばかり明るすぎたけれども、聖女のお披露目でにぎわう中でそう気にもされなかったのだった。


真紀と千春は、お昼過ぎの列車に乗り込み、4人掛けの2席を確保した。聖女を見たと言う興奮で列車内はざわざわとしていた。


「おい、子どもの向かいがあいてるぜ」

「へえ、運がいい。大人4人だと狭いからな。あのくらいの年ならうるさくもないだろ」


向かいに男の人二人組がやってきた。冒険者なのだろう、大柄な鍛えた体をしている。一人は人間、一人はドワーフだ。


「よう、向かい、座ってもいいか」

「どうぞ」


子どもたちは冒険者がめずらしいのか、どうぞとは言ったものの口を少し開いて男たちを眺めている。


「ドワーフなのに大きいのがめずらしいのか?」


子どもたちはこくこくとうなずいた。


「俺はドワーフでも大柄なほうだからなあ」


という通り、人間の普通の大人ほど大きい。横幅もあるので二人で並ぶと窮屈そうだった。子どもたちは、


「あの、俺たち窓際に座ってもいいですか」


と向かい合って座ってくれたので、ゆったりと座れた。


「列車は初めてか?」


子どもたちはまたうなずいた。


「地下を通るけどよ、壁が少し明るいから、外がちゃんと見えるぜ。壁ばかりでもねえ、時には地底湖も見えたりするから、見逃すなよ」

「地底湖!」

「なんだ、知らなかったのか。もともと地下にある空間をつないでるから、ときどき広い洞窟や地底湖のそばを通ったりするのさ。ドワーフの技はすごいぜ?」


子どもたちはさっそく窓にしがみついた。


「ははっ。まだまだだけどな」


ちりんちりんとベルの音がする。


「さあ、出発だ」


ドワーフの声と共に、列車は動き出した。

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