千春、頑張る
結局、鳥人たちは千春が何を言っても聞く耳を持たなかったし、それならばと歩いて山を下りようとしたら止められる。昼だからゲイザーの気配はないということで、千春は今すぐに助けてもらうのはあきらめた。
例えばゲイザーに話ができたとして、ゲイザー経由で真紀にはこの状況は伝わるとは思う。しかし、伝わったからと言ってそれがミッドランドやローランドに伝わり、すぐに助けが来るかというとそんなことはないだろう。
それなら、内陸に連れていかれるのは仕方ない。仕方ない以上、怒っていても疲れるだけだ。千春はそう結論づけると、ぐるぐる巻きにされていた毛布を使ってさっさと寝転んだ。地面なのにって? もう慣れたんだよと、自分に突っ込みを入れつつ、体力の回復をはかる千春なのであった。
暗くなる前にもう一度食事を取り、すぐに出発するのかと思ったら、かなり遅い時間まで待たされた。千春が話そうとしてもモア以外は話が通じない。どれだけ内陸で洗脳されたのだろうとあきれるが、風呂の覗きの一件だけでも、どうやら獣人領でも甘やかされていた気配がぷんぷんするし、よほど狭い世界で生きてきたのだなと思う。
だからと言って、急に交流を広げたサウロのせいだとかは言いたくない。それでも、これから、もしそういう機会があるのなら、と千春は思う。
急がないようにしよう。外国でも国内でも気軽に行けた真紀や千春のものの考え方は、日界の人々にとって急進的過ぎるのかもしれないのだ。その考えは穏やかにバランスを取ってきたこの世界の人やモノや文化、そしてエルフ領のあのかわいい生き物たちにもよくない影響を与えるのかもしれないのだから。
もっとも、無事に帰れたのならだけれど。千春は内陸のあの王子と王女、そして王弟を思い出して苦笑いした。王子と王女については人魚の件でかかわって、ちょっとだけ見方は変わったけれど、何しろ最初の印象が悪かった。
しかし、あの子供っぽい王子と王女がこんな面倒な誘拐を考えるはずがない。だとすると、思った以上に厳しい状況が待っているかもしれないのだ。
事態が動き出すのを待つというのもおかしなことだが、夕方になっても動き出さない鳥人に、人目を忍ぶという頭はあるんだという皮肉なことを思いながら、千春はじりじりと待ち続けた。もちろんその間、夜になって動き出したゲイザーたちに状況を送りながらだ。
千春の行く先が内陸であることは真紀たちには伝わっているらしい。目的はわからない、けど鳥人に連れられて内陸の山で待機中、と、ゆっくりした伝言ゲームがゲイザーによって行われていく。開けっ放しのかごからは小さいゲイザーがふわりと出ていき、別のゲイザーを連れてきたりした。
山の奥から来たというそのゲイザーは少し怒っているようで、この者たちを弱らせればいいのかとしきりに聞いている。ゲイザーでさえ私の意見を聞いてくれるのにと、千春は少し悲しくなる。
大丈夫、生き物を弱らせてはだめ、ただ私の場所を真紀ちゃんに伝えてと、千春は懸命にゲイザーにお願いした。ゲイザーの連絡網があるのかどうか、夜が深まるにつれ、鳥人は気づいていないが、周囲にはたくさんのゲイザーが集まってきていた。
もう真夜中にかかろうかという頃、
「さて、行くぞ」
と声をかけられた。だからといってはいそうですかと乗り込むわけがない。騒ごうとしたらあっという間にぐるぐる巻きにしてかごに押し込められた。自由! 大切! その千春の叫びも届かず、そしておそらくたくさんのゲイザーを引き連れて鳥人は飛び始めたが、今度はあっという間に着陸した。かごが開いて、毛布ごと外に担ぎ出される。
「確かに聖女か」
「ああ、小さいほうだ」
小さい方とか失礼なんですけど。それにこの声聞いたことがある! あの嫌味なアドル侯だ! 千春ははっと気がついた。
「よくやってくれた。これで聖女もこの城で何の仕事をすることもなく、ゆったりと部屋にいるだけの暮らしができることだろう」
「実際、ものすごくたくさんのゲイザーを魔石に還す仕事をさせられていて、倒れたほどだ」
「ほう、倒れるまでに相当数の魔石を作ることができるということだな」
「魔石を作るのではない。魔物を魔石に還すのだ」
「そう、そうだろうとも」
アドル侯は猫なで声でそう言うと、
「それでは、階段を下りて例の場所まで」
「城の中か」
「ああ、特別な部屋を用意してあるのだ」
と千春を運ぶよう、声をかけた。城、内陸の城らしい。その中の部屋に移動中。千春は一生懸命ゲイザーに伝えた。鳥人は羽のことがあるから、普通のドアはかなり通りにくい。しかし、鳥人も通れるほど広い通路だったらしく、階段を下りていくのがわかる。何階分下りただろうか。
ぎい、と大きな扉を開く音がしたと思ったら、鳥人は地下だからこれ以上はいけないと言っている。いや、せめて最後まで責任を取ろうよ、この先本当に私にいいことが待っていると思っているの? 見届けて! と叫ぶ千春の声は毛布越しで届かなかった。鳥人より格段に抱かれ心地の悪い人族にどうやら手渡されると、千春はさらに階段を下りて行った。
「我々は大丈夫なんだろうな」
「大丈夫です。向こう側とは完全に隔離していありますから」
不穏な会話が聞こえる。我々は大丈夫でも、もしかしたら千春は大丈夫ではない、ということではないのか?
少し下りて後は普通の廊下を歩いているような気配がした。結構な距離を進むと、今度は普通の扉を開ける気配がした。
「よし、入れろ」
きいーっと、少し甲高い音がすると、千春を抱えていた人は少しかがみこみ、前に進んだ。
「聖女様、申しわけありません」
毛布越しにかすかにその人の声がした。
「何をしている。毛布をほどいてさっさと出てくるのだ」
「は、はい」
千春は立たされると毛布をくるくるとほどかれ、そっとソファのようなものに座らされた。千春はほうっと息を吐くと、慌てて周りを見た。明かりはついているが、少し薄暗い。千春は思った通りソファに座らされ、その前にはテーブルや椅子もあり、一見ちゃんとした部屋のように見える。
千春が動けずにいる間に、千春を運んでいた人は後ろ向きのまま部屋の外に出た。すぐさまガチャリという鍵のかかる音がする。閉じ込められたのはわかる。わざわざさらわれたのだから。
しかしなんで鉄格子の向こう側に、申し訳なさそうな騎士と、いかにも下っ端という役人風の人と、そして懐かしくもないアドル侯が見えているのか。
「牢屋じゃない!」
「違うとも。聖女よ。ただゆっくり休めるように、地下に部屋を用意してお迎えしたというだけのこと。そのドアの向こうにはちゃんと寝室も用意してある。つまり、居間付きの客室だと思えばよい」
「じゃあ、この鉄格子は何なの?」
確かに、ソファはふかふかできれいな花柄の布が這っている猫足のもので、周りが鉄格子でなかったら素敵な部屋だっただろう。だが、明らかにこれは牢だ。騎士が気の毒そうに下を向いた。下を向いているくらいなら助けてくれ!
「おいおいわかる。食べ物等はそこの壁から差し入れられる。まずはゆっくりと休むがよい」
「何言ってるの。出して!」
アドル侯はフッと笑うと、他の人と一緒に外に出てしまった。
「なんなの! これはひどすぎるよ」
その時、ふよりと小さいゲイザーが降りてきた。
「ついて来てくれてたんだ!」
愛し子よ、気配に耳を澄ませて。それは少し強い警告の声だった。
「気配? あ」
鉄格子の向こう、その壁のさらにその奥に、たくさんのゲイザーの気配がする。
「まさか」
その壁の一部が、ガラガラという音とともに引きあげられ始めた。
「ゲイザー……」
何かが始まろうとしていた。
次は来週水曜日の予定です。今週は土、日は「この手の中を、守りたい」、木は「転生幼女」、金、土曜日は「異世界癒し手」更新します。
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