返してほしいものとは
あっけに取られていた南領の大人たちもさすがにたしなめた。
「シュゼ殿、言葉がすぎます。神に愛されし聖女に対し無礼ですぞ」
「聖女などどうせ取り替えがきくものだ。いなくなったとしても三月ほどで神が代わりを連れてくるのだから。いちいち式典などせずとも、聖女宮に引きこもって瘴気を浄化しておればよいのだ」
そこに様子を見にきた内陸の王子がそう言った。
「そうよ、お兄様の言う通り。代々の聖女も皆かの国では貧しい家の出だそうよ。良いものを着られて、食べるのに困らないのだから大きな顔をしないでもらいたいものだわ」
大きい顔などしてないんだけど。真紀と千春は顔を見合わせてため息をついた。
「聞けばたくさんのお金を使って街遊びばかりしているとか」
これは千春にはまずかった。お金について適当なことを言うな!
「たくさんのお金っていうけれど、私たち、街で一日どのくらいお金を使っているかご存じ?」
「いちいちそんなものまで知らないわ!」
「お昼とおやつを屋台で食べて1000ギル以内。雑貨を買う時も5000ギルくらい。しかもちゃんと稼いだお金を使っているわ」
周りの大人たちはほうと声を上げた。堅実な。すばらしい。
「その、警護や、それにエドウィ様の時間まで使って!」
「警護は街に行かなくてもつきます。エドウィとは仲良しだから、とても楽しいわよ」
「なっ」
「あなた内陸の王女様なのでしょ。簡単な物価すら教わっていないのかしら」
「だっておじさまがそう言ったもの!」
「あらごめんなさい、お子様相手に難しいこと言ってしまったわね。あちらにめずらしいお菓子があるわよ。いってらしたら?」
どいつもこいつも小学生か! 千春はシュゼにひらひらと手を振ってにらまれた。それを見て内陸の王子は鼻で笑った。
「菓子などと。聖女様こそ、そんなものめったに口にできぬだろう。いやしく食べてくればいかがか」
同じ王子でもエドウィとは天と地ほどの差があるな。
「マキ、チハール、どうした。大丈夫か」
騒ぎに気づいて、そのエドウィがやってきた。
「エドウィ様!」
シュゼがエドウィの腕にすがりついた。エドウィはちょっと眉をひそめ、妹にするように、その腕を軽く叩いた。
「シュゼさまが、マキさまとチハールさまから離れろと言ったのです。瘴気で汚れているからと。メイヤは楽しくお話していたのに」
誰も何も言えないでいるうちに、小さい王女様がそう言った。ははは、告げ口は大好きだ、と千春は思った。
「まさかシュゼ、またマキとチハールにからんでいたのか」
また? エドウィ、知ってたの?
「だって、あなたのお城なのに我が物顔で歩き回って。そのような貧相な有様なうえ、額に魔石まで生やして。その上街遊びまで。周りは聖女のために大騒ぎして式典の準備をしていると言うのに」
「シュゼ、なんということを! 内陸ではどのような教育をしているのだ。聖女に対して無礼が過ぎる。この世界の何より貴重な人たちなのだぞ! 年若いとはいえさすがに目が余る。ノーフェ、シュゼは部屋に引き取ってもらえ」
「エドウィ、何を言っている。我らは招かれた客だぞ。なぜ我らが引かねばならぬ」
「ノーフェ。なぜ招かれたのか思いだせ。我らが世界の浄化のために、世界を越えてきてくださった聖女に敬意を表するためであろう。マキとチハールが大人の対応をしていたからおおごとにしないできたが、いい加減にしろ」
「しかし、金食い虫なのは事実であろう」
「アドル公!」
アドル公は庭で嫌味を言った人。内陸の国の王弟だそうだ。
「役に立つかどうかわからない者に毎年拠出金を払わされているのだからな」
「それが世界のためだからです。どれだけの見えない恩恵を受けているか、王族なら特に知っていることでしょう」
聖女がどれだけ大切か、どのくらい各国に負担をかけているのか、それをどう解釈しているのか私たちも知るべきなのかもしれない。でも、我慢していたけれど、この世界の人も知るべきなんだ。真紀はうんざりしてそう思った。そして、
「いい加減にして!」
と叫んだ。しん、とした。真紀に千春がそっと寄り添う。
「私たちにどれだけの価値があるのか、ないのか、それはあなたたちが決めればいいことです。私たちには関係ない」
そしてメイヤを優しく眺め、シュゼ、ノーフェ、そしアドル公に目をやった。
「私たちがぜいたくをしているというのであれば、街に放りだせばいい。お金も出したくないなら出さなければいいのです」
「ほう、聖女は必要ないそうだぞ」
アドル公があざけった。
「その代わり、私たちが持っていたものを返してください」
「持っていたもの? 何のことだ」
アドル公がけげんそうに言った。
「私たちは豊かな国から来ました。季節ごとに何十枚もの服を持ち、毎日違う食事をとり、世界中の物を買うことができていました。列車など毎日乗っていましたから」
「聖女はみな貧しかったと伝承にはあると聞いたわ」
「いつの話ですか。前代の聖女から時代は変わったのです」
真紀は続けた。
「だからこの城で毎日変わる服も食事も、外出でさえ私たちにはとりたてて贅沢なものではないのです。菓子など私たちの国のほうがどれだけ充実していたことか」
「それならばもっと求めればいいではないか」
矛盾している。ただ気に入らないから文句を言っているだけなのだ。
「では、家族を」
真紀は静かに言った。
「家族、とは」
「私たちを産み、大切に育て、愛してくれた家族を返して」
周りは息をのんだ。
「大切な娘を奪われた家族に、私たちを返して」
「……」
「今頃大騒ぎをして、寝る間を惜しんで私たちを探しているだろう家族のもとに、返して」
「神が……」
「そうやって都合の悪いことは何でも神のせい。自分たちはその恩恵を受け取るだけ。どちらがいやしいの」
「くっ」
アーサーがやってきて言った。
「アドル公よ、内陸の不満は聖女に言ったからといってどうなることでもない。前代の聖女が静かすぎて、恩恵を忘れているようだな、内陸は。これは外交問題として大きく取り上げさせてもらう。今は聖女に謝罪を。そして退出を」
3人は形ばかり謝罪し、退出した。
その日、聖女の部屋に呼ばれたセーラは、ひそかにエアリスとつなぎを取った。分厚いローブをかぶった真紀と千春は、夜遅く、エアリスのもとを訪れた。ザイナスにも来てもらっていた。
「今日は大変だったな。内陸のものに代わって何度でも謝ろう」
「ううん、代わって謝ったりしないで。いろいろな考え方の人がいる。それぞれの人がそれぞれの考え方があるもの。エアリスは謝らないで」
「そうか。ではいかがした、マキ、そしてチハールよ」
エアリスは優しく尋ねた。
「今日、か、家族のことを口に出しちゃったら」
「2人では、どうしてもダメだったの……」
「大人なのにおかしいけど……」
「母さんや父さんに、会いたくて……」
うつむく真紀と千春を、エアリスとザイナスはそっと抱き寄せた。それでも声を上げては泣かぬ真紀と千春は、嗚咽をこらえ静かに2人のシャツを濡らす。せめてもう会えぬ父や母の代わりにと、心を痛めながら大切に大切に抱きしめたのだった。
次の日、心配するアーサーやザイナス、エアリスを微笑みでかわし、真紀と千春は午前中、民に手を振った。そして最後の夜の晩餐会に向けてゆっくりと休みたいと言った2人は、夜にはもう城のどこにも見当たらなかったのだった。