~半年後その3~
「千春を旅に? まだ早くない?」
最近やっと、いつもの体調に戻ったばかりなのだ。真紀はエアリスの旅行の提案に渋い顔をした。
「ちょっと真紀ちゃん、もう大丈夫だよ。それに鳥人と出かけるんじゃないんだよ。エアリスが飛行船を出してくれるって言ってるんだし」
「我らと一緒も快適だろう」
「う、うん。まあ、サウロやサイカニアと一緒だと、空気を感じられてさわやかだけどね」
千春の返事に口を挟んできたサウロが、さわやかという感想に満足そうに頷いた。
「でも、空を運ばれるのって結構体力がいるんだよねえ」
「確かに」
足が固定されていないと、姿勢を維持するのが大変なのだ。
「それでどこに行こうかという相談なのだが」
「行くことは決定なんだ」
真紀はやれやれと肩をすくめたが、
「むしろ転地療養くらいの気持ちでいいと思うぞ」
というエアリスに、それもそうかと頷いた。どちらかと言うとインドア派の千春でも、半年も城にいたら腐ってしまう。
「真紀ちゃんたら。お城の中は結構広いし、図書室だってあるし、別に退屈ではなかったよ。でも、うん。そろそろ観光もいいかもね」
「千春がその気ならまあいいか」
真紀の許可も出たので、エアリスは満足そうに頷いた。
「アーサーの許可もとってあるからな。私としては、お勧めはエルフ領だ。ほら、山奥の滝を見に行きたいと言ってはいなかったか」
「行きたい! それに不思議な生き物も見られるかもしれないし」
確かにエルフ領のマンドラゴラは楽しい生き物だった。
「そうか、では」
「ちょっと待った!」
バーンとドアが開いて、ザイナスが入ってきた。
「おお、ザイナス。なんだかんだで最近顔を合わせてはいなかったな」
「エアリス、それどころではない。おぬし勝手に聖女を旅行に連れて行くなどと」
「勝手ではない。アーサーの許可も出ている」
二メートル級の大男二人が顔を突き合わせて言い合いしているのは迫力がある。
「聞きましたよ! マキとチハールが旅行に行くと!」
「「エドウィ」」
エドウィが開け放したドアからすたすたと入ってくる。
「みんながそろうのは久しぶりだね」
千春が嬉しそうだ。確かに真紀は、少なくとも内陸に行くのにエアリスやサウロやサイカニア、それにカイダルやナイランにはよく会っているが、千春はそうでもない。あれ? 真紀は首を傾げた。
エドウィはそもそもミッドランドにいるし、ザイナスもだし、エアリスは飛行船の行き来のたびに千春に会いに来ているし、サウロとサイカニアに至ってはしょっちゅう顔を出していると聞く。そう久しぶりでもないのではないか。
「俺らも来てるからな」
「カイダル! それにナイランも!」
「よう、マキ」
内陸に詰めていたカイダルとナイランもいる。
「そもそも、今回の件で働き詰めだった我ら全員でご褒美に旅行に行こうという話だったのに、エアリスが先走ったのではないですか」
どうりで仲間たちが全員そろっているわけだと真紀と千春は顔を見合わせて笑った。
「う、うむ。早くチハールとマキに知らせたかったし、それに」
「エルフ領に連れて行きたかったからだろう、まったく」
ザイナスがかぶせる。
「いいではないか。チハールも乗り気だし」
「いいや」
ザイナスは首を横に振った。
「先約はこちらだ」
「「先約?」」
真紀と千春の声が重なった。ザイナスは、変わり者の王族の中ではいつも穏やかで、マキとチハルを楽しく見守る役割が多かったから、このようにやりたいことをはっきり主張するのは珍しかった。しかし、先約と言うが、そんな約束をしただろうか。
「まだ一年もたっていないというのに忘れたのか。そなたらが招かれてすぐに、獣人領に遊びに来るよう言っただろう」
「象さんだね!」
なぜ象はさん付けで呼んでしまうのだろう。千春の上げた声を聴きながら真紀はちょっとずれたことを考えた。そして千春のその言葉で、真紀もあの時の会話を思い出した。
「そうだ、網目の大きい箱型のかごって言ってたよね、どうしてかと言うと、確か」
千春が真紀の方を見た。
「「奴らが群れをなしてやってくるから」」
ザイナスは確かそう言っていた。一瞬の間の後、
「ぐ」
「ふっ」
「ははっ」
と真紀と千春の笑い声が部屋に響いた。
「そんなに笑わなくとも」
「あの時は本当に悪かったと思っている」
サイカニアとサウロが気まずそうに少し羽をもぞもぞさせた。そうだあの時、いきなり鳥人がやってきて千春をさらおうとしたのだった。それがこんなに仲良くなるとは思わなかった。
ひとしきり笑い声が響くと、エドウィがパンと手を叩いて注目を集めた。
「ザイナスが獣人領に、エアリスがエルフ領に連れて行きたい気持ちはわかります。けれど、それなら私だって連れて行きたいところがあります。そもそもミッドランドだってほとんど観光していないのですよ」
「それならばローランド食い倒れの旅だってしていないぞ」
「ドワーフ領はあちこち見たとはいえ、ゆっくりと一つの町に滞在したことはなかったじゃねえか」
確かにまだ見ていないところはたくさんある。順番で観光に行くとしても、どこから回るか。真紀と千春はすぐに決められそうになかった。
エドウィがふうと大きくため息をついた。
「それでは仕方がありません。ここは公平に、じゃんけんで決めましょう」
「「じゃんけん?」」
また真紀と千春の声が揃った。
「ええ。グーとチョキとパーの、便利ですよね」
どうやら日界にもじゃんけんはあるようだ。
「じゃんけんか。まあいい」
「いいんじゃないか」
「妥当だな」
「いや、待て」
それでいいという流れの中エアリスだけが焦っている。
「どうしました。エアリス。まさかじゃんけんを知らないとは言いませんよね」
「知らなくはない。しかし、やったことはなくてだな。原理は知っているが」
「「「はあ?」」」
「我らもやったことはないな」
「そうね」
「「「はあ?」」」
どうやらエアリスと鳥人たちはじゃんけんをしたことがなかったらしい。
「やりたいことはやる。他の人となぜ折り合う必要がある」
「鳥人らしいよ……」
「確かに」
サウロの言葉には納得した。
「でもエアリスはなぜ?」
「……やりたいことはやってきたから……」
「おんなじか!」
真紀は思わず突っ込んだ。そして言葉にはしなかったが、「きっと人魚の長も同じことを言うな」と思った。
結局少数派のエアリスの意見は通らず、勝負の結果獣人領に出発することになったのだった。
次は来週水曜日の予定です!




