怪しい毛布
そんなある夜、ノーフェが自室でくつろいでいると、
「殿下」
とドアの外から声がかかった。いつも護衛してくれている騎士の声だ。今日の担当ではなかったはずだがといぶかしく思いながら、ノーフェは、
「アランか。入れ」
と声をかけた。静かにドアを開けて入ってくる護衛は、幼馴染でもあり、ノーフェが公務を始めた14歳ころからもう5年近くついてくれている、信頼できる男だ。
「殿下。何やら城の地下方面が騒がしいのですが」
「地下? あそこには神殿以外何もないはずでは?」
「それが」
護衛は神殿というより庭の方に目をやりながら答えた。
「先ほど鳥人が何やら大きい荷物を運びこんだようす。鳥人が来るようになってから、三領の珍しいものなどを持ち込んでくるのであまり気にも留めていなかったのですが、今度の物は遅い時間の上何やら大きく、しかもすぐに地下に運び込まれてしまって」
確かに城にも神殿はある。数十年ごとに召喚される聖女の存在から、目に見えなくても神はいると信じられて信仰されているのは確かだ。しかし、神殿そのものは私は幼いころに訪れたきりほとんど見に行ってもいない。
信仰などしても無駄だと大人たちに言われたのは、ミッドランドを訪れて人魚の長に会った後だったように思う。信仰が無駄と言われても、ミッドランドで会ったきらきらした人魚や鳥人を見て、神は確かにいるのだと思った。シュゼがはしゃいでまたミッドランドに行きたいと言って、何度もミッドランドに行っていたのに、いつから行かなくなったのか。
ノーフェはそのことを久しぶりに思い出して、頭を振った。思い出など何の役にも立たない。
「鳥人は厄介な奴らだが、犯罪を犯すとかそういうことはないだろう。単純なものたちだぞ」
ノーフェの言葉にアランは肩をすくめた。
「確かに鳥人は単純だし、何か問題を起こすとしても大したことはないかもしれない。ですが、それが自分の足元で行われてたら、気になりませんか」
「王族たるもの、常に冷静にと」
「あーあ。ノーフェ様、まだそんなこと言ってるんですか。せっかく離宮で少しはもとに戻ったと思ったのに」
「な、アラン、何を言っている」
ノーフェは意外なことを言われたというように目を見開いた。
「あんたは城にいるとほんとに辛気臭くなる。せっかく城を離れて離宮に行くまで、道中だって民との交流を楽しんでたし、離宮でだってかわいい子と楽しくやってたじゃないですか」
「人聞きの悪い! 私は困っていたみかん売りの娘を助けただけだ! まあ、確かにちょっとかわいかったが」
「じゃあそのみかん売りが聖女だってなんでアドル様に言わなかったんですか」
「それは、確実なことではないからだ」
ノーフェは気まずそうに顔をそむけた。
「まあ、そのことは今はどうでもいい。殿下、行きますよ、地下に」
「アラン、お前は」
「ノーフェ様。いつまで立ち止まっているつもりなんですか。この城も国も本来あんたのものなんだぞ。王弟の物でもなく、古狸達の物でもない。俺はもともと面白いことが好きだから、鳥人が増えようが人魚が来ようが、何なら聖女が来ようがぜんぜんかまわない。むしろ楽しいくらいだ。でも、それがなにか怪しい思惑によるってこと、あんたもわかってるでしょう」
幼馴染だとこいういう弊害があるとノーフェは思った。歯に衣を着せなくなる。
「鳥人が勝手にやってるならいい。だが、それに城の者の思惑が絡むことを無視していいのかと、そういうことだな」
「わかってるならその重い腰を上げろよ」
「うるさい」
そう言いながらもノーフェは立ち上がった。自分で思っているよりずっと心が軽い。
「地下の神殿だな。じゃあ、あのコースか」
「ああ、久しぶりだな」
ノーフェとアランはにやりと笑った。ノーフェのいる三階の私室からベランダに出ると、壁の凹凸を利用して屋上に出ることができる。その屋上から、地下まで一気に下る秘密の階段があるのだ。幼いころアランと探検して見つけた秘密だ。
「そもそも壁を登れるか?」
「鍛えてある。行けるだろう」
いい年をした大人が、壁を這い上る。なんだかおかしくなってくる。屋上に手が届くと、体を持ち上げ、あたりをうかがう。
「大丈夫だ。ノーフェ、こっちだ」
「よし!」
一瞬幼いころのような呼び方に戻ったが、ノーフェにはそれが心地よかった。正面からは隙間なく並んでいる彫刻を右に一歩左に二歩ずれると、隙間があって、そこはすぐに下りの階段になっている。
「このほこり、本当に長いこと誰も来てないんだな」
「そうだな」
この階段は壁沿いの彫刻に沿って折り返されており、彫刻の隙間から明かりが漏れ、案外足もとがはっきり見える。階段を下り切ったところが、神殿の召喚の間の柱につながっている。召喚もしないのに召喚の間と呼ばれていて、おかしなものだと思った記憶がある。ここも彫刻の複雑な模様をすり抜けると外に出られるようになっている。
「ちゃんとつながっていたな」
「ああ。大きくなって通れないかと思ったが、なんとかなった」
「そりゃそうだろ、こういう抜け道は王族の非常用の通路だろ、大人が通れなくてどうする」
「確かにな。しっ」
神殿は魔石の明かりがつけられ、夜でも薄明るい。信仰がないがしろにされていても、きちんと管理されているらしい。廊下の方からざわざわと人の気配がしたと思うと、神殿の重い扉がバタンと開いて誰かが入ってきた。
「あれは、鳥人と叔父上、それに城の護衛だ。いったいなぜ神殿に?」
「ノーフェ、よく見ろ、鳥人が何かを抱えているぞ」
「なんだあれは。毛布出ぐるぐる巻きにされて、あ、動いた! 人か!」
「しっ、こっちに来た!」
ノーフェとアランは彫刻に身を寄せた。
「暴れるな、聖女よ、もう少しだそうだ」
「んー、んー!」
ノーフェははっとしてアランと目を合わせた。この声には聴き覚えがある。
一行は召喚の台のそばまで来ると、その奥の布のドレープを寄せ、壁に触った。がったんと、大きな音がすると壁は手前に開いた。
「っ!」
ノーフェとアランは思わず出そうになる声を抑える。
「この中か。さらに下か」
鳥人が確認している。
「では我らは無理だな。ここですら気持ち悪い。鳥人には地下はきつい」
そう言うと、毛布の塊を護衛に預けた。
「この下に本当に聖女の自由があるんだろうな」
「鳥人の方には地下は厳しいでしょうが、人間は大丈夫です。居心地よく作ってありますからな。聖女が探されている間、少しかくまうだけですから」
「大事に、大事にしてやってくれ」
「もちろんですとも。瘴気の薄いこの地で、伸び伸びとかくまいましょうぞ」
そう言うと城の一行は暴れる毛布を抱えて地下に下りて行った。
「ねえ、兄さん。ほんとにこんなところで自由に暮らせるのかしら」
「奴らはそう言っていたが。少なくとも、二人きりであんなにたくさんの魔物を相手にして倒れるよりはましだろう」
「そう、そうよね」
「さ、いくぞ。我らも少し隠れねばならん」
「わかった」
鳥人も神殿の間を出て行った。
「いったい何が起こっているんだ……」
「とにかく壁まで行ってみよう」
二人は隠れていたところを飛び出した。
次はできれば来週水曜日に!土、日は「この手の中を、守りたい」明日は「転生幼女」更新です。
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