侵入
千春からノーフェが牢に入れられたという情報が流れてきて、真紀たちはどうすべきか考えていた。
「千春は自分一人なら、別に何もされないだろうって言ってた。わざわざさらってきたんだしね。でも、ノーフェを牢屋に閉じ込めてそのままにしておくとは思えないとも言ってた。たぶん本人もわかってるだろうって。あとはどういう理由付けをされるか……」
「早めに手を打たないといけませんね」
暗い表情で語る真紀にエドウィも頷いた。
正直なところ、鳥人にしろ人魚にしろ、なぜ真紀がノーフェの心配をしているのか理解できなかった。
大切なのは千春、それだけだ。ノーフェは王族かもしれないが、所詮は一国の中のもめごと、しかも鳥人にとっては聖女を苦しめた張本人である。なぜあれほど嫌味を言われて、その相手の心配をするのか。
しかし、真紀と千春がそうしたいというのならば、そうするしかない。
「どうやらアーサーに救援を求めたようだけれど、アーサーと合流してから動くべきかなあ」
「いや、動くなら別がいいだろう」
こんな山中でもゆったりくつろいで見えるアミアがそう言った。
「鳥人の動きはつかまれていると見てよい。そのアドルという輩もすぐに対策をとるであろう。さしずめ王を人質にとり立てこもる王子、王の救出のどさくさに紛れて亡くなったことにするのであろうよ。しかし、アドルとは、あのひ弱な王の弟であろう。野心のあるタイプには思えなかったがな」
「アミア、知ってるの?」
アミアは頷いた。
「どの人族の王族も、子どものころに人魚の長に会いに来ることになっているのだ。エドウィも、ノーフェも、幼すぎて覚えていなかろうが、シュゼもな」
「エドウィのこともカイダルのことも知らないような顔をしていたのに?」
「覚えてはいたさ、興味がないだけでな」
それもひどい言い草ではある。
「つまり、早く行動したほうがいいってこと?」
「ノーフェとやらがもめごとでどうなろうと知ったことではないが、巻き添えでチハールが怪我でもしたら大変だからな」
「アミア……」
人魚の長が正直なのはともかくとして、真紀達は、城の屋上から王の居室に侵入して王を救う組と、千春を救う班とに分かれて行動することになった。王の居室には、あちこちに抜け道が付いているものらしい。
「いざという時外に逃れられるようにって言うけど、こうして侵入されることのほうが怖いよ、私は」
真紀は首をひねった。エドウィはこんな時だが楽しそうにこう答えた。
「まあ、実際にその抜け道を使っていざという時があったと聞いたことはありません。父上は、ドワーフの遊び心ではないかと言っていましたよ」
エドウィも幼い時はずいぶん抜け道で遊んだものだという。
「え、それって王様以外も知ってていいものなの?」
「ああ、一応直系ですからね」
「あ、そか」
一子相伝的なもので、王が死ぬ間際に教えるものなのかと思っていた真紀だった。そういう訳で、アーサー達が来る前、ノーフェ経由で王の居室への抜け道が伝えられ、王の救出も同時に行うことになった。
夜明け間近、たくさんの鳥人が乱舞し、城の兵をかく乱する中、真紀たちは城の屋上へと静かに降り立った。すぐにエドウィが王の居室への抜け道を見つけ出し、心配そうに真紀を見つめながらも、そこに向かう。
真紀は屋上に残った。そこには懐かしい顔があった。
「オルニ! プエル!」
「マキよ、久しいな」
「久しぶりね!」
旧交を温める三人の後ろには、懐かしくない顔もあった。
「シュゼ、はともかく、そこの鳥人たち」
名前も覚えていないが、真紀はこぶしを握った。
「歯を食いしばれ!」
ゴスっと。こぶしを握った割につい出たのは足だったが、きれいに決まろうとした回し蹴りは、アミアにうまく受け流された。
「アミア、止めないで! あいつらが千春をさらったんだ!」
「マキ、気持ちはわかるが、手出しをできない者に当たっては、お前自身が後悔することになる」
真紀ははっとして鳥人たちを見た。羽が後ろに折りたたまれたまま縄をかけられているだけでなく、手も足も縛られていた。
「我らはめったに形態を変えぬが、羽根をしまうことも人型になることもできる。どうやっても逃げられないようにこうしてある」
オルニが苦い顔でこう言った。
「シュゼはまあ、この子どもは何も知らないから。人質になる前に、先に確保しておいたの」
プエルもそう説明してくれた。今はいろいろなことは後回しだと、真紀が自分に言い聞かせていた時に、エドウィを先頭に何人かが抜け道から出てきた。二人がかりで誰かを抱えている。
「お父様!」
「シュゼ……か?」
そっと降ろされた王と思われる人に、シュゼが駆け寄る。
「いつの間にかレディになって……」
シュゼは何も言えないようだ。
「同じ城にいながらなんで会えなかったのとか、いろいろ言いたいこともあるんだけど、ちょっとそれも後回しで」
真紀は誰にともなしにそう言うと、二人に近付いた。
「はい、ちょっとすみませんね、はい」
そしてシュゼを押しのけると、王の肩をパン、と叩いた。
「王に何を!」
「お父様!」
と叫ぶ輩は鳥人と人魚に抑えられている。
「もう何回か我慢してね」
「あ、ああ。あなたは聖女か」
「そう。はい!」
パン、パン、と。何度か叩くと真紀は満足そうに立ち上がった。
「とりあえず体の瘴気は払ったけど、それで体調がすぐ戻るわけじゃないから。暖かくして休ませておいてね。では」
エドウィにサウロ、アミア、そして王の部屋から出てきたアランが真紀のもとに集まった。
「ちょっと、サウロ、その羽では抜け穴は無理でしょ。それにアミアも長なのに何をやってるの?」
真紀はここは人族の兵を連れて行こうと思っていたから驚いた。そしてサウロを見てさらに驚いた。
「ちょ、サウロ、羽根がなくなってる!」
ただのイケメンではないか! サイカニアがクスクス笑っているが、そんな場合ではない。
「まあ、バランスは悪いが仕方なかろう。羽を消しても力はそのままだからな。さあ、行こう」
その時、縛られている鳥人が騒ぎ始めた。何か言いたいようだ。サウロは冷たい顔で、
「さるぐつわを取ってやれ」
と言った。オルニが一人だけさるぐつわを取ると、
「サウロ、やめろ! 地下では俺たちがどんなに苦しいかわかっているだろう! 聖女のいるのは神殿の地下と聞く。羽を消すのですらずいぶん力を使うのに!」
「そんなことか」
サウロはあきれたような顔をするとオルニに合図し、またさるぐつわをはめさせた。
「大切なもののために羽が邪魔ならなくていい。大切な人が苦しんでいるのに、自分の苦しみなどどうでもいい」
羽がどうでもいい訳はないのだ。それでも真紀は今は沸き上がる感動と感謝を押し込め、千春を救出に向かわなければならない。
「マキ」
「うん。じゃあ、行くよ!」
待ってて! 千春!
月木は「転生幼女」、金は「異世界癒し手」、水は「ぶらり旅」の予定です。
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まずはなろうで読んでみてくださいませ!幼児がよちよち頑張るお話です(´ω`)