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聖女二人の異世界ぶらり旅  作者: カヤ
内陸編

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~半年後その2~

 そんな内陸の情勢もひとまずは落ち着いたものの、半年たっても、まだ半人前のノーフェ王子に内陸を任せきるのは難しかった。


「ふう」

「ご苦労だな、アーサー」


 ミッドランドのアーサー王を労わるエアリスは、最近すっかりタクシーと化した飛行船を操って、定期的に内陸とミッドランドを行き来している。鳥人と国家間を楽々移動できる強者など、ミッドランドでもエドウィと真紀くらいなものである。もっとも、ローランドを中心に、鳥人と人が組んだ鳥人部隊ができつつあるというが。


「すまないな。何より好きな研究に集中できなくて」


 エアリスは研究者だ。この飛行船も仕組みを考えて現物を完成させたのはエアリスだ。しかし、聖女が召喚されてからずっと、聖女二人に振り回されているのもエアリスなのである。


「なにを言っている。毎日面白くてたまらないのに。チハールがミッドランドにとどまっている。それだけで十分だ」

「エアリス、そなたはまったく」


 アーサーはゆったりとソファに腰かけて苦笑した。聖女二人と言っても、飛び回っているマキよりチハールに心を傾けていることはよくわかっている。ドワーフ領のカイダル王子がチハールにさほど興味はないことも。


「エアリス。ほんとにそなたは人を振り回すばかりで、マキとチハールに振り回されているさまはいっそ愉快ではあったが」

「馬鹿を言えアーサー。私がいつ人を振り回してきた」

「本気か」

「まあ、私が人を振り回してきたかどうかはわからぬが、人に振り回されるというのはなかなかによいものだぞ」


 そういうエアリスの口元は緩やかに弧を描いている。


「チハールが何を考えているかわからずハラハラするかと思えば、自覚のない行動に苛立ちもし、ただ側に並んで同じ空を見ているだけでもう何もいらぬような気もして」

「それはもう恋であろう」

「恋」


 エアリスが驚いたように繰り返した。


「恋とは、あれか、部屋に戻ったら、ベッドに勝手に女性が潜り込んでいるような」

「おいおい、エアリス。そんな恋愛遍歴しかないのか」


 300年も生きてきて、そう続けそうになったアーサーだった。


「私が恋をしているということは、つまり今度は私が、チハールのベッドに潜り込みたいということか」

「ブッファ! おい、エアリス! いや、落ち着け! 飛行船が傾いているではないか!」


 アーサーは飲んでいたお茶を思わず吹き出した。


「す、すまぬ。しかしアーサーがとんでもないことを言うから」

「とんでもない飛躍をしたのはエアリスだろう」


 なにやら目が泳いでいるエアリスの手元は何とか平常に戻ったようで、飛行船は安定した。


「恋をするというのはだな、ほら、一緒にいるとドキドキしたり、楽しかったり、その」


 なぜ自分が300歳過ぎの年上に恋とは何か説明しなければならぬとアーサーはげんなりした。


「柔らかな頬に触れてみたいと思ったり、腕の中に閉じ込めてどこにも行かせたくないと思ったり、それでもやりたいことをやらせてあげたいと思ったりと、そのようなことか」

「そうだ。わかっているのではないか、まったく」


 それ以上説明する必要がなくなり、アーサーも控えていた従者もほっとした。


「それならチハールに会ってからずっとそうだ。老いがなかなか来なかった私の時も進み始めた。今度こそ他の人族のように見送ることなく、共に老いて死んでいくのだと思うと味わい深いものがあるな」

「待て待て」


 アーサーは思わず手を前に出してエアリスを止めた。エアリスはアーサーを見もしていなかったが。


「なんだ」

「エアリス、そなた、恋をしているとわかって何もしないつもりか」

「共に過ごし見守る以外何をするというのだ」

「何をって、その」


 アーサーは従者のほうを見たが目をそらされた。


「その、だな。今までは見送る側だった。しかし今回は共に老い、共に死ぬ。つまり、そなたはエルフとしてではなく、人族と同じように、チハールと向き合えるのだぞ」

「人族と同じ?」

「どちらかが先に容姿が変わるとか、残されてつらい思いをするとか、考えずに済むではないか」

「人族と同じ。しかしおそらく、子は授けてやれぬ」

「それはチハールも同じだろうよ。聖女が子をなしたことはないのだぞ。相手の子を産んでやれぬかもしれないと思い、結婚を断った聖女が何人もいたと聞く」


 エアリスは眉をひそめた。


「聖女の求婚を断るものなどおらぬだろうに。本当にかの国の女子は控えめであるな。エルフの国では考えられぬことだ。だがチハールは」

「簡単に考えればいいのに」


 アーサーは肩をすくめた。早く手に入れなければ、なくなってしまうものもあるというのに。


「簡単にとは」

「つまり、チハールが他の者と結婚しても見守れるのかということだ。例えばナイランとか」


 アーサーは心の中でナイランにだしに使ったことを謝った。おそらくかの者にその気はあまりない。


「ローランドの王族か」

「あるいは鳥人」

「はっ。それはあり得ぬ」

「前例がないわけではないぞ。ではノーフェ」

「もっとあり得ぬ」

「私はどうだ」

「それは……」


 エアリスは虚を突かれたような顔をした。


「妻を亡くして久しいが、まだ若い。しかもハンサムで、おまけに国王だ」


 しばらく飛行船を沈黙が支配した。やがて飛行船は国境の山を越え、ミッドランドの領内へと入った。


「ナイランも、サウロも、取り立てて何とも思わぬ。しかし、アーサー、そなたにチハールを渡すくらいなら、私がさらって閉じ込めてしまいたいと、そう思った」

「それはそなたが若い者を歯牙にもかけておらぬからだろう。しかし、若い者はどんなに未熟でも、若い者同士惹かれ合う。油断するなよ」

「ああ。そうか。ああ」


 エアリスは一人で納得すると、また黙り込んで飛行船を操縦している。


「エドウィも候補に入れておくべきだったか」

「ある意味、チハールには誰よりも大切に思われているのだが」

「家族として、弟として、な」

「私もその位置でいいと思っていたのだが」


 思っていた気持ちが、どう変わったのか。体調の落ち着いた千春を連れて旅に出ると言い出したのは、エアリスだった。






次は明後日金曜日に更新予定です。

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