屋上にて
サウロとアミアが屋上に出ると、千春が急いで走ってきた。
「サウロ! すごい汗!」
「チハール。心配ない」
サウロはアミアに支えられていたが、アミアに頷くとふらつきながらも一人で立った。
ふ、と何かが渦巻くような気配がするとそこには、いつもの羽の生えたサウロが立っていた。心なしか顔色もよくなっているような気がする。
「やはり羽がないと調子が出ないな」
「いや、鉄格子力ずくで曲げておいて、それで調子が出ないとか、ないわー」
すかさず真紀が突っ込んだ。ああ、という、サウロならやるだろうなというぬるい気配が周りに立ちこめた。
「ほんとにありがとう」
「なに、大したことはない」
千春の感謝にほんの少し嬉しそうなサウロは、それでもあまり表情は動かず、見ようによってはクールでかっこよく見えるんだろうなと真紀は思った。千春が純粋に感謝に顔を輝かせていたので、それ以上突っ込みはしなかったが。
アミアは一歩引いてそれをほほえましそうに見ていた。
「アミアも、ありがとう」
「愛し子よ、大したことはない」
しかし、こちらは遠慮せず近付いてきた千春をぎゅっと抱き込んでおり、やはりアミアなら仕方ないというあきらめの空気が周りには漂っていた。どうやら自分が思う以上に鳥人と人魚は特殊なのかもしれないと真紀は改めて思ったのだった。
そうしているうちにも、エアリスの飛行船はたくさんの鳥人たちに取り巻かれながら近づきつつある。このまま城の庭の真ん中に下りるつもりのようだ。
「さすがに空からの侵入者に対する対策は考えていなかったようですね。弓を構えるものはいても、鳥人に邪魔されて撃つこともできていないし、そもそも兵に迷いがあります」
どうやら城を守る兵たちは、状況に対応できていないらしい。エドウィが冷静に分析をしている。
「それはそうでしょう。自国の王子が王を人質に立てこもるだとか言われても、現実味が薄いでしょうしね。おや、飛行船が着きますよ」
「アーサー、来てるんだよね。エアリスも。大丈夫かな。王が直接来たりしても、大丈夫なのかな」
千春が心配そうだ。真紀は少し厳しい声を出した。
「千春、自分のせいでって思ってないよね」
「え、うん」
うつむいた千春は、やっぱり自分のせいだと少し思っているようだ。
「いい、千春。正直なところ、こっそり城出して心配かけた時は、ちょっとは私たちも悪かったとは思うよ。でも今回は違うよね。内陸が、あえて言うならアドル侯が、勝手に引き起こしたことでしょ」
内陸が、というところでノーフェがハッとしてこちらを見たが、今はノーフェにかまっている場合ではない。
「千春は完全に被害者だよ。さらわれて、つらい思いをして、地下の鉄格子の向こうに閉じ込められて、魔石を作らされていたんでしょ。そのうえ、槍まで向けられたって聞いたよ」
その言葉に城の屋上にいた者たちがざわめいた。真紀はちらりと目の端で、捕らえられた鳥人たちを見た。驚愕に目を見開いている。
「それで自分のせいだとか思ってたら人がいいにもほどがあるよ! 今回ばかりは私は誘拐にかかわったものたちを許さないんだから!」
「真紀ちゃん……」
千春はうつむいていた顔を上げた。
「わかった。わかったよ。ほんの少しでも自分がああしていたらとかこうしていたらとか思うのはもうやめにする。それにね」
「なに?」
千春はスカート部分のポケットに手を突っ込んで、何かを取り出した。
「ほら」
きらきらと輝くそれはおなじみのものだった。
「魔石?」
「魔石は作らされたけど、作った分は全部もってきたから。全部言いなりなんかじゃなかったんだよ。重くてポケットが破れるかと思ったけど、大丈夫だった」
「いつの間に……」
呟いたノーフェに、千春はニコッと笑った。
「ノーフェが来る前からだよ。いつ逃げ出してもいいようにね」
「だから寝るときも着替えなかったのか……」
「千春ったら、まったくもう」
心配したけど、ちょっと考えすぎなところもあるけれど、千春はやっぱり千春だった。
「さあ、マキ、チハール、そろそろ飛行船から人が出てきますよ。ほら、ドアが開いた」
飛行船に向けて弓を構えるものも、剣を構えるものもいたが、中から出てきた人たちはそれをまるで気にも留めないようにゆっくりと前に進んでいる。静かに舞い降りた鳥人たちが、それを取り囲むように歩く。兵はそれに押されるように下がっていく。
アーサーを先頭に、各国の若い要人たちが見える。王はアーサーだけだが、南領ローランドからはアーロンとナイランが、エルフ領からは白の賢者エアリスが。ドワーフ領からはカイダルとグルドが、そして獣人領からはザイナスとレイアが。
そして閉めきられた城門の向こうからは、たくさんの兵の開門を求めるざわめきが聞こえる。
「さて、アドル侯はどう出るでしょうか。立てこもるか、堂々とでてくるか」
エドウィの冷静な声が響く。
そしてどうやら堂々と出てくることにしたようだ。屋上からだと後ろ姿しか見えないが、アドル侯とその一行が城から出て静かにアーサー王一行に歩み寄るのが見えた。
「これはこれは、アーサー王。何の連絡もなくいきなり飛行船で乗り付けるとは」
アドル侯は礼儀がなっていないというように手を広げ首を横に振った。
「これは異なことを、アドル侯よ。私はこの城からの依頼により急ぎ駆け付けたのだが」
静かに立つアーサーは、まったく動じていない。
シーンと静まり返る城の庭で、人の上に立つものとして鍛えられた発声は、少し離れている屋上にもよく届く。
「眉間にしわを寄せているアーサーしか見たことなかったけど、こうして見るとかっこいいね」
千春は真紀にこそこそとそう話しかけた。
「確かにそうだけど、さすがに今はそんな場合じゃないよ」
「はい」
確かにそんな場合ではない。庭ではやり取りが続いていた。
「申し訳ないが、こちらからは何の依頼もしていない。どうかお帰りを」
「こちらこそ、申しわけないが、こちらの城の次期王、ノーフェ王子からの依頼である。その場所を空け、速やかに王子のもとに案内してもらいたい」
「ノーフェ王子? それはそれは」
アドル侯は嫌な笑い方をした。
「こちらはまさにそのことで取り込み中でしてな。現在ノーフェは、王を人質にして立てこもっているのですよ。他の領の相手をしている暇などないのです。さ、お帰りを」
「王を人質に? ばかな。次期王が王を人質にとってなんとするというのだ。アドルよ、そこをどけ。私が用があるのはノーフェ王子だ」
「どけだと。他領にはかかわりのないことだ。ハイランドの問題である。干渉は無用」
「アドルよ」
アーサーは変わらない静かな声でそう語りかけた。
「貴公こそなんの権利があって我らを止める」
「なんの権利? 私は病弱な王の代わりに執務を取っている。実質的な王の代理である。つまり、王が政務を執れない以上、私がこの国の王の代わりということになる」
アーサーは深くため息をつき、一言つぶやいた。
「愚かな」
月木は「転生幼女」、金は「異世界癒し手」、水は「ぶらり旅」の予定ですが、少しあやしいかも。
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まずはなろうで読んでみてくださいませ!幼児がよちよち頑張るお話です(´ω`)
ぶらり旅、コミカライズも面白いのでそちらもぜひ!




