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聖女二人の異世界ぶらり旅  作者: カヤ
内陸編

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大人になること

 アーサーにつき従ってきた騎士が、丁寧に、しかしがっしりとアドルを押さえた時、サウロとサイカニアが、王たちを連れて降りてきた。ノーフェはともかく、この国の王は横抱きにされていた。体力のない体では仕方がないとはいえ、こんな時だというのに本人は思わず苦笑していた。


 王子と、その王子にとらわれていたと聞かされていた王が、当然アーサーの側の人間であるという顔をして登場したことに、城の者は戸惑いを隠せなかった。しかし、ノーフェ王子がそんなことをするわけがない、何かおかしいと感じていた違和感は取り除かれ、心なしかすっきりした顔になった。


「アドルよ」

「兄さん、いや」


 アドルは何もかもあきらめたような顔をした。


「陛下」

「なぜこのようなことをした……」

「なぜ」


 アドルはそれを今問いかけて何になるのだと皮肉に口元をゆがませた。


「王に代わって実務を行うなかで、世界の果ての北の地で、世界そのものに取り残されていることを何も思わないこの国のあり方に疑問を持ったことがきっかけだ」


 それを聞いて城の者には戸惑いが広がった。おそらく、取り残されていると思っているものが少なかったのだろう。


「三領から遠く、それゆえ魔石も産物も値段が高めで流通も滞りがちだ。瘴気の薄いこの地は聖女の恩恵もあまり意味がない。国を発展させるべき王は弱く、王子は王族の自覚が足りず、王女はただのわがままな子どもだ」


 そう思ったのなら、王に代わり教育をすべきだったのではないか。


「そんな時、神殿の地下に不審な入り口があること、そこに魔物が生息するダンジョンがあることを知ったのだ。しかもそれを陛下は知っていたのに放置していた」


 頭上の魔物を見上げれば、魔物が確かに城にいたことはわかる。人々は空にいる魔物を見上げ、そして次に王を見た。


「閉じ込めておきさえすればいいと思っていたに違いない。なぜだ! 有効に利用すれば、三領に頼らずとも魔石が手に入るではないか!」


 その間にも、王には敷物が敷かれ、毛布などが次々と運ばれてくる。城の人が王を大切に思っている証拠なのだろう。


「なぜ公にしなかったのかには理由もある」


 王は静かにそう言った。


「アドルよ、一人に責任を背負わせたことはすまなく思う。しかし、どういう理由があるにせよ、聖女をさらい、利益を得るために閉じ込めたことは許されないことだ」


 なぜこのようなことをしたと思わず口にしてしまった王だが、本来この場で明らかにされるべきではないことまで明らかにされてしまった。


「アドルを、牢に」


 アドルは、アーサーの手の者から城の者へと引き渡された。アドルはそれ以上何も言わず、頭を上げたまま城の中に連れて行かれた。


 アドルが城の中に消えると、皆の視線が王に集まった。


「皆の者、すまなかった、ゴホッ」

「父上!」

「よい、ノーフェ」


 王は支えようとするノーフェをそっと拒むと、小さいながらもしっかりした声で宣言した。


「先ほどアーサーが言っていた通り、この国はしばらくアーサーに任せる。私も、ゴホッ、できる限り手伝うし、民の暮らしは変わらぬことを約束しよう」

「ランドル、もうよい。この国にもノーフェにも決してつらい思いはさせぬ。それより早く城に戻り、休まねば」


 アーサーが駆け寄り背中を支える。何年もあっていなかったとはいえ、同世代の国を支える同じ立場の者同士だ。ずっと仲は良かったのだ。


「休ませるなら、どこかの客室にして」


 千春がそう声をかけた。そして声をひそめた。


「王の居室は、魔物の洞窟とつながっているの。今戻したら体調がよくなるとは思えないから」


 いつの間にか来ていた王の担当の侍女や兵は千春に頷くと、てきぱきと王を運んでいった。ノーフェはその場に残る。


「このたびはハイランドの、いえ、私が至らなかったために、各国には本当に迷惑をおかけしました」


 そう言って深く頭を下げた。そして一度頭を上げると、真紀と千春のほうに顔を向けた。千春は胸のところで手をぎゅっと握りあわせた。


「そして聖女方よ。披露目の時の無礼を改めて謝罪するとともに、今回も大変な目に遭わせてしまったことを心よりお詫びします」



 千春は個人的には牢の中で謝ってもらったからもう気持ちは許しているけれど、問題は真紀だ。千春はハラハラして真紀を見守った。


「千春、真紀ちゃんの心次第みたいな顔してるけど、今回一番つらい思いをしたのは千春なんだよ。もっと怒っていいのに」

「でも、ノーフェだって牢に入れられてもう少しで殺されるところだったんだよ」


 その千春の言葉に周りの者はざわついた。千春はしまったと思った。このことはアドル公の罪状にはまだ入っていなかったはずだ。一緒の牢に入り、微妙な連帯感を持ったことで客観的な判断力が失われてしまっていたかもしれない。


 真紀もそのことは気が付いたようで、そのことは後でと目で知らせてきた。そしてノーフェに向き合う。


「お披露目の時のことは、公的には謝罪をもらっているらしいし、今個人的に謝ってくれたし、それはもういい。でも、千春がさらわれてつらい目に遭ったことは許せない」


 千春も思う。自分だけなら、たいていは何があっても許せるけれど、真紀に何かあったらきっと許せない。


「でも、だからと言ってそれは内陸すべての責任ではないことはわかっているし、私が裁いて罰することではないから」


 真紀はそうまっすぐにノーフェにぶつけた。


「よい王になることを願っています」


 ノーフェはただ頭を下げた。


「ねえ、何がどうなっているの? どうして兄様は聖女に頭を下げているの? どうして叔父様は捕まったの? なぜこんなにたくさんの他の領の人が来ているの?」


 その時、父親の側につきっきりだったシュゼがか細い声を出した。父親と一緒に城に戻ったものだと思っていたノーフェははっと頭を上げた。シュゼには何も事情を話していない。ただ面倒なことから遠ざけ、穏やかに暮らさせればいいとそう思い接して来た。


 ノーフェや城の者がシュゼにやったことは、アドルがノーフェに対してやったことそのままだ。政治的な事を学ぶことから遠ざけ、何も考えないようにさせていた。結果、少しわがままで、自分で物を考えない子どものまま15歳になってしまった。


 ノーフェはシュゼの側に近付き、膝をついた。この子に今、叔父のやった犯罪を説明しても理解できまいと。なるべくわかりやすい言葉で、今はそのことを説明している場合ではないと言おうとした時、誰かの影がかかった。


「幼子よ」

「アミア様……」


 それはアミアだった。


「そなたが幼子でいられる時期はもう終わったということだ。大人の女性として生きるために、これから様々なことを学ぶがいい」

「そんなことを急に言われても、何をしていいかわからないの」


 そのようすは本当に途方にくれた幼子のようだった。


「何をすべきか、自分で決められるようになれ。15という年はもう城に閉じ込められているだけの子どもではない。そなたよりたった数歳年上のエドウィが、あのように自由に動きまわり、他の人のために働いているように。同じくノーフェが、自分のためでなく国民のために頭を下げているように。王女として、国のために、民のために何ができるか考えられるようになれ」

「王女として、民のために……」


 その目はエドウィを追い、そして近くで自分を心配そうに見つめるノーフェに移った。


「王女として、兄様の手伝いを、お父様の手伝いができるように」

「そうだ。そして時間ができたら、我らに会いに、そして三領の者と会うために、国を抜け出してくるといい」

「……いいの?」

「子どもでなくなれば、できるだろう」


 鳥人と自由に空を飛ぶ聖女のように。獣人の国へ、そしてドワーフの国へ、エルフの国へ。


「兄様」

「そうだ。共に父上と国を支えよう」


 そう簡単にはわがままは直らないだろうけど、と真紀が思ったのは秘密である。








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