鳥人祭り(その頃のハイランド)
城の背後の山脈をどこまでも行くと、そこが日界の端だという。小さい頃、それが本当かどうか知りたくて、一人で山に入ったなと、ノーフェはその山脈を眺めながら埒もないことを思っていた。
結局、半日ほど山をさまよったあげく、城の近衛に連れ戻されたんだった。見上げても見えるのは、山の上に広がる青い空と飛び交う鳥の姿だけだ。本当にこの向こうが日界の端なのか、それは今でも疑問に思っている。
ノーフェはちらりと鳥を見やった。空高く飛んでいるから鳥に見えるが、奴らは鳥人だ。奴らに頼めば、もしかして遠くへと、山の向こうへと運んで行ってくれるのだろうか。最近なぜかたくさん湧いているこの鳥人たちに。
「ノーフェ、何を考えている」
声をかけてきたのは白い羽が美しい鳥人だ。本人はオルニと名乗っている。たいていプエルというやはり白い羽の鳥人と一緒だが、向こうはなぜか主にシュゼの相手をしている。ツンとしているがひそかに獣人に興味があるシュゼは大喜びだ。ノーフェはそのオルニに肩をすくめて見せた。
「埒もないことだ。子どものころ、日界の端はどうなっているのかと考えたことをな。って、私を呼び捨てにするな。名を呼んでいいとは言っていない。何度言えばわかる」
「それならノーフェ、俺が連れて行こうか」
「ごめんこうむる。子どものように運ばれるなどと」
まるであの日のみかんの娘のように。いや、あれは本当は聖女だったのか。この腕の中で見たあの瞳は黒ではなく、つやつやとした栗のような茶色で、ただただ愛らしく、だからこそ聖女だとは気づかなかった。しかし、風にかつらが飛ばされて一瞬見えた髪は黒く、そして夜の闇の中で灯りをはじいていた瞳はやはり黒くて。何度思い出してもやはり、ミッドランドの城で会った聖女だった。
聖女とは、瘴気をまとい、日界のいらないものを集める、穢れたもの。だから日界でも三領に近いミッドランドで面倒を見るのだと。そんな風に教わり育ってきた。闇界から一番遠いこの内陸ハイランドこそ、穢れなき人間界の代表だと。
それなのに現実には、闇界に近い領地であるエルフ領、ドワーフ領、獣人領からしか得られない魔石で生活は豊かになっている。しかし、距離的に闇界から一番遠いから、運送費がかかり、ミッドランドやローランドよりも高い値段で物資を取引しなくてはならない。
次代の王たるノーフェのすべきことは、その不公平を是正することだと、そうノーフェは教わってきたのだ。
ノーフェが幼いころから体を壊しがちである父が現王だが、最近いっそう伏せることが多くなり、主に王弟のアドル侯が政務を取っているのが今の内陸だ。現王が何があってもすぐ引き継げるようにと、叔父からも城の重臣からも言われているノーフェなのであった。
しかし、そんなことを言われながらも、ノーフェが政務にかかわることは少なく、こないだの人魚の事件のように、国のあちこちに行かされていることが多い。今回も、人魚の件があって、シュゼを連れて急いで城まで戻ってきたら、鳥人が白茶入り交じって城に群れていたというわけなのだった。
しかも、あれほど獣人を嫌っていたはずの城の者たちが、手のひらを返したように鳥人を歓迎している。それにもともと民は、獣人やドワーフについては、遠く離れすぎて見たこともなく、したがって好きも嫌いもなかったようで、珍しいものとしてむしろ歓迎している始末だ。
そのような状況で、人魚を連れてこれなかったことは結局大して大きな問題にもならなかった。あれほど苦労したのにと思うと徒労感が増すが、あの美しい生き物を連れて来たくなかったノーフェにとっては結局よかったということになるのだろう。そしてなぜだか、城に連れて来た娘が聖女だったということは言わないまま終わってしまった。言いたくなかった、と言うのが正しいだろう。幸い、気が付いたのはノーフェだけだったのだし。
聖女だと報告したからといってどうなるというのだ。お忍びで来たのだから、黙っていればいいではないか。
城の庭に入り込んで、鳥人と戯れている町の子どもたちを眺めながらノーフェはそっとため息をついた。ハイランドの民のためになる、ということがどういうことかが少しぐらついていたのだ。ノーフェは聖女と交わした言葉を思い出す。
「リンゴを高く売る、か」
「リンゴは確かにどこでも栽培されているが、ハイランドのリンゴは確かに大きくて甘い。それに長持ちするな」
オルニがそう言った。
「そうなのか」
「勉強しているようでもの知らずだな、ノーフェは」
「呼び捨てにするなと言っているだろう!」
「俺が主に滞在しているのはドワーフ領で、ドワーフ領はリンゴ酒がうまい。だが、生食となるとハイランドのリンゴにはかなわぬなあ」
「そうだろう! ハイランドのリンゴ農家はたゆまず品種改良しているからな」
オルニはわずかに目を細めたようだった。
「そこが人族の特徴よな。なんでも工夫して、すぐに変わっていく」
「人族の、特徴か」
ノーフェはそう言ったオルニをちらりと見た。そう言えば、自分が聖女をどう思うか、鳥人やドワーフをどう思うかばかりで、彼らが自分たちをどう見ているかなど考えたこともなかったなと、そう思ったのだ。
「では山の上まで飛んでみるか」
「なぜそうなる!」
「大丈夫だ。あの重いカイダルでさえ軽々と運んだ私だ。ひょろっとした人族の王子くらい軽いものだ」
「断る!」
頑ななノーフェにオルニは少し笑ったようだったが、ノーフェと同じように城の庭を眺め、こういった。
「人族と言えど民はどこも同じ。しかしこの城は気持ちが悪い」
「気持ちが悪いだと」
仮にも王族のいる前で、その城が気持ち悪いなどと言う鳥人に、驚きすぎて何も言えないノーフェだった。
「なぜ鳥人を歓迎しているなどと嘘をつく。裏では顔をしかめているのに、なぜ鳥人をほめたたえ、聖女のために嘆く?」
オルニは基本的にはドワーフの城付きの鳥人だ。今はカイダルが自由に冒険者をしているので、共に聖女を助けたり、サウロに協力したりはしているが、このところ自由にあちこち行っていた。その中で鳥人の観光ブームに乗って内陸まで来てみたのだが。
今までどの国にも行ったことがなかった鳥人たちがちやほやされて、すっかり気持ちよくなっているのが少し腹立たしい。少しでも人族と接したことがあれば、彼らの口から出た言葉は必ずしも真実ではないということを知っているはずなのだが。
もし自分が幼い鳥人であるならばこんな気持ちの悪い所はあっと言う間に飛び立っていただろうが、オルニは大人である。サウロのためにも、もう少しようすを見て見ようと思ってここにいる。ついでに王子をからかうのが面白い。プエルは素直じゃないシュゼがかわいいらしいし。
そんなハイランドにとっての異例の鳥人祭りは、そう長くは続かなかったのだった。
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