いい所がひとつもない
千春はため息をつくと、落ちていたナイフを拾い上げた。廊下側の窓は開けられていないので、誰かが見ているとは思わないけれど、念のためこっそりとだ。
そして足元で動かないノーフェを見た。
動けないのではない。たぶん動いていないのだ。
「叔父上がそんなことをするわけがないと、話せばわかると思って、アランを振り切って突撃、そしてこうなった、と」
動かない塊がピクリと動いた。
「とりあえず、おかえりなさい」
意地悪だっただろうか。千春は足元に横たわったまま動かない塊の、まずさるぐつわからはずし、次に後ろで縛られていた腕の紐を、ナイフで恐る恐る切った。太いひもはなかなか切れず、ノーフェの手を切ってしまわないかドキドキした。
よく考えたら手の紐を先に切って、さるぐつわを自分で外させればよかったのか。まあ、どっちにしろ本人がこれではね……。
「まあ、ソファにでも座ろうよ」
「構わないでくれ」
「誰かが床に倒れたままで休んでいられるほど図太くはないしね」
「……」
ノーフェは黙り込んでいる。よほどショックだったのだろう。しおれた王子など何の役にも立たない。せめて話し相手にでもなればいいものを。
「あ、ベッド一つしかないけど、一緒に寝る?」
「な、何をお前は!」
ノーフェはガバリと起き上がった。
「あ、起きた。ほら、ソファに座って」
起きてしまったノーフェはしぶしぶソファに座った。
「まじめな話、あっちの部屋にベッドは一つしかないからね。そこのぞき窓から見られても平気なら、このソファで、それが嫌なら向こうの部屋の床で寝てね」
「……こちらのソファで」
「そう?」
微妙な沈黙が流れた。確か、エドウィがノーフェを同じ年だと言っていた気がする。そうするとまだ18歳だから、千春より7つ年下になる。まだまだ成長中ってとこかな。
ソファに座っている落ち込んだ様子のノーフェを、小さな食卓の椅子に座りながら千春は眺めた。
ぐー。
突然音が響いた。ノーフェははっとしてお腹を押さえた。
「夕ご飯食べていないの?」
「いや、ああ、うん。昼から食べていない」
「あらら」
何があったかは後で聞くとして。千春はベッドのある部屋のドアを開けると、向こうから布包みを持ってきた。そして、食卓にあった水差しから、カップに水を注いで、包みを開いた。
「取っておいてよかったよ。少しは足しになるでしょ。ちょっと固いかなあ?」
中から出てきたのはパンとブドウだった。
「なぜそんなものを……」
「食事が多めの時はこうして取っておくの。どうせ食べずに戻しても捨てられるかもしれないでしょ? それだったら、いざという時のためにとって置いたら、ほらこうしてまた役に立った」
「また、とは」
「話してあげるから、まず食べようよ」
千春はノーフェが食べやすいようにテーブルをよいしょと動かした。
「ああ、そんなこと私がやるのに」
「まあまあ。このくらい軽い軽い」
あわてるノーフェを抑えて千春はテーブルを動かした。
「はい、食べて」
ノーフェはごくりと喉を鳴らすと、まず水をグイッと飲み干した。そしてパンを手に取ってゆっくり食べ始める。次第にスピードは速くなり、千春がとっておいた小さいパン5つはすぐになくなった。
「朝昼晩と、余ったやつを取っておいたの」
ニコニコする千春に、ノーフェは何をどうしていいのか途方にくれた。
「そもそもね」
そうして千春が話し始めたのは、ドワーフ領で崖から落ちた時の話だ。かばんにとっておいたパンが役に立ったこと、それからやっぱりドワーフ領グロブルで、さらわれた時のこと。
「あの時は真紀ちゃんが大変で、念のためにパンを取っておいたんだけど、そう言えばあの時は取っておいたパンは役に立たなかったなあ」
本当なら話すべきなのはそんなことではない。それでも千春の声は耳に優しく、何もできなかった自分の悔しさや恥ずかしさを、落ち着かせるだけの時間をノーフェに与えてくれた。
今、現実では、聖女がさらわれ、密かに閉じ込められていること。何とかしようと掛け合ったが、結局王子も閉じ込められてしまったこと、つまりは。
「国が乗っ取られていた」
「うん」
「今まではお飾りでも私を立てていたが、おそらくこれからは実質叔父上が統治することになる」
「そうか」
「私は、国のどこかに派遣され、そのどこかできっと事故に巻き込まれたことになるだろう」
そこまで悪だくみが進行していたとは千春も思いもしなかった。
「アランは?」
「先に父上を確保するように言ってある。父上は部屋から動かすことはできないほど弱っておられる。何とか見つけた味方の兵と食料を持たせて、父上の部屋に閉じこもるようにと」
「そういうことか……。ただむやみにぶつかっていっただけかと思ってた」
千春はこんな時だけれどフフっと笑った。
「そんなようなものだ。自分一人では何もできないと思って、アランを頼り、父上を頼った。父上に何かあれば今国は完全に叔父上に乗っ取られてしまう」
ノーフェは自嘲するように笑った。
「しかも、結局は私はあんなに馬鹿にしていた鳥人に頼り、ミッドランドのアーサー王に、父上の救援の要請を出してしまった。自分で自分の国の兵を動かせず、他国に頼るしかない王子なんて、いる意味もない」
「アーサーに頼んだの! しかも鳥人?」
「ああ。オルニとプエルとかいう、変わった鳥人に」
「よくやった!」
千春は思わず立ち上がると、満面の笑顔でノーフェをほめたたえた。
「いやー、縛られてここに連れてこられた時は、予想を裏切らない間抜けな王子だと思ったけど、案外やるじゃない! 鳥人なら一日かからずミッドランドに着くよ。飛行船を使うなら、数日中にはミッドランドの人たちがやってくるでしょう。それまで何とか頑張ればいいんだから」
「間抜けな王子……」
はしゃいでいる千春の横でノーフェが肩を落としている。
「間抜けな王子だってこと、一から説明されたい?」
「それはやめてくれ」
そんな話をしている間も、魔物はふらりふらりとやってきては、千春に魔石に還してもらっている。そうでない魔物は牢の中に勝手に入ってきたり、天井をふらふらしたりしている。
「昨日は驚いたが、だんだん慣れてきたようだ」
ノーフェは魔物を目で追いかけて、忙しそうだ。
「もしノーフェが冒険者だったら、もっと抵抗感があったのかもしれないね」
「どういうことだ」
「魔物を狩っているものは、油断すると命を失うこともある。魔物は悪いもの、怖いものなの。カイダルやナイランは、魔物に慣れるのにものすごく時間がかかったよ。もっと警戒しろってよく怒られたなあ」
「カイダルとナイランか。変わり者のドワーフの王子と南領の王子、か」
ノーフェは記憶をたどるようにゆっくりと確認した。
「そう。変わっているって言ったらきっと怒るけどね」
千春は懐かしそうな顔をした。まだ離れてからそんなにたっていないはずなのにな。
「さあ、こうしてても仕方がないもの。もう休もうか」
そんな風に言ってもらったことのないノーフェは戸惑った。メイドでもない、侍従でもない、たとえるなら姉のような。
「どうしたの、顔が赤いよ」
「い、いや、なんでもない」
いくら扉一つ隔てていようと、この状況で寝られるわけがないノーフェだった。
「よかったら、だが」
「なに?」
「話を聞かせてくれないか。その、ドワーフ領に行った、先ほどの話を詳しく」
「いいよ。でもそのためには」
千春はちょっと意地悪そうな顔をした。
「まずきっかけになった意地悪な王族のことから話さなくちゃいけなくなるよ」
間抜けで、意地悪。いい所が一つもない。ノーフェは今日何度目かの肩を落とすのだった。
【連絡】
⒈年末が忙しく、1回更新お休みします。
⒉「異世界癒し手」年末と言っていましたが、年始からになります。
⒊「転生幼女」は月木の予定です。
ではみなさま、今年も読んでくれてありがとうございました!来年もよろしくお願いします(´ω`)




