今度こそ
シュゼも城の者に連れて行かれると、後にはアーサー一行が残っていた。真紀は、今までのパターンからいって、このままエアリスが走り寄ってきて千春を抱きしめるのだろうなとのんきに思っていた。
しかし、一行はそのまま真紀と千春に向き合うと、まずアーサーが、そして残り全員がひざまずき、頭を垂れた。
「ええ、何なの、改まって」
真紀は慌てたが、千春はその真紀の肩に手を置き、落ち着いてと合図してきた。
「聖女よ、日界に招かれてから半年、すべての国を訪れ、瘴気の浄化の役目を果たされたこと、感謝いたします」
アーサーの声が響く。千春は真紀のほうをちらっと見ると、
「私たちがいることで、民が少しでも健やかであるなら、それで十分です」
と簡潔に答えた。真紀は正直なところ、ここは本来は千春に対する謝罪をすべきだろうと思った。これは茶番だと腹の立つ気持ちもある。
しかし、この世界に来てからそばにいてくれた人たちは、みんな自分のことより義務を優先していた。本人たちは義務とは思っていなかっただろう。しかし、王族であるとか、指導者の立場であるというだけで、自分のことよりすべきことを優先していた。
聖女も当然、自分たちと同じ立場だろうと思っていたに違いない。日本では、いわゆる普通の人であった真紀と千春にはそれは重かった。
結果として、真紀も千春も目が回るように忙しかっただけでなく、最終的にはさらわれてしまう始末だ。この半年、もちろん勝手に城出してしまった自分たちの責任もあるけれど、どれだけ大変だったことか。
その思いが頭の中を駆け巡る真紀に、千春は今度はその手をそっと握った。
自分たちで決めたこと。他の人に流されただけじゃないはずだよ。
そんな気持ちが伝わってきた。お互いが大切だからと言って、盲目になってはいけないのだ。
真紀も千春と手をつなぎ直すと、もっともらしく頷いて見せた。
「では、これより魔物をおさめます。真紀ちゃん、いい?」
最後の声は小さかったが、真紀ははっとした。すっかり忘れていたが、城の上にはゲイザーがわだかまったままもやもやと黒い雲を作っている。
もう隠すとか隠さないとか言っていられない。城の者はもちろん、門の中に押し寄せて集まっていた内陸の人たちも、結局真紀と千春が魔物を魔石に還していく姿を見ることになった。
真昼の光の中で、魔物が静かに列をなして、まるで甘えるかのように聖女の手にすり寄っていく。初めて見た魔物の不気味さ、恐ろしさ、それが聖女の手によって見慣れた魔石に変わっていくさまは、まるで物語のようだった。
やがて全ての魔物が魔石に還ると、髪の長い聖女のほうがふらつき、それを白の賢者が走り寄って抱きかかえるなどの事件が起きると、皆目が覚めたような思いで、城から立ち去るのだった。そして民の生活は今までと何も変わることがないという、アーサー達からの言葉を持ち帰っていった。
「チハール!」
「エアリス……」
「やはり無理をしたではないか。もう私のいないところで無理はしないと誓ったはずではないのか!」
ふらついた千春のことは心配だったが、それが疲れと寝不足から来ていることを知っていたので、真紀は冷静でいられた。
「やっぱりこれだよね。千春名物と言うか、事件の終わりにはこれがなきゃね」
「真紀ちゃん、何言ってるの」
千春がエアリスの腕の中でくすくすと笑い始めた。
「心配性のエアリスがいないと締まらないってことだよ。ね、エアリス、私もいるんだけどな」
「もちろんだ。マキよ。さあ」
それでも千春を手放さないエアリスの反対の手に抱き込まれると、真紀もくすくすと笑った。心配性のエアリスに二人して抱き込まれるのはいつぶりだろう。しかしこれでやっと事件が終わったという気がするのだった。
「やれやれ、この歳になってこうもあちこち行かされるとは思わなんだわ」
「グルド!」
ようやっと離してくれたエアリスの元から、真紀と千春はグルドに走り寄ると両側から抱き着いた。
「これこれ、抱き着いておらんでよく顔を見せておくれ。なんとまあ、疲れ切った様子よ。よく頑張ったなあ」
そんなグルドに二人はまた両側から抱き着いた。
「俺たちのことも忘れないでくれよ」
「まあ、完全ににぎやかしだったなあ」
「俺もな」
振り向くとナイランにカイダル、そしてアーロンがいた。
「エルフ領から急いでやってきたのに、一言も喋らなかったんだぜ?」
肩をすくめるナイランに、
「俺はいるだけでいいと言う方がずっと気楽でいい」
とカイダルは相変わらずだ。
「変わらないねえ、カイダルは」
「こないだ会ったばかりだろ。そんな変わらねえよ。それより、頑張ったな、マキ」
「まあね」
ちょっと照れている真紀とカイダルは微妙に目が合っていない。
「中学生かよ」
千春が小さい声で突っ込む。
「こんな時になんだが、お前らほっとくとすぐどこかに行ってしまうから、だから」
カイダルがなにかもぞもぞ話している。告白か! 千春も周りも少し緊張して、見ているけれど見ないように頑張っている。
「その、落ち着いたら今度、あらためて一緒に、ドワーフ領の観光に行かないか」
それだけ? それだけなのにこんなに口ごもっていたの? 千春は脳内で思いっきり突っ込んだが。
「え、ほんと? ドワーフ領はまだ行っていないところいろいろあるんだよね。嬉しい!」
真紀は大喜びだ。
「その、たまには二人で」
「ねえ、千春もそう思うよね!」
「真紀ちゃん! あの、もちろんそうなんだけど、私その時きっとエルフ領とかに行ってると思うんだ……」
千春はカイダルのために一生懸命努力した。
「え、なんで? エルフ領は私も行くよ」
「うん。行くよねー」
もうこれは、一緒に行って何とか時間を作るようにしなくてはならない。
「まあ、焦らなくていいんじゃねえの」
「そうだぞ。内陸にも来るって約束だろ」
並んでみるとよく似ているナイランとアーロンもそうやって邪魔をする。
「さ、それは後にして、まずはマキとチハールを休ませましょう」
意図的にエドウィも割って入った。
「エドウィ、お前までか」
「タイミングが悪いんですよ、カイダル。これから私は父上の代わりに忙しくなります。みんなだけのんびりしていたらずるいじゃないですか」
「お前だけじゃねえよ。内陸にあるダンジョンをどう整備して冒険者に開放していくか、それはきっと俺とナイランの仕事だからな」
カイダルの言葉に、仕方ないよな、とナイランも肩をすくめる。
「それじゃあマキとチハールは獣人領で預かるよ。私達のところは魔物もだいぶ収まったしねえ」
「それならエルフ領でもよかろう」
レイアにエアリスが文句を言い、ザイナスがにこやかにそれを眺めている。
まだまだ問題が落ち着いたわけではない。瘴気だって薄くなってきたとはいえ、まだ普段よりは濃いはずだ。
それでもこうしてみんながいて、あちこちに楽しんでいけるなら、この世界での生活も悪くはないと思うのだ。
「さらわれるのはこりごりだけどね」
「千春はさらわれすぎだよ、まったく」
なぜみんなそこで笑うのか。特にサウロ。千春はちょっとイライラした。
「さあ、それでは城内に入りましょう。すべてはこれからです」
真紀と千春も、皆と一緒に自然に城に向かう。
「もう私たちさ」
「ん?」
「お客様じゃないんだね」
確かにそうだ。今自分たちはこの世界のこれからを話し合うために、城に向かっているのだ。当事者の一人として。
「日本のことも家族のことも絶対に忘れないけど」
「うん」
「ここで楽しく生きていくんだ」
「あ」
目の端を小さいゲイザーがふよりと横切った。
「小さいゲイザー君だ!」
愛し子が無事でよかった。
「うん、ありがとう!」
じゃあ、行くよ。
「どこへ?」
まだ見たいところが、たくさんあるんだ。
「私たちと同じだね」
きっとまたどこかで会える。小さいゲイザーはふよりと回ると、空高くどこかへ消えていった。
「私たちも」
「また出かけよう!」
「今度こそ」
「ぶらりとね!」
いつかはぶらりと旅ができるのか。できるといいなと思う二人だった。
ここで内陸編、完結となります! ありがとうございました!
「ぶらり旅」はこれで一旦お休みに入ります。落ち着いたら今度こそぶらり旅を書きたいなとは思っています。まだ行っていないところ、たくさんあるんですよね……。人魚の島とか。
コミカライズの方は続いていますので、そちらも見ていただけると嬉しいです!
「転生幼女はあきらめない」
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「異世界でのんびり癒し手はじめます」2巻は4月12日発売です!
こちらも、「転生幼女」もコミカライズ企画進行中ですのでお楽しみに!