内陸へ
途中名もない無人島で休憩し、ミッドランドに着いたのは4時間後で、さすがに日もくれていた。千春が一緒なら、無人島など大喜びだったに違いない。ポツポツと明かりのともる街並みと、その奥にぼんやりと浮かび上がるミッドランドの城のなんと美しかったことか。
何を見ても千春ならどうしただろう、千春ならどう喜んだろうということばかり思い浮かんで胸が苦しい。
しかし、城にたどり着いた時には、さすがに真紀もエドウィも、そしてサウロとサイカニアでさえ疲れ果てていた。
真紀は一旦下ろしてもらってから、肩で息をするサウロとサイカニアのそばによろよろと近寄った。まだ自分のほうがましだと思ったからだ。
「サウロ、サイカニア、大丈夫?」
「全然平気よ」
全然平気そうに見えないが、真紀がオロオロしていると城のものが駆けつけてきた。
「サウロ、サイカニア。説明は私たちに任せて、明日のために休んでください」
「すまないな、エドウィ。そうさせてもらう」
二人はよろよろと鳥人用の宿舎に連れられて行った。
「エドウィ、それに真紀ではないか」
「父上!」
「アーサー」
内陸に千春が連れ去られたという連絡が来て、それを追うように三領から次々とドワーフや獣人がやってきた。城のものはその対応に大わらわだったのだ。
しかも、ミッドランドは中継地点に甘んじるつもりはなかった。
エドウィと真紀からひと通りの話を聞き終わると、アーサーはおもわず深いため息をついた。
「もはや聖女だけの問題ではなくなったな」
「はい、父上」
エドウィは静かに頷いた。
「いち犯罪者のなしたことならそのものを断罪すればよい。しかし、どうやら誘拐を企てたものは内陸の城の者だという。しかし、病のケネスがそんなことをするわけがないし、ノーフェはそのような企みをするには子供すぎる。つまり」
「犯人は、アドル侯」
「と思われる。が、証拠がない」
アーサーは眉間のシワをいっそう深くしている。
「ケネスが病に倒れた後、会うこともなく、内陸のことは内陸のことと放置しておいたつけがきたか」
「あの、ケネスって誰ですか」
真紀の質問に、二人は意外なことを聞かれたと言うように一瞬言葉を途切れさせた。
「内陸の王だよ。病がちで、10年ほど前から表には出なくなったので、こないだの披露目の時も顔を出さなかったからな」
「私も小さい頃お顔を拝見したのみです」
「つまり、ノーフェのお父さんってことだね」
二人は頷いた。ドワーフ領で使っていた偽名が期せずして内陸の王族のものだったことに思わず苦笑した真紀だった。
「千春からは、既に内陸に入ったこと、今はどこかの山に留まり、待機している状態だということが伝わっています」
「同じ大陸にいるというのに、はがゆいですね」
「うん、どうやら夜遅くなるのを待っているみたい」
「それならマキは今のうちの仮眠を取っておいた方がいい。セーラを付けるので、動きが出たら知らせてくれ」
真紀は正直なところ疲れていたので、セーラと再会を喜び合う暇もなく、軽く食事をとるとあっという間に寝てしまった。いつもなら一人にしてくれるのだが、この日ばかりはセーラがそっと見守っていた。
「おかわいそうに。いるだけでいいと言われているはずなのに、今代の聖女は働かされすぎです。マキさまもチハールも優しいお方だから、頼まれれば嫌とは言えないでしょう。でも、本人達がいいと言っているからといって仕事を押し付けすぎなのです」
そうつぶやくと、真紀が起きた時のためにお茶の準備を静かに始めた。
一方で、エドウィとアーサーは休んではなかった。
「父上、私はこのままマキと一緒に内陸に潜入し、直接の救出に向かうつもりです。どうせアドル侯はシラを切るでしょうからね」
「そうだな。お前はそうしてくれ。私はエアリスを待って、準備を整えたら、飛行船で内陸に向かうつもりだ」
「父上が直接ですか! それはまた……」
「連絡を受けて、もう兵も派遣してある。今頃もう内陸の国境を越えているだろうよ。これはローランドも同じ。ローランドからも飛行船を向かわせるそうだし、王が直接向かうそうだ」
エドウィはあっけに取られた。
「もちろん、エルフからは次期王が、ドワーフ領からも王子のどなたかが、そして獣人領からもザイナスが」
「ちょっとまってください、何故急にザイナスが」
「レイアに任せて逃げ回っていたが、やっと次期代表としての覚悟を決めたようだぞ。獣人領の代表として内陸に向かうことになった」
なんと規模の大きいことか。
「鏡の池から人魚達も城に向かうそうです」
「うむ。内陸一国でどのような政策をしていても干渉すべきではない。が、聖女を巻き込んだとなっては別だ。ケネスとノーフェのことも気になっていた。名目は『見舞い』だ」
アーサーが城を離れることはほとんどない。王は国の調整役としてとても忙しい仕事なのだ。それこそいつも眉間にしわを寄せているくらいに。
そのアーサーが城を出るくらいの事態ということなのだ。
「アドル侯とその一味くらいなんとでもなる。問題は、チハールが無事かどうか、そして内陸の民が納得するかという事だ」
そうつぶやくアーサーの元に、セーラから連絡がきた。
「チハールさまに動きがあったようすです」
「わかった。すぐに向かう」
アーサーとエドウィは真紀の元に急いだ。入室を願うと、セーラがすぐに部屋に通してくれた。真紀はベッドに起き上がり、胸に手をぎゅっと当てている。
「伝言のゲイザーが外に来てくれています。矢で射たりしないように伝えて貰えますか」
「わかった」
アーサーはすぐに指示を出した。
「隠れていた山から、またぐるぐる巻きにされて連れてこられたのは、どうやら城のようで」
真紀が伝えてくれたのは驚くべき事だった。やはり犯人はアドル侯だったこと、どうやら城の地下に運ばれ、鉄格子の中に閉じ込められたこと、食事は出たこと、それらがリアルタイムに語られる。
鉄格子の中に閉じ込められたこと、そこがゲイザーのいる洞窟と繋がっていたこと。魔石を作るために連れてこられたようだということ。
そしてノーフェとアラン。
全ての報告がすむと、真紀はほうっと息を吐いた。
「できることはないから、寝ちゃうって。さすが千春」
「細かいところまで。ありがたい」
アーサーもほうっと大きく息を吐いた。
「では我らは、ノーフェとアランとつなぎをとって、なんとか直接チハールを助け出しましょう」
「我らは圧力を掛けてアドル侯の悪事を暴く。ノーフェがこの企みに加担していなくて良かった。この際、憂いは一気に取ってしまおう」
アーサーとエドウィは頷きあった。
「そのためにはマキ、今日は」
「うん、ゆっくり休むよ。千春みたいに」
内陸の地に、人々が集まろうとしていた。