秘密の通路
ノーフェとアランは、怪しい毛布が運ばれ、鳥人がいなくなってすぐに隠れていたところから走りでた。 アドル侯が入って行ったところは、ポッカリと穴が開き、その先にさらに地下に降りる階段がつながっている。
「叔父上は一体何を……」
「まあ、ろくでもないことだろうな」
「アラン!」
たしなめるようにそう言ったものの、怪しくないわけがなかった。とりあえず階段を降りようとするノーフェを、アランが止めた。
「やめろ! 見つかったらどうする」
「どうするも何も、話せば」
「ノーフェ、冷静になれ。アドル侯が正直に言うと思うのか」
「しかし」
具合の悪い父の代わりに、政務をとってきたアドル侯だ。最近の行動は不審なものが多いとはいえ、話せばわかる、とノーフェは思っていた。
「お前のことだ。どうせ言いくるめられて終わりだ。それにもしアドル侯が何かをしていたとして、告発して今城のものに信じてもらえるのはお前か、アドル侯か」
アランの言葉はノーフェに突き刺さった。城は今、アドル侯とその取り巻きが牛耳っていると言っても過言ではなかったからだ。しかし、成人したばかりの自分がそれをどう出来るというのか。
「その状況と向き合いたくないから、言われるがままにあちこちに派遣されていたことはわかってる。だが今はそうではなく、この事態をアドル侯に見つからずになんとかする必要があるんだ」
アランの言葉に、ノーフェははっと思い出した。
「父上の部屋からなら」
しかしそれは王家の直系にしか伝えられない情報だ。アランを前にノーフェはためらった。
「ノーフェ、俺を信じてくれ」
「アラン……」
そうだ、王家の直系も何も、このままではどうせ叔父上に乗っ取られるかもと思ってはいたのだ。民にとっては王は誰でも同じだと、それでもいいかとも諦めていたこの状況で、今更その事を気にしてどうなるというのだ。
「父上の部屋に向かおう」
「陛下のか。わかった」
二人は急いで王の部屋に向かった。部屋の前には、二人の護衛が立っていた。
「父上は」
「殿下、陛下はおそらくお休みかと」
「中に入りたい」
ノーフェのその声に護衛はためらう素振りを見せた。しかし、実の息子でなければ誰が入れるというのか。護衛は少し迷ってドアから離れた。
「父上、入ります」
緊急事態だ。ノックと同時に部屋に入る。夜遅くではあったが、部屋には明かりがついており、王は起きてベッドで半身を起こして書類を読んでいた。
「ノーフェ、珍しいな」
弱々しい、かすれた声がする。体調に気を遣い、最近あまり訪れることのなかった父と会うのは久しぶりのような気がする。いや、体調に気を遣ったという言い訳で、弱った父を見たくなかっただけなのかもしれない。
ノーフェは思わず父に駆け寄ると、ベッド横にひざまずいて、王の手を取った。
「どうした、子どものように」
「父上」
「ノーフェ様」
「おお、アラン」
王はアランのことも覚えていたようだ。アランの声に、ノーフェははっとして王を見上げた。
「緊急事態です。地下の神殿で何かが起きています」
「神殿で? いや、今は何も聞くまい。そなたがここに来るとは余程のことなのだろう」
王はそう言うと、タペストリーを指し示した。
「その向こうだ」
「ありがとうございます」
ノーフェはアランを連れて、タペストリーの向こうにある隠し通路から地下に駆け下りた。行く先が地下だということは聞いている。しかし、それがどこにつながっているかは即位するときに聞くはずだった。どこにつながっているかどうかはわからなくても、とにかく現状を何とかするには行ってみるしかない。
やがて階段は行き止まりになった。アランが耳を当てる。
「とりあえず、話し声はしない。それにしても、王の部屋からこっち、ずいぶんと気分が重くないか」
「ああ、まるで」
まるで、何と言おうとしたのだろう。ノーフェは思いついた言葉をそのまま心の中に沈めた。
「まるで、聖女が召喚される前のように?」
「アラン、お前……。いや、今はそのことはいい。押せば開くか」
二人は突き当りに肩と両手を当て、押し始めた。が二人ともすぐに止まった。
「待て、意外と簡単に開く。手で十分だ」
「そうだな、お、取っ手があるじゃないか」
それを握って、音を立てないように押し開く。とはいえ、ぎっ、ぎっと音は鳴ってしまう。
「明かりがついているぞ。神殿より下まで降りたような気がするが、まだ神殿なのか?」
アランの言葉に、ノーフェは首を横に振った。
「壁の質感が違う。よし、開けてみよう」
「ああ」
ぎーっと、扉を開けると狭い部屋のようだ。様子をうかがうと、鉄格子が見えた。
「牢、か? 城の地下に牢があるとは、いや、誰かいる」
「お前は、ミカンの娘!」
思わずノーフェは叫んだ。
「違うから! いや、まあそうだけど」
千春も思わず返してしまったが、まあそうだと認める必要はなかったとすぐに後悔した。
「なぜ、地下の牢の中に?」
「やっぱりあなたは知らなかったんだ。少なくとも、この部屋にいろと私に言ったのはアドル侯だよ」
なぜと問うノーフェに千春は力なく答えた。何かを期待したわけではないが、やっぱりもっと頼りになる人が来てくれればよかったのにと思ったことは否定できない。そして千春ははっと顔を上げると、
「待って、止まって!」
と叫んだ。
「ミカンの娘、我らは動いていないが」
「あなたじゃないよ! でも、あなたたちも動かないで!」
戸惑う二人は、千春の視線を追って目を動かした。
「なっ! 魔物かっ!」
「ノーフェ、通路に戻れ!」
「ダメだ! ミカンの娘がやられる!」
叫ぶアランを振り切り、ノーフェは鉄格子越しに千春を背にかばい、魔物のほうを向いた。
「なんなの、もう。嫌いなままでいさせてよ……」
なんのためにここに来たのか、役にも立たずにただ勢いだけで行動している王子は、ミカンの娘が聖女であることを、聖女は瘴気を浄化することをすっかり忘れてしまっている。忘れてしまっていても、こうやって誰かをかばえる人なのだ。
では、なぜあんなにミッドランドの城では嫌な奴だったのか。そうではないと否定したとしても、それが嫌で千春たちが城を出てしまったのは事実なのだから。千春はふうっと大きく息を吐いた。
「あなた、ねえ、大丈夫だから。そっちの人も」
千春はそう声をかけた。
「しかし、魔物がっ!」
「大丈夫なの。知ってるでしょ、私が聖女だってこと」
ノーフェは魔物から目を離さないようにしながら、視界の端で千春の髪を確認した。
「黒髪。あの時はやはりかつらか」
「やむを得ない事情でね。大丈夫。魔物は聖女を傷つけない。あなたたちのことを傷つけないように言ってあるから」
「魔物と話せるのか」
驚いたように思わず口にしたのはアランだ。
「話せるというか、お互い気持ちが伝わる。うん、話せるって言ってもいいくらい」
千春は苦笑した。
「では聞いてくれ。なぜ内陸の、しかも城の地下に魔物がいるんだ」
千春は思わずアランを見た。なんと、この場で一番冷静だったのは従者の人でした。
次も水曜日の予定です!
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