かごの鳥
「だが、内陸に連れて行ったとは限らぬではないか」
ソニッドが苦しそうに言った。
「連れてったと思うよ」
しかし、そう悪びれもせず言ったのはさっきの若い鳥人だ。
「だって、内陸の人たち、召喚されたばかりなのにあちこち行って働かされてる聖女様が、かわいそう、まさにかごの鳥だ、うちの国に来たら何もせずに自由に暮らせるのにって俺たちにしょっちゅう言ってたもん」
真紀はめまいがしそうだった。真紀は城での内陸の態度をこれっぽっちも忘れていない。あいつらが簡単に考えを変えるわけがない。何かがある。
「ねえあんた」
真紀はその若い鳥人に言った。
「私たちがこの世界に来て、実際忙しくて、あれこれさせられて大変だったのは認めるよ」
「だろ、昨日とか大変そうだったもんなあ」
その鳥人はにかっと笑って無邪気にそう言った。
「俺たちもあれを見て、なるほど内陸の言う通り、聖女様は働きすぎだと思ったんだよね」
その声には好意が溢れている。
「だけどね、実際に私たちに害を及ぼしたのは、二つだけなの」
「え、何と何?」
「一つは内陸。ひどいことばかり言われた。瘴気を集めてるから、汚れてるだろうかとか、いなくなっても別の聖女が来るだろうとか。替えのきくカップみたいに」
「え、だって」
「そんな国に行きたいと思うわけはないでしょう」
真紀は低い声で続けた。
「もう一つはあんたの友達だよ」
「は?」
「やりたいかどうかも聞かずに毛布にぐるぐる巻きにしてさらうことの、何が自由だよ! それが鳥人の自由なの」
真紀の怒鳴り声は広場に響いた。
「だとしたら、サウロとサイカニアが私たちに見せてくれた自由とは、全然違うものだよね」
茶羽の若者はさすがにたじろいだようだ。
「サウロ」
「行くか」
「うん」
「よし」
乗り込んでやる! 真紀の怒りが燃え上がった。さっそく真紀を抱えて飛び立とうとしたサウロを、ザイナスとミラガイアが慌てて止めた。
「待て待て、なんでお前たちはそう行動が早いんだ」
「だって」
「だってじゃない、マキ、どこにいるのかわかりもしないのに、準備もなく乗り込んでいって、しらを切られたらどうするんだ」
「あ」
「サウロも」
ザイナスはサウロを静かに見つめた。
「次代としてすべきことは、直接マキを連れて敵地に乗り込むことか。ミラガイアと共に、まずすることがあるだろう」
サウロは力の入っていた肩を落とした。
「お前が責任を感じるのはすべて終わってからだ。鳥人のできることは多い。できることをしよう」
「……わかった」
サウロはザイナスを見ると、
「使われたと思われるかごだが、私たちが休憩なしで運べば五時間ほどで海を越える。ここから海まで鳥人なら二時間も必要ない。と言うことは、茶羽とはいえすでに人間領に入っているのではないかと思われる」
「まずいな。どう急いでも内陸に連れ込まれてしまう。逆に」
ザイナスは真紀に振り返った。
「人間領のゲイザーと連絡を取ることは可能だろうか」
「伝言ゲームなら何とかなるかも。でも、昼はゲイザーの動きは多分鈍いから」
真紀はそう言いながらも目をつぶって必死にゲイザーに呼びかけてみる。
「千春が人間領に着いたかもしれないの。人間領のゲイザーと、つながれる子はいる?」
それはおそらく、マキの言う通り伝言ゲームのように伝わっていく。しかし、日中ふらふらと人間領をさまよっているゲイザーなどいるわけがなく、それが千春たちを見つける確率はもっと低かった。
「こんなこと言いたくないけど、むしろ内陸に行ってくれた方がゲイザーが多いかも」
「確かにな」
焦燥感にかられたが仕方がない。レイアとザイナス、そしてミラガイアとソニッド、それに猫人と人族の冒険者の代表が集まり、マキを加えて今後の相談だ。ソニッドについては茶羽の管理不足の責任を問う向きがあったが、
「今は少しでも羽の数が多いほうがいい。すべてが終わってからだ」
というミラガイアの意見が通った。
ザイナスが話し始めた。
「確実ではないが、聖女は内陸に連れ出されたらしい。これからどうするか、まず方針を決めよう」
「昨夜のうちに、水がある方、つまり国内の主だった湖、ドワーフ領の湖、そして人魚島、ミッドランドには数人ずつ鳥人を派遣してある。朝から捜索を始め、何かあれば連絡が来ることになっている」
「ミラガイア、感謝する」
「それではつぎに、現状を各人間領、ドワーフ領、エルフ領に連絡」
「会議が終わり次第すぐに」
次々とやるべきことが決まっていく。
「エルフ領ではそろそろダンジョン組が城に戻っているころだ。こちらに来てもらうより、そのまま大陸に渡ってもらった方が早い。それに合わせて、ローランドにも連絡用の鳥人を多めに派遣しよう」
「いや、ローランドには今鳥人がたくさん行っている。その者たちをそのまま使おう」
「うむ。ではそれでよい」
「待って、ザイナス」
今まで黙っていた真紀が急に声を上げた。
「どうした、マキ」
「茶羽の若者の話だけだと、確かに内陸に連れ去られたのかもしれない。でも、理由がわからないの。私たち、瘴気を集めるからといって、内陸の人には確かに嫌われていたはずなの。王子や王女の子どもっぽい反発だけじゃなくて、従者も、最も身分の高い王弟でさえそうだった。さらうからには害するつもりはないとは思うんだけど、そんなに嫌っていたのに欲しがる理由はなんだろう」
「マキ、それは」
ザイナスは、今は動くのが先と言いたかったのかもしれない。
「そりゃ、魔石じゃねえのか」
代わりに答えたのは冒険者だ。
「内陸にはダンジョンがないから、魔石ってのもおかしいかもしれねえ。けど、『面白いから』魔物と戦っている獣人や『仕方ないから』戦っているエルフやドワーフと違って、人族は本当に魔石が欲しいから戦っているんだ」
そう言えば、魔石を使った便利なものは、人族とドワーフ領に多い。
「正直、聖女のお嬢ちゃんのように簡単に魔石が手に入ったらどんなにか楽かと思うよ。もっとも俺たちの仕事はあがったりだけどな」
冒険者は苦笑した。しかしザイナスとサウロははっと目を合わせた。
「内陸にはダンジョンがあった……まさかそこに?」
次はできれば土曜日に更新します。さて、今日は3巻の発売日です!
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