全員集合
その年の秋の一日、内陸の王都の朝は、時ならぬ物々しさに包まれていた。
「え、町に入れないってどういうことだよ」
「城からの命令だ」
「はあ? こんなこと今まで一度もなかったのに。いったいどんな理由でだよ!」
背後に厳しい山を背負っている内陸の王都に入る大きな道は三本ある。王都といってもどこかに攻められるわけではないから城壁に囲まれているわけでもなく、内陸の各地から人が自由に行き来する、単に城のあるにぎやかな町に過ぎない。ただしあちこちから物資も集まってくるので、町の大きな道路は広い。
普段は自由に入れる王都の入り口に、その日は兵が立ち、朝早くから市に荷を運ぶ近隣の人々の出入りを禁じていた。
三領との交流があり、魔物を狩る冒険者も商人も多い分、問題も比較的多いミッドランドでは、兵もある程度の数がいて治安を守るのに活躍している。しかし南領ローランドや、ここ内陸ハイランドでは、兵の役割はいわば町のおまわりさんと同じであり、住民同士のトラブルの間に入ったり、問題が起きないように事前に見回ったりする役割で、数も少ない。
唯一城にいる兵が、伝統的に王と城を守る役割についているが、どこかほかの国に攻められたことなど一度もないために、町の人がその意義について考えることなどほとんどなかった。
その城の兵が、町に出入りを禁ずるという。朝早くから来るものは基本農家の仕事をしている人たちなので、一日二日商売ができないくらい何ということもないが、このように兵に強制されることは初めてで、皆戸惑い不安に思い、帰るに帰れず、町の入り口は荷馬車で渋滞しているありさまだ。
「理由もなしに入れないって言われても困るんだよ。それにいつまでなんだ?」
兵に詰め寄る人々の言うことももっともであるが、兵も事情をまだ口にすることができず、「城の命令」を繰り返すしかない。
兵たちだって、信じたくない事態なのだ。昨日夜遅くに急に王弟殿下の名で集められたと思ったら、言われたのが、
「ノーフェ殿下が王を人質にとって立てこもっている。要求は王座」
という、信じられないことだったからだ。しかも、
「他の領に援助を求め、通じている可能性がある。したがって事態が鎮静化するまで、王都に出入り禁止。兵はその仕事を」
である。
しばらく前から王の調子が悪く、王弟のアドル侯が政務を執っているのは皆が知っていることだ。跡継ぎのノーフェ王子は王が調子を崩し始めた頃はまだ10歳にもなっておらず、成人するまでアドル侯が代理を務めるのは当然のように思えた。
ある程度ノーフェが成長すると、国のあちこちに仕事で行くようになったので、領民はノーフェのことをよく知っていたし、人気も高かった。アドル侯のことは見たことのない人がほとんどだったが、王子を支えて仕事をしているように見えることから、やはり評価は高かった。
また、そのことで特に今まで困ったこともなかった。つい何か月か前に、他の領との交易が一時止められるという事態が起きたが、物資が滞ることもなく、直接交易に携わる者以外に影響はほとんどなかった。
また、ノーフェ王子が成人したので、アドル侯から学びながら数年以内に王の交代があるだろうと、領民はのんびりとそう考えていた。それは兵も同じだ。
だからこそ、ノーフェの反乱ということがピンとこなかったし、要求が王座ということも理解しがたかった。数年以内に手に入るものを、今急いで手に入れてどうするというのだ。しかも、他の領に通じているというが、その理由はなんだ。
皆城で王子のことはよく見かけるから、焦っているようすもなかったと知っている。
「おい、王子の直属の護衛はどうなっているんだ。事情を知っているだろう」
「それが……」
どうやら護衛は二つに分裂していて、その一つが実際に王の部屋に立てこもっているらしい。そのことが、ノーフェを信じたいという城の兵の気持ちを惑わせる結果になっていた。
また、ノーフェがそんなことをするはずがないと思うということは、逆にアドル侯が何かをたくらんでいるということになる。しかし、対外的にはいろいろあったかもしれないが、領民にとってアドル侯はなんの失策もしていなかった。特に最近、鳥人が城に来るようになり、そのことは好意的に受け入れられていた。
「そうだ! その鳥人も他の領の者ではないか! 誰か鳥人に知り合いはいないか!」
それで鳥人を捜しに行った者もいたが、夜のせいか鳥人も見つからない。結局何を信じていいかわからないまま、朝になると兵は道の閉鎖という仕事に渋々出かけて行ったという訳なのだった。
「外に出る分にはいいだろ?」
「出入り両方禁止である」
などと大混乱ではあったが、朝の移動が収まったころ、城のほうから何かざわざわとした気配がし、人が集まり始めた。しばらくたつと城から早馬がやってきて、各広場で紙を広げて通達を始めた。
「ノーフェ殿下が王を人質にとって立てこもっている。要求は王座。ただいま解決に向け動いているが、殿下が他の領に援助を求め、通じている可能性がある。したがって事態が鎮静化するまで、領民も含めすべての民は王都への出入り禁止」
という、兵がすでに知っていた通りのものだった。しかし、戸惑う民は、馬の上の兵に詰め寄った。
「おい、あんた! 何を言ってるんだ。ノーフェ様がそんなことするわけないだろ。こないだ成人して、もうほとんど王みたいなもんだろ。今更体の弱い王を追い落としてなんになるんだ!」
「他の領ったって、争いごとなんてないだろ?」
「こないだ聖女がらみでなんかあったって聞いたけど、解決済みだろ?」
兵は指揮者であるアドル侯に従わなければならないから、おかしいと思いながらも行動をしなければならない。しかし民にとっては、アドル侯はあくまでノーフェが成人するまでの代理という認識である。堅実でよくノーフェを支えるよい叔父であると、そのように思っている。
だからおかしいことはおかしいとはっきり口にする。しかし兵にも答えられないものは答えられないのだ。
「おい、あれはなんだ?」
兵に詰め寄っていた民の後方で、空を指さすものがいる。
「空を飛ぶ家?」
「もしかして、あれじゃねえか。ミッドランドで飛んでるっている、あの」
「飛行船、か?」
「それだよ!」
飛行船だけではない。飛行船を囲むように、追うように、最近見慣れた白い羽の鳥人がたくさん飛んでいる。しかも、人を抱えている。
「鳥人が大人を運んでるぜ……白い髪の人ばかりだ……おい、近くに下りてきそうだぜ!」
しかし、かなり下まで降りてきた鳥人は地面に下りることなく、自分の抱えた人をまるで見せびらかすかのように民に示していく。運ばれている人はゆっくりと髪をかき上げて見せる。そしてすぐに飛行船を追っていった。
「見たか! 日の光にきらめく肌と髪、かき上げた手の指の間には水かき、そして髪から見えたのは耳じゃなくてひれだろう!」
「人魚、なのか……」
あちこちで人魚だというざわめきが起きる。
「おい! こっちもだ! ちょっとあんた! 城の人!」
町の入り口で粘っていた荷馬車の人が大きな声を上げ、兵が慌てて走っていく。
「ドワーフに、エルフ。そして、獣人……なんで……」
「城からの通達は、本当だったのか?」
内陸の領都に、見たことのない者たちが集まろうとしていた。
基本月木は「転生幼女」、金は「異世界癒し手」、水は「ぶらり旅」でしばらく行けたらなと思っています。
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