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地下の姫君

 部屋という名の牢の薄い明かりでは、隅々まで見通すことはできなかった。しかし、上がっていく壁の向こうからは、闇のように濃い魔物の気配がし、それが一つ、また一つとこちらの部屋に入ってくる。


 小さいゲイザーが、千春を守るようにその前にふよりと浮かんだ。


「何が起きているの……」


 その光景は恐ろしく見えるが、いくら魔物が荒れようとも、千春を傷つけることはできない。むしろ、千春に触れてしまったら魔物のほうが消えてしまうことになる。


「聞かせて。いったい何があったの」


 そう語りかけてしまうくらい、部屋にはたくさんの魔物とその思いが渦巻いていた。


 その千春の問いかけに答える余裕のない四つ足の魔物が、ふい、と鉄格子を潜り抜けてきた。人間が通れないほどの鉄格子でも、瘴気でできている魔物は難なくすり抜けられる。そのことはおそらく内陸の者も織り込み済みなのだろう。


 だから千春をここに閉じ込めた。自動魔石生成器として。


 千春はソファから立ち上がったまま、ねだるように千春に向き合う魔物を困ったように眺めた。向こうの部屋に集められていた魔物たちは、外に出ることもできず、力尽きるには成長しきれず、めぐる瘴気の理に戻れないことをどんなにか嘆いていたことだろう。


 還してあげたい。それが聖女の力なのだから。しかし、魔物を魔石に還してしまったら、それはアドル侯の思惑通りということになる。千春は悩んだ。真紀ちゃん、どうしよう。


 獣人領にいるはずの真紀のことを思う。のそりと動いた魔物に、小さいゲイザーが近寄るなというようにポンとぶつかった。千春は胸の前でぎゅっと手を握った。


「私は真紀ちゃんのこと、信じてる。真紀ちゃんだけじゃない。サウロとサイカニアだって、ザイナスだって、信じてる。エドウィも、アーロンも。そしてエアリスも」


 もっとも、ここに真紀がいたらきっと、カイダルとナイランを忘れないであげて、一生懸命働いているんだからと突っ込んだことだろう。


「真紀ちゃん。そうだよね、一時的にアドル侯に利益が出たって、それがどうしたというの。あんな奴、すぐにつかまってみんなが成敗してくれるに決まってる。できた魔石が何に、誰のために使われるかなんて魔物には関係ない。ただ静かに、めぐる命の理に戻りたいだけなんだから」


 千春は目の前の魔物に手を差し伸べた。いいのか、と小さいゲイザーの声が聞こえる。


「いいの。いいんだよ」


 差し伸べた千春の手に額をすり寄せるようにして、魔物はしゅっと魔石に還った。そして部屋の絨毯の上にポトンと落ちた。


 それを見た魔物の喜びの気配が満ちる。千春はそっと胸に手を当てた。


「聞いて。どうしてもつらい者を魔石に還しましょう。まだ我慢できるものは我慢して。あなたたちをここに閉じ込めた者たちの、思い通りになるのは嫌でしょう」


 しかし返ってきた声は、千春の思うようなものではなかった。嫌ではない、嫌ではないよと、魔物はそう言うのだ。


 疲れたから、早く休みたい。狭い所からせっかく広い所に出て、また狭い所に閉じ込められたのはつらいけれど。いずれまた巡り巡るのだから。


 ただ我らの心は、愛し子に寄り添うのみ。愛し子がつらいのであれば、その愁いを我らがはらそう。愛し子の願いがあるのであれば、我らがそれをかなえよう。


「難しいことを言うんだから、もう。それって、もし私が怒りに飲み込まれたら、それで何が起こるかわからないってことだよね」


 こんな時なのに千春は苦笑した。さあ、考えよう。千春をこんなつらい目に合わせた奴らには腹も立つし、魔物をこんな風に利用しようとする奴らにも腹が立つ。もっとも、ほぼ同一人物だろうけど。千春の頭に、湖で会ったノーフェとシュゼが浮かんだ。


 ミッドランドでは嫌なことばかり言っていたノーフェが、湖の離宮では、民のことを考え、ミカンを食べ、笑っていた。澄ましてツンとして、聖女や獣人をさげすむように見ていたシュゼは、人魚の長に夢中だった。この二人がかかわっている? 


 いや、それはない。しかし、犯人捜しは今はいい。今自分にできることをちゃんと考えよう。


 まず、つらい思いをしている魔物は魔石に還そう。そうしてくれると嬉しいと魔物が揺れた。我慢できる魔物は我慢してねといいう千春の願いには、あちこちからいいよという答えが返ってくる。


 絶対真紀ちゃんたちが助けに来る。それまで待つけれど、待つ間にできることはないだろうか。


「よし、魔石に還しながら考えよう。みんな、順番に来ていいよ」


 ありがとう、とほっとした気配と共に、部屋中を埋め尽くしていたゲイザーはその数を減らしていく。おそらく半分ほどになったころ、廊下側の壁からガタンという音がした。千春がハッとして魔物を魔石に還す手を止めると、その音のしたところははめ殺しのガラス窓になっていて、ガラス窓の向こうからこちらが見えるようになっているようだ。


「気持ち悪い」


 思わず千春はつぶやいた。


 向こうで誰かがこちらを覗き込み、何か言っているようだがこちらには聞こえない。やがてそのはめ殺しの窓とは違う、床と並行したところが突然開いた。


「え、なに?」


 開いたところから、湯気の立っているポットとカップ、それに菓子類、軽食がトレイに載って差し入れられてくる。


「完全に囚人だよね、これは」


 もう笑うしかない。それはまるで小説で読んだことのある独房のような扱いだ。


「もっとも、部屋は豪華、食べ物はおいしそうだけれども。あれだ、お姫様が閉じ込められる塔のような」


 もっとも高い塔ではなく、地下だろうけれども。


 開いていた窓も閉まり、差し入れの窓もこれ以上動きそうもない。今日還すべき魔物はすべて魔石に還した。


「その魔石を絶対に回収に来る。完全に閉じ込められているようだけれど、掃除や何かで必ず出入りするはず。それに、食べ物を差し入れるところは廊下とつながっていた」


 千春は一つ一つ気づいたことを数え上げた。


「絶対にできることはある。私はお姫様じゃない。あきらめないんだから!」


 そう決意表明した時に、突然残った魔物がざわめき始めた。


「どうしたの?」


 誰か来る。弱らせようか。


「いやいや、それはだめ。でも今いなくなったばかりなのに……」


 あっちだ。魔物が指し示したのは、鉄格子の向こう側、ドアとは反対側の壁だった。


 ずっ、ずっ、と、長く使われていなかった扉が動くような音がするとともに壁がずれ、穴が開いた。そこから出てきたのは。


「おまえは、ミカンの娘!」


 お姫様じゃないって言ったばかりなのに。塔の姫君には、やっぱり王子様なのかな。千春の長い一日は終わりそうになかった。



次は来週水曜日の更新です。


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